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狭間の世界にて  作者: リオン/片桐リシン
第1部 ミヤサワ君の物語 01-お地蔵さん(あらすじに代えて)全5話.
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01-お地蔵さん(あらすじに代えて)<ちぃちゃん>

 僕は緑のとんがり帽子を脱いでしゃがみ込み、あごひげをいじりながら、目の前に立っているちぃちゃんの話しを聞いていた。

 「ちぃちゃんはね、さみしかったの。悲しかったの。そして、苦しかったの。」

そういって、その濁った暗緑色の小さな女の子は黒い涙を流しながら語り始めた。


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 「ちぃちゃんはあのおうちにママとパパとすんでいたの。ママはやさしかったの。パパもおやすみにはちぃちゃんとおにわであそんでくれたの。かだんのおはなをつむと、ママがおこるの。だからパパといっしょにかぜにゆれるおはなをみていたの。パパはおはなよりもちぃちゃんをみて、ニコニコしていたの。」

そう言ってちぃちゃんは小さくうつむいた。その目から黒い涙が滴り落ちる。


 「幸せだったんだね。楽しかったんだね。」

 「うん。パパとママとちぃちゃんはたのしかったの。でもね、ちぃちゃんね、おかぜをひいちゃったの。のどがいたくて、むねがいたくて、いきぐるしくて、いっぱいないたの。」

 「苦しかったんだね。」

 「うん。でね、ねむってしまったら、くるしくなくなったの。ちぃちゃんのねているべっどのよこで、ちぃちゃんはちぃちゃんのねがおをみてぼーっとしていたわ。ちぃちゃんのねているベッドにつかれてつっぷしているおかあさんに『ちぃちゃんくるしくなくなったわ』といってゆりうごかしたの。そうしたら、おかあさんはねているほうのちぃちゃんのひたいにてをあてて、びっくりしてへやをとびだしたの。ピーポーがきたの。青いおふくとヘルメットのおじちゃんたちがやって来たの。でね、パパもママもべっどでねていたちぃちゃんとピーポーにのってっちゃったの。べっどのよこでぼーっとしていたちぃちゃんをおいてきぼりにしていっちゃったの。ママ、なきながらちぃちゃんのなまえをよんでいたの。『ちぃちゃん!ちぃちゃん!』って。『わたしはここよ』ってママにいったのに、きいてくれなかったの。のどがいたかったからこえがちいさかったのかなあ。きこえなかったのかなあ。

 だから、ちぃちゃんおうちでひとりでおるすばんしていたの。でもね、もうのどもおむねもいたくなかったの。だからひとりでおるすばんできたんだ。」

 「寂しかったねえ。怖かったねえ。でも、ひとりでおるすばんできて、偉かったねえ。」

 「うん。でも、ちぃちゃんさみしかったの。でね、つぎのひ、パパとママがかえってきたの。そのときはうれしかったの。でもね、ママは『ちぃちゃん、ねえ、ちぃちゃん』ってないていたの。パパもなくのをガマンしてかおをくしゃくしゃにしていたの。それをみてたら、ちぃちゃんもかなしくなっちゃったの。」

 「…..」


 「でね。また、パパとママはおでかけしちゃったの。だからちぃちゃん、また、おるすばんしていたの。ちぃちゃん、エライ?」

 「ああ、偉いねえ。偉かったねえ。」

 「でもね、パパもママもかえってこなかったの。」

と言って、ちぃちゃんは顔を伏せ、また黒い涙を流した。私はだまってその様子を見ているだけであった。


 「それでね、しらないあおいふくをきたおじちゃんたちがやってきて、おうちのなかのものをはこびだしたの。ちぃちゃん、『やめてっ!』っておおきなこえでいったのに、おじちゃんたち、やめてくれなかったの。おじちゃんがちぃちゃんのおともだちのクマタンをおおきなゴミぶくろにらんぼうにつっこんだわ。ちぃちゃん『やめてっ!』っておおきなこえでおじちゃんにいったんだけど、…むしされたの。むねのところにくろいかたまりができたの。プンプンだったんで、『クマタンをかえしてっ!』ってそのおじちゃんをかいだんでおしたの。おじちゃん、かいだんをおっこちちゃったの。ちぃちゃんこわくなっておにわのかだんのところでしゃがんでガタガタふるええていたの。」

 「…」


 「おおさわぎのあと、おじちゃんたちがいなくなったら、おうちはからっぽだったの。くらくてからっぽのおうちの中で、ちぃちゃん、おるすばんしていたの。なんにちもなんにちも。そうしているとむねのくろいかたまりがおおきくなったの。だんだんかなしくなくなってきたの。くるしくなくなってきたの。そのかわり、おこれてきたの。だんだんからだがにごったみどりいろになって きたの。」

 「…」

  

 「でね、なんにちもなんにちもすぎてからおうちのなかに、たんすやつくえがはこびこまれたの。『パパとママがかえってくるんだ』ってよろこんだの。でもね、やってきたのはしらないおにいさんとおねえさんとあかちゃんだったの。るすばんしているおうちにかってにやってきて、すみつこうとしたの。ぷんぷんだったの。」

 「嫌だったんだね。」


 「うん、とってもいやだったの。だから、でてってほしかったの。ちぃちゃん、いつのまにかまっくろになっていたの。おかしいでしょ?」

 「おかしくはないさ。」

僕は黒くなっていたちぃちゃんを躊躇無く膝に乗っけて抱きしめた。


 「おにいさんとおねえさんになんども『でてけっ!』っていったけど、きこえなかったの。おねえさんは『なんかこの家、薄暗いし、不気味ね』っていってたけど、ちぃちゃんのこえはきこえていなかったの。でもね、あかちゃんにはちぃちゃんのこえがきこえていたみたい。あかちゃんに『でてけっ!』っていうと、びくっとしてからおおごえでないたの。ちぃちゃんのこえがあかちゃんにはきこえるのがうれしくて、なんどもなんども『でてけっ!』っていったわ。まいにちまいにち、あかちゃんをおどかしていたら、そのうちおねえさんもちぃちゃんにきづいたみたいだったの。そして、おおげんかのあと、おねえさんはおにいさんをおいてあかちゃんといえをでていったの。」

 「追い出したんだね。」


 「うん。やがておにいさんもおうちをでていって、ちぃちゃんのおるすばんだいさくせんはだいせいこうだったの。でもね、ちぃちゃんまたひとりぼっちになっちゃったの。」

 膝の上のちぃちゃんはその可愛い顔に似合わない耳まで裂けた大きな口を開けてケケケと邪悪な笑いを浮かべた。

 僕は少し驚き、口回りの白い髭を片手で掴み、少し震える声で

 「そうか」と答えた。


 「そのあと、おうちにへんなしろいふくとはちまきをしたおばちゃんや、あたまがつるつるのおじいちゃんや、カメラをかかえたおにいさんや、いっぱいきたの。でもね、ちぃちゃんが『でてけっ!』ってどなると、みんなおどろいてにげていったの。おもしろかったわ。」

ちぃちゃんは真っ黒な顔で真っ黒な笑顔を浮かべてそう言った。


 しかし、すぐに悲しそうな顔になって話しを続けた。

 「でね、けさ、おおきなドンガラっておとのするくるまがやって来て、おうちをつぶしちゃったの。ガラガラ、ガラガラって…ちぃちゃんわるいことしていないのに、おるすばんしていたのに…おうち、なくなっちゃった…」

ちぃちゃんはそこで黒い涙をぽろぽろ流しだした。

 「それで、泣きながら町の中をさまよっていたんだね。」

 「…うん。」


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 僕はちぃちゃんを胸にかき抱き背中をよしよしとさすった。

 「いっしょに、おじいちゃんのとこに来るかい?」

 「いいの?」

 「いいよ。うちにはばーさんもいるけど、きっとちぃちゃんを可愛がってくれるよ。」

 「おばあさんはちぃちゃんのこと、こわがらない?」

 「ああ、ばーさんはきっと『あら、まあ』って言って、ちぃちゃんを抱っこしてくれるさ。」

 「おじいさんもおばあさんもちぃちゃんをおいてきぼりにしない?」

 「しないさ、ちぃちゃんに置いてきぼりにされることはあっても、ちぃちゃんをおいてきぼりにして、いなくなったりはしないよ。」


 お地蔵様の祠への帰り道、抱きかかえていたちぃちゃんは僕の胸にしがみつき、黒い涙を流し続けた。泣き続けるちぃちゃんは、その黒色を徐々に薄くしていった。悲しみや憎しみは涙で流そう。ちぃちゃんの悲しみが癒えるまでに時間はかかるだろう。でも、いつか悲しみも憎しみも消えるだろう。


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