07-ミヤサワクンの物語 <『ミヤサワクン』起動>
それは突然の事象であった。『AIミヤサワクン』が3000回のトライアルの後に起動した。
起動したその鍵?原因?はインプットデータシステムの電源のトラブルであった。お掃除のおばちゃんがフレームの裏側のホコリをはらう時に、配線を動かし、一部の電源プラグが接触不良を起こしていた。何が幸いするかわからないものだ。アハハ。
残念ながら、モニターに映るミヤサワクンは成人済みの目に理性の光を宿すミヤサワ君ではなく、…フニャフニャと泣いているお猿の顔をした赤ん坊であった。
「どうする?」
「ドウスルったって…どうする?」
「再起動する?」
「次も起動できる保証はないよ?」
現場の起動作業を行っていたスタッフは、まさかこのような形で起動するとは思っていなかったため混乱した。
私はそんな混乱の現場と、ふにゃふにゃのサルのような顔をした赤ん坊を映すモニターを見ながらボーッとしていた。ミヤサワクンの赤ちゃんだ、いや赤ちゃんのミヤサワクンだ。何だろう? きもかわいい? …狭間の世界で出会った直後のアーちゃんに似ているな。もしかして、これアーちゃん?
唐突に、理恵子ママがフニャフニャ泣いている弟達を抱きながら、『赤ちゃんは抱っこすればいいのよ』と言っていたことを思い出した。
「一次情報として胎内音をインプットしよう。だれか聴診器にマイクを付けたものを準備しろ。このまま私が育てる!」
アーちゃんは、いつまでも結婚せずに自分を産んでくれるという約束を果たしそうもない私にしびれを切らし、この私の子供ともである「ミヤサワクン」にのりうつったのかもしれない。いや違う。あくまでも、これは私が人工的に作り出した、新しい人工人格だ。アーちゃんでも、ましてお父さんでもない。あくまで,ミヤサワクンだ。
私は自分のみぞおちにマイクをセットし、胎内音をAIエンジンに聞かせた。コントロール室に私の心臓の鼓動音が響く。あっ、今おなかが鳴る音が入った。スタッフが苦笑している。恥ずかしい。マイクプラグをAIエンジンフレームにつなぐと、モニターの赤ん坊は落ち着き、時たま笑みを浮かべた。その笑みが苦笑のように見えるのは、赤ん坊のしわくちゃな顔のせいだと思いたい。
おおよそ8時間後に疲れてマイクを外したところ、モニターの赤ん坊の顔は不機嫌にゆがみ、またフニャフニャと泣き始めた。でも、私はもう限界だ。
「武鳥君。代わってくれ。頼む。」
「え〜っ?私ですか?。」
武鳥君は微妙な顔をしながら、口では文句を良いながら、それでもマイクを自分のおなかに貼り付けた。なんだかんだ言って、素直に言うことを聞きいれてくれる武鳥君を好ましく思う。やはりかわいい部下だ。
「すまん。少し寝てくる。後、よろしく。」
私はコントロール室を出て、同じ建物内の仮眠室へ、ヨロヨロと歩いていった。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
それから4時間ほど仮眠をとり、私は薄暗く調光してあるコントロール室へ戻ってきた。もうスタッフは帰宅していた。そこにはモニター前に椅子を4つ並べ、大きなおなかをむき出しにしてそこへマイクを貼り付けた武鳥君がトドの様に横たわってイビキをかいていた。
「マアうらやましい。私のような淑女にはこんな寝姿をさらすことはできないわ。」
誰も聞いていないのに口に出た。特に、突然誰かが入ってくるかも知れないコントロール室でこんなことはできない。のんきにいびきをかいている武鳥君を見ていると、…うらやましすぎて小さな殺意が生まれた。
モニターの中の赤ん坊のミヤサワクンもすやすやと寝ている。武鳥君はその役目を寝ながらも果たしていた。
「まあ、ヨダレなんか垂らして寝こけちゃって。」
私は椅子をモニターの前に持って来て、モニターに映る赤ん坊の様子と武鳥君の寝顔を見ながら…微笑?いや、苦笑した。マイクをおなかに載せて寝こける武鳥君の姿は、赤ん坊のころの弟を『トトロ寝』していたお父さんを思い出させた。
モニターに映るミヤサワクンの寝顔をニマニマと見ながら、私は
「お父さんもどき(ミヤサワクン)のお母さんになっちゃった。」
と独りつぶやいた。




