05-アーちゃんの物語 <真理子との別れ>
話しは少し戻る。
最近、にぎやかな狭間の世界へ、今日もアーちゃんに会いに来ている。僕がアーちゃんに会っているのは、理恵子さんには内緒だ。まあ、後50年して僕が現世で亡くなったら、アーちゃんと二人で理恵子さんをここで待とう。その時は、今はまだ抱っこできない分もアーちゃんをかまい倒そう。最近はつかまり立ちできるようになり、ますます愛らしい。あ〜 かわいい。
そんなアーちゃんの存在を理恵子さんに内緒にしているのは本当に心苦しい。でも、その存在を教えたら、不妊治療中の理恵子さんはすぐにでも狭間の世界に来ようとしてしまうだろう。それはダメだ。絶対にダメだ。水田父母に生きている孫を抱かしてあげたいと思うようになってきた。それに、水田家を絶えさせたら僕が婿養子になったかいがない。狭間の世界の存在は『死』の恐怖をぬぐい去り、死の重みを奪うことで、安易な死の選択を招く怖れがある。だからこの世界を作った何者かは。現世から狭間の世界を原則、一方通行にし、現世には秘密にしたのだろう。僕はその中でイレギュラーな存在だ。僕だけが自分の意思で、負担なく行き来できることは何としても隠さなければならない。ゴメン、理恵子さん。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
今日の狭間の世界の雰囲気は少し暗い。真理子さんもおふくろもクーボ先生もなぜかしかめっ面で何かを話し合っている。
「難しい顔をして何を話し合っているの?」
と声をかけたら、3人とも僕の登場にびっくりして動揺している。
「う〜ん。まだ内緒。そのうち教えるわ。」
と真理子さん。
「そうじゃのう、まだミヤサワ君は知らない方が良かろう。」
「まあね、計画倒れで終わるかもしれないし。」
いつもは饒舌なおふくろも口が重い。
「あ〜う〜」
アーちゃんは今日もかわいい。
「ふーん、そう。まあ、何か決まったら教えてね。」
「ああ。ミヤサワ君にも関わることじゃから、決まったら教えられる範囲で教えよう。」
秘密をもたれることは少し不満だけど、僕はこの狭間の世界に常駐しているわけではない。ここの住人だけの秘密があっても、おかしなことではないだろう。
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それから1ヶ月ほどして、僕が狭間の世界を訪れたとき、その3人の面々がそろっていた。真理子さんは少し大きくなってかわいい盛りのアーちゃんを抱っこしている。その横でおふくろはうつむいている。クーボ先生は顔のしわをますます深くしている。
「ミヤサワ君。理恵子さんの不妊治療は順調かのう?」
「いきなり何の話しですか? まあ順調とは言いにくいのですが、いつ妊娠しても大丈夫なとこまでは来ています。あとは妊娠を継続できるのか、それは子宮内の着床した場所次第というとこでしょうか。片方の卵管は活きていますので、チャンスは2ヶ月に1回。モニターしながら子づくりにはげんでいます
…って何を言わせるんですか。」
「そうか、それは重畳だのぅ。 ところで、真理子さんがそろそろ上がることになりそうだ。」
「へっ?」
「狭間の世界を卒業して生まれ変わる準備をしたいということじゃ。」
「そ、それじゃあアーちゃんは?」
「うむ。君のおふくろさんが責任を持って引き継ぐことにするそうじゃ。」
「なんでまた、今さら…」
「真理子君はアーちゃんのお母さんになると約束しておる。だから生まれ変わり、成長し、大人になってからアーちゃんを生まなければならないんじゃよ。幸いに現世での心残りもほとんどなくなり、理恵子さんも元気になって来た。今このタイミングを逃すわけにはいかんのじゃ。」
「そんな…」
「ミヤサワ君、笑って送ってやろう。それが男の子じゃ。」
真理子さんはアーちゃんをおふくろに渡すと、フワリとやさしく微笑んだ。そして、その姿はゆっくりと光に変わり、やがて狭間の世界から消えていった。最後に僕の耳には、
「ありがとう、ミヤサワ君。またね…。」
という真理子さんの声が聞こえたような気がした。最後まで『ミヤサワ君』呼びだった。名前を呼んでもらえなかったことが、悲しい。
おふくろは
「ふん。これでアーちゃんを独占できるわ。」
と毒づいていたが、その目には涙が浮かんでいた。
アーちゃんは空に向かってニコニコしながらバイバイと手を振っていた。
僕は突然の別れに茫然自失していた。
新作を投稿し始めました。
『キャンパスでは「ご安全に!」』
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