06-真子ちゃんの物語 <人工知能(AI)に愛を込めて>
お風呂タイムには頭を空っぽにしてくつろぐのが僕の毎日の癒しなのに…。今晩はとんでもないお風呂タイムになってしまった。
「ところで、ミヤサワ君、いやお父さん。私、人工知能の研究者になるわ!」
突然の娘の宣言に、僕は驚愕し慌てた。黄色いアヒルさんをふにふにしながら何をいっているの?
「三歳児ちゃんが何を言っているのぉ!」
「数理工学分野の研究者の革新的な仕事は、頭の柔らかいうちに始めないとダメなの。」
「柔らかすぎだろ? この間まで頭蓋骨のてっぺんがペコペコしていたクセに…」
「でも、精神年齢はお父さんと同じ歳よ。それに、狭間の世界でクーボ先生に鍛えられたから、並みの大人よりも論理的に思考できるわ。」
「あの白髭オヤジ(クーボ先生)、うちの娘になんてことをしてくれてんだぁ?」
思わず毒づく。
「え〜。でも教えを受けたのは狭間の世界に居た頃よ。まだ生まれ変わる前よ。ミヤサワ君が理恵子と妊活するころまでよ。私はまだ真理子で真子ではなかったし、もちろんあなたの娘でもありませんでしたぁ〜。ミヤサワ君? 時系列を整理してからお話をしないと、因果律が破綻しているわよ。」
この三歳児はドヤ顔で父親である僕を論破してくる。いや、僕のことをミヤサワ君と呼んでいるということは、今は真子モードではなく、真理子モードということだろうか…。
「あのな。風呂で素っ裸で真理子ムーブはやめてくれ。一緒にお風呂に入れなくなっちゃう。」
「アラ♡」
「やめろって。」
僕は湯桶を手に取った。
「やめてやめて! 頭からお湯を掛けるのはやめて。お鼻にお水が入っちゃァブブブブッ」
真子の懇願を無視して、僕は娘の頭に再度お湯をザバッと掛けた。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
風呂あがり、居間のソファーに娘と並んで腰掛けてくつろぐ。娘の鼻にティッシュをあてる。
「はい、チーンして。」
「頭からお湯をかけるのはやめてよね。お鼻にお水が入ると痛いの。ひどい幼児虐待よっ!」
僕は娘の非難を無視した。
「ところで、今から将来に備えて勉強を始めるって…まあ、こっそりと勉強するのを止めないけど…」
娘は僕をにらみ、ため息をついてから要求を突きつけて来た。
「止めるとか止めないではなく、父親として私の計画をサポートしてほしいの。」
「計画?」
「これからの人生計画を簡単にまとめたの。あっ! リエママにはまだ内緒でね。」
真子?真理子?はテトテトと本棚の下の段から、丸めてあった画用紙を持ってきた。お尻をふりふりアヒルさんのように歩く後ろ姿が可愛い。そして、クレヨンでびっしりと書き込んだ予定表らしきものを提示して来た。
「誰かさんのまねをして、計画書を書いてみたの。」
誰かさんって、誰?
「画用紙にクレヨン? 何でクレヨン?」
「手が小さくて握力もないから、鉛筆を上手く使えないのょ。ボールペンもダメ。筆圧を掛けられないから、まだ大人用の筆記具を使えないの。 あっ! もしかして万年室なら使えるかも。ねえ、お父さんの万年筆、引き出しの中にしまい込んでるやつ、全然使ってないよね。ちょうだい?」
「あの万年筆はダメ。アレは結婚前に理恵子さんから誕生日にもらったものなの。大事大事なの。あなたに貸したら、すぐに理恵子さんに取り上げられちゃうよ? 僕も真子もお尻ペンペンだよ。」
「ふ〜ん。あの子も誕生日に万年筆って、マメねぇ。でもベタねぇ。」
「ベタって…あのなあ…。それならフエルトペンとかマジックはどうだ?」
「マジックはダメ、裏移りするからリエママに叱られるわ。フエルトペンはすぐに穂先が割れちゃうの。ほら、力の掛け具合の制御がまだできないから。」
「じゃあ、万年筆もダメだろう。穂先がすぐに割れちゃう。」
なるほどなあ。細かな文字を書く筆記具は大人向けで、子供には扱いづらいようだ。
「えっと、字が汚くて読みにくいな。」
「仕方ないでしょ。それでも一生懸命書いたんだから。」
真子?真理子?は顔を真っ赤にして怒っている。からかいすぎたかな? 僕は可愛いものを見る目で娘の怒っている様子をニマニマしながら見ていた…見ていたら、さらに怒られた。




