05-アーちゃんの物語 <試練>
本性は悲しいおはなしがあります。物語としても不快に思われる方は。この章を跳ばしてください。
でも、著者はこの後の再生の物語に必要だと考えています。
『好事魔多し』は、…残念ながら正しい。
理恵子さんとの新婚生活は予想以上に充実している。朝ご飯は、白ご飯に味噌汁、ゆでたほうれん草などの葉ものと焼魚、それに玉子焼きというラインナップだ。作るのが大変だろう。少し手を抜くことを提案したが、にこっと笑って拒否された。その目は笑っていない。昼は社食だが夜も野菜いっぱいのメニューで飽きない。僕の食生活は劇的に改善した。でも、時々ジャンクフードやポテチが恋しくなるのは内緒だ。
「ねえ あなた。何でお風呂に入る前や寝る前に変なハンドサインをするの?」
「これは…紳士協定のサインだよ。まあ、プライバシーを守るおまじないみたいなもんかな?」
「ふ〜ん? わかんないけどおまじないみたいなものなのね。」
「…まあそんなもんだね。」
見せないよ! 暖かいふかふかの布団で寝ると、横には理恵子がいる。何という幸せなんだ。衣食住+αの全てが充実している日々。これが僕の新婚生活だ。ひたすら自慢したい。誰に?
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「見て見て、線が出たわ。」
「本当だ! やったね!。」
「明日は週末で無理だから、月曜日に病院へ行って来るわ。」
簡易妊娠検査で、陽性になった。おしっこで行う検査キットだけど、思わず頬摺りしたくなる。頬摺りしたら、『キタナイ』と理恵子さんはくっついてくれなくなるだろう。それは避けたい。二人で抱き合って喜んだ。
僕は素直に喜んだ。結婚できただけでも上出来なのに、新たな家族が増えることは望外の幸せに思われた。早速、僕は子供の名前を考えはじめた。理恵子さんと僕はおなかの胎児君を仮の名前、『アーちゃん』とよんで声をかけている。日曜日にベビーベッドを買おうとして理恵子さんに「まだ早い!」と叱られた。
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月曜日、仕事場から帰宅したら…家の中が少し暗かった。
産婦人科病院でも尿検査は陽性だった。しかし、超音波検査では赤ちゃんの影は見つからなかった。
「オーイ!アーちゃん。かくれんぼしてないで出ておいで。いや、まだ出て来ちゃダメだよ。」
もちろん返事は無い。翌週の超音波検査でも赤ちゃんの影は見つからなかった。
「アーちゃん迷子になっているかもしれない。どうしよう?」
理恵子は困った顔をしていた。
「どうしよう?」
僕も首を傾げて困ったジェスチャーをした。 明後日から出張で学会に参加する予定だ。嫌な予感がする、心配だ。やむを得ず理恵子を実家へ送り届け、水田の父母によろしくお願いした。
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学会2日目、僕はビジネスホテルの部屋でなぜか寝付けず、深夜、ベッドの上を一人ゴロゴロしていた。それでも昼間の疲れからうとうとしかけていたところ、
「起きて!」
という真理子さんの悲鳴のような叫びが聞こえた気がした。はっとして飛び起きたところ、ベッドサイドの電話が鳴った。1コールで受話器をとった。
水田母からだった。
「理恵子が大出血を起こして救急搬送されました。できるだけ早く帰って来て欲しい。家族の手術同意書は私が書きました。」
水田母は切羽詰まると冷静になり、頭が回り、そして無駄に丁寧な口調になる。
「わかりました。病名は?」
「病気と言っていいかどうか…子宮外妊娠だとのことです。」
アーちゃんは理恵子のお腹の中で迷子になって、卵管の壁に取り付き、大きくなって卵管を破裂させた。
「それで、輸血…ですか?」
「はい。10L以上輸血して、なんとか命を取り止めました。お腹に大きな傷ができてしまいました。…私、あの子が…理恵子が不憫で…」
最後は突然に泣き声になっていた。
「泣かないでください。お父さんは?」
「お父さんは青い顔をして病室で理恵子に付き添っています。」
「そうですか。 ごめんなさい。理恵子をこんな目に遭わせて。」
「ミヤサワ君が悪いわけではありません。…運が悪かったというのはわかっています。 そして、実家に帰しておいてくれたから、救命できました。理恵子は死なずに済みました。 不幸中の幸いでした。 そこは良い判断でした。」
「とにかく、明日できるだけ早く戻ります。病院名など教えてください。」
僕は電話器の横のメモに病院名と入院している部屋番号をメモした。そして、その足でホテルのフロントに行き、スタッフに相談し、最速で地元に帰る方法を調べた。
同時に会社の上司に状況をメールし、学会出張を中断し、3日間休む旨をお願いした。メールを打っているうちにだんだん辛くなってきた。不安で胸が押しつぶされそうだ。何でこんなことに。
次の日の午前10:00に僕は病室にたどり着いた。
新作を投稿し始めました。
『キャンパスでは「ご安全に!」』
https://ncode.syosetu.com/n0990kd/
もよろしくお願いします。




