06-真子ちゃんの物語 <お風呂での宣言>
「お父さん? 真子をお風呂にいれてちょうだい?」
「わかった。でもたまには理恵子も一緒にお風呂しない?」
「バカなこと言っていないで、さっさと風呂に入りなさい!」
ビシッと風呂場を指差す理恵子に
「は〜い、ママ。」
と敬礼で返した。母親に進化したカーサンに、あのオドオドとした理恵子ちゃんの面影はもはやない。カーサンは強〜い。カーさんのお腹の中に2人目が宿ったようだ。無理はさせられない。
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来月の誕生日で三歳になる娘の真子をつれて脱衣所に行く。
「は〜い。ボタンを外してっと…。ほい、バンザイして。」
「バンジャーイ」
バンザイしている娘のシャツをスポンと脱がすと、
「イヤ〜ン♡。」
と、ニコニコしながら身をよじる。おませな三歳児だと苦笑する。どこでこんなリアクション芸を憶えて来るんだろうか? お風呂場でまずは真子の体を洗ってから湯船に浸ける。お風呂の友は定番の黄色いアヒルさんだ。娘は湯船につかり、アヒルさんをフニフニしながら、ちらちらとこちらを見てくる。アヒルさんを口に入れちゃダメだよ。そんな娘を横目でにらみつつ、僕は自分の体を洗い終えた。娘を一旦抱きかかえてから湯船につかる。浴槽の設定温度は38℃。少しぬるい。かなりぬるい。まあ娘をゆでないように低めに温度設定しているからな。
「「フィ〜」」
僕に抱きかかえられた娘は、仰向けに僕の胸に頭を持たせかけ、僕のまねをする。
「お父さん。幸せ?」
「うん。幸せだなあ。」
「ママのこと愛している?」
ませたことを言う。
「あぁ。もちろん愛しているよ。」
「ママもお父さんのことを愛してるって。」
「それは嬉しいなあ。でも最近、一緒にお風呂に入ってくれなくなっちゃったんだ。悲しいよなあ。」
娘に愚痴をこぼす。娘はケラケラと笑う。わかっているんだろうか?
「お父さんとママが仲良しで幸せだと、まりこも幸せ。」
と言ってから娘は口を両手で押さえて『しまった』という顔をした。その仕草に僕は唖然とする。
「ま、ま、ま、まこちゃん? まりこって…? 何? 誰?」
娘は湯船の中で頭を僕の胸から離し、振り向いてからニコッと笑った。この悪い笑顔には…見覚えがある。
「ばらしちゃった。ミヤサワ君、いや、お父さん。これからもよろしくね。でね、リエママにもお母…おばあちゃんやおじいちゃんにも内緒ね? リエママは…なんかもううっすらと気づいているみたいだけど、ミヤサワ君が気づいたことを知ると嫉妬したりいろいろと悩むかもしれないから、黙っていてね? 一緒にお風呂に入れなくなっちゃう。 それにね、妊娠初期にショックを与えちゃダメだよ? それと、今度、狭間の世界へ行く時に、アーちゃんの様子を見ておいて。アーちゃんとおばあさまによろしくね。」
湯温は低めなのに頭がクラクラする。これが『またね』だったか。娘はニコニコ笑っている。少し邪悪な天使の笑顔だ。この大きな秘密を抱えてのこれからの生活を想像すると…僕は気が遠くなりそうだった。
この3年間、よくもたばかってくれたなぁと思うと、少々腹が立つ。
僕は湯桶を手に取ると、湯船のお湯をすくい、それを自分の頭にザバーッとかけた。そして次に僕の奇行にびっくりしている娘の頭のてっぺんにもザバーッと無遠慮にかけた。




