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狭間の世界にて  作者: リオン/片桐リシン
04-理恵子さんの物語 全8話
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04-理恵子さんの物語 <長い春>

 ついにその日が来たのかもしれない。来てしまったようだ。

 帰省時に理恵子サンにデートを申し入れたところ、大学受験で忙しいと素っ気なく断られてしまった。デートを断られたのははじめてのことだ。ただ1回デートを断られただけで…3日間寝込むほどに落ち込んだ。メールも返信があったり無かったりになってきた。そして、僕は次の帰省時に彼女をデートに誘うことができなかった。

 これが自然消滅かぁ。あっけなく僕の恋は、手をつなぐことも無く消滅した。自分に足りなかったものは何だろう? 僕は自問自答した。それは自信だろう。 美しく成長していく理恵子さんの隣に立つには、あまりに釣り合わない自分の容姿や服装や能力不足、それに起因する劣等感が僕に彼女との交際を深めるその一歩を踏み出すことを躊躇させた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 狭間の世界で真理子サンに叱られた。

 「あんたねえ! リエの手くらい握りなさいよ。今時小学生でもほっぺにキスくらいするわよ。あんなに長く付き合っても、何もしてこないなんて、リエがかわいそうだわ。」

 「不埒なことをするなと言ったのは、真理子さん、あなたでしょ?」

 「相手が同意していれば不埒じゃないの! わたしはね。あなた達の甘酸っぱ〜いお付き合いの進展を楽しみに、ここからニマニマしながら見ていたのに、ち〜っとも前に進まないし。しまいには別れそうだし。 しゃんとしなさい!しゃんと!」

 「いやいやいや、その真理子サンが僕たちを観察していると思うと、それが抑止力になって手も握れませんって。」

 「あ〜もう。また責任転嫁? あなたバカよね。バカに違いないわ。良い大学に入っても本当にバカよね。」


 「それに、この受験で太ましくなったおなかに蓄積してしまった脂肪はねえ…。自信を奪ってしまって…」

 「そうね、そのおなかはダメだわ。ギルティだわ。 はっきり言って醜いわ。控えめに言っても醜いわ。肉体を失っている私でも引くわ。 やせなさい。」

 「勉強はおなかがすくんだよ。1日6食食べなきゃ体が持たないんだ。」

 「言い訳は要らないから、四の五の言わずにやせなさい。まったくろくでもないわ。」

 また、叱られた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 僕は現世で脇目も振らずに勉学に勤しんだ。そして大学4年生になって研究室配属されてからは大学での研究に没頭した。この大学で僕が手に入れられるのは知的能力と社会的な立場だけだ。理恵子サンとのことは残念だったけど、いつの日にか出会うであろう伴侶を幸せにできるだけの力を付けることを決意した。といえばかっこ良いが、未練を断ち切るためだ。朝にふらふらと起きてから夜に布団にダイブして意識を失うまで、千日回峰業の修行僧のように大学院での研究に没頭した。


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 大学院への進学は『人生の安全保障』のためだ。日本の平和はかりそめのものだと感じている。世界では戦争や紛争が起きている。それに伴い難民も発生している。『日本が沈没』した時に、貨物列車で運ばれる難民ではなく飛行機で避難できる移民になるためには、語学力と学位が必須だ。日本では学士も学術称号=学位だが、海外では修士博士でなければ学位持ちとは見なされない。例えばアメリカの永住権資格就労可能なビザ(EB−2)取得資格に修士以上の学位をもつことが法的に定められている。大学卒の学士ではどんなに良い大学でもダメなのだ。最低でも修士、できれば博士を取得していなければ、有事にアメリカやヨーロッパで移民として生き延びることはできない。学士ではどんな良い大学を出ても難民にしかなれない。いや、難民になれる人はまだ運の良い人なのだろう。

 父が1972年にサバティカルで訪問したアメリカの大学には、南米の某国の軍事クーデターから逃れて来た先生が滞在していたそうだ。彼は祖国では博士持ちの准教授だったおかげで米国に就労資格者として、家族ごと移民できた。大学のポスドク(非常員研究員)として働くことが許された。しかし、彼の弟さんは学士だったため、家族ごと行方不明になってしまった。たかが学位で自分だけでなく家族の生命までも左右されるという事実は、僕には衝撃だった。自分の未来の伴侶と子供達、家族を守るためにも博士号持ちになる必要があると決意した。

 僕の父は大学教員だ。おかげで大学院進学にも理解がある。ただし、仕送りには期待できない。奨学金を借りて大きな借金を背負わなければならない。でも、その借金よりも価値のあるもの、すなわち能力を身につければ良いだけである。それに、有事にはお金は紙くずになる。土地や財産も奪われてしまうかもしれない。でも身につけた能力や学位は殺されない限り誰にも奪われない。僕は総額で700万円の借金を背負うことにした。


 地獄は現世にあった。

 博士論文の作成は修羅場だった。いや、修羅より2層下の地獄だった。教授が学内締め切りを1ヶ月間違っていたため、2週間で博士論文をでっち上げることになった。毎日の睡眠時間が2時間を切った。それを食事で補った。体重が…体重があっという間にさらに15Kg増えた。


 


 そういえば、この6年間は落ちるような深い眠りのため、狭間の世界には1回もいっていなかったなあ。


次回話しは急転します。

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