05-アーちゃんの物語 <悪いことはひとりで来ない>
おふくろが亡くなった。昨日まで元気だったのに。ヒートショックで脳虚血状態になり湯船で溺死した。ヒートショックは寒いところで血管が収縮し、血圧が高めになったところで、温かい風呂に入り血管が拡張し急激に血圧が下がることで起こる。それにより脳に廻る血流が急激に減少し、気を失ってしまう。何ということだ。
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退院した理恵子さんは家で安静にしている。水田母が看病に来ている。とても葬式の手伝いはさせられない。それに僕は婿養子に出た身だ。葬式と実家のイロイロはオヤジと兄夫婦に任せた。『悪いことはひとりで来ない(Trouble never comes alone. またはMisfortunes never come singly.)』は正しい格言であると認識した。オヤジはおふくろの葬儀の後、酷く落ち込んでいる。何か縮んでしまっている。あれでも愛妻家だったんだなあと思う。
「(おふくろが)早く迎えにこないかなあ。」
などと息子としては困ったことを言っている。
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狭間の世界を訪れた。にぎやかだ。アーちゃんを抱いた真理子さんとおふくろが言い争っている。
「だ・か・ら、この子は私の子です。」
「その子は私の孫よ。はよよこしなさい。」
横でクーボ先生がオタオタしている。
「どうしたんですか?」
「いや、アーちゃんの親権?争いじゃ。」
「親権って…」
女の争いは苛烈だ。そこら中に誘爆を起こしそうだ。巻き込まれたら危険だ。これはオヤジのように静かに気配を消しておいた方が吉だ。と思っていたら。クーボ先生が『余計なことしい』をした。
「おーい! ミヤサワ君がきたぞぃ。」
僕はわざととぼけた。とぼけざるを得ない。
「や、やあ。おひさ…ふ、二人ともどうしたの?」
震える声で状況確認を行う。
おふくろがうろたえている。
「オマエ、死んじゃったの?」
「いや、死んじゃいないよ。中学校のころ、熱射病で死にかけたとき、なぜかこっちと現世を行き来できる様になっちゃったんだよ。」
「あらまあ!それは知らなかったわ。そう言うことはちゃんと言いなさい。でも、便利ね。今度お父さんに伝言をお願いね♡。」
いや、何をおふくろは簡単に納得してるんだろう?
「ミヤサワ君、酷いのよ。このばーさんがアーちゃんをよこせって。」
「何を言っているんですか。この子は私の孫だから私が抱きます。育てます。あたりまえでしょう。オマエも私に味方しなさい。」
おふくろがキッと僕を睨む。 あ! クーボ先生が後ずさりしたかと思ったら、一目散に逃げ出した。おいてくなぁ!
「二人とも落ち着いて。二人仲良くアーちゃんをかまえば良いじゃない?」
「オマエは黙ってなさい!」「ミヤサワ君は黙っていなさい!」
「ハイ。」
二人に同時にハモって叱られた。これまで静かだった狭間の世界も今日はにぎやかだ。でも、この状況を理恵子さんには話せないなあ、とボーッと考えていた。
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この状況を放置できない。間に入ってぼこぼこにされることを覚悟して、翌日再び、僕は狭間の世界を訪れた。今度は二人仲良くアーちゃんをかまっていた。怒号は無く、アーちゃんのかわいい笑い声が広いお花畑に響いている。昨夜のあの諍いは何だったんだろうか?
「どうしちゃったの?」
「な〜んだ、ミヤサワ君か。 うん。仲良くなっただけよ。」
「そうそう。お互い意見をぶつけあったら、打ち解けられてねえ。仲良く二人でアーちゃんを育てよう、ってなったの。」
「抱っこもできないミヤサワ君とちがって、お義母様は子育ての経験も豊富で頼りになるわぁ。」
「あら嬉しい。頼りにしてね。真理子さん。」
二人は「うふふふ..」と笑いあっているが、その頭の上ににらみ合う虎とライオンが幻視されるのは、気のせいだろうか。まあ、表面上だけでも仲良くしてくれれば…。
「それにね。真理子さんも良い子だしねえ。」
「お義母様もおやさしい方だし…」
二人とも獰猛な笑いを顔に浮かべている。間違いなくライオンと虎がおふくろと真理子さんの頭の上に鎮座している。 なんかハブセにされているようで、不愉快だ。
「それにしては昨日のおふくろは真理子さんと激しくやり合っていたよね。」
「あのね。仲良くなれる人、気が会う人としか喧嘩はできないの。当たり前じゃない。オマエはやっぱりずれてるわねえ。」
「エェェエ?」
「それにね。本当はね、私、理恵子さんと嫁姑戦争をして言い合いをしたかったの。でもね、そのチャンスが来る前に、理恵子さんは倒れちゃうし、私は死んじゃうしで、チャンスを逃してしまったの。ここで真理子さんに出会えて、本当に嬉しいわ。」
「あら♡ お義母様。」
「それにしても、オマエはなぜかよくモテるわねえ。真理子さんに理恵子さん、どちらからも愛されているわね。」
「それは誤解です。お婆様! 強く否定します。 私の愛しているのは私の甥のアーちゃんです。ミヤサワ君じゃありません。それに理恵子もミヤサワ君を愛してるというより…う〜ん、情ですね。情けを掛けているというようにしか見えません。」
う〜ん、情けない。いや、情けはあるのか…。それをありがたいと思っておくべきか…
いつの間にか真理子さんとおふくろの間で言い争いが再開した。でも、アーちゃんも怖がらずに楽しそうにそれを見ている。二人も笑顔で、…え〜と少し怖い笑顔だが、本気で喧嘩しているわけではなさそうだ。これは…じゃれあいだな。大型肉食獣のじゃれあいは、端で見ていて恐ろしい。喧嘩の争点は僕に関することではあるけども、下手に介入しない方が吉だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
半年経って、理恵子さんは健康を取り戻した。一年経って、血液検査で緊急輸血による感染、特に懸念されたウイルス性肝炎感染の可能性が否定されたのは、本当に幸いであった。
そして、理恵子さんは強かった。諦めてはいなかった。体がある程度まで癒えた後に当たり前のように不妊治療に取り組みはじめた。
二酸化炭素を吹き込む検査?不妊治療?はつらいようだ。病院へ行くたびにつらそうにぐったりとして帰宅してきた。僕はつらい治療を無理強いしたくなかった。水田母も無理をさせたくないそうだ。そんなにつらいのなら、やめさせたかった。でも、やめさせられなかった。
そして、2年後に懐妊した。超音波審査の結果、今度は適切な場所に着床したようだ。妊娠中は注意深くいたわったつもりだけど、理恵子さんには『暑苦しい』とうっとうしがられた。
そして、無事に長女の真子が誕生した。
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理恵子さんはカーサンに進化した。そしてカーサンはとっても強〜い。 その後、自然妊娠でさらに2人の子供を得た。家を持てなくて借家でも、海外旅行に行くお金がなくても。かわいい奥さんと三人の子供に囲まれている僕は幸せ者だ。
そして、僕は会社員から大学教員へ転職した。幸いに収入はそれほど下がらなかった。
新作を投稿し始めました。
『キャンパスでは「ご安全に!」』
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