01-お地蔵さん(あらすじに代えて)<お地蔵さん>
公的な私は死後の世界や霊魂を信じていません。
しかし、そのような事象を否定しても居ません。
死後の世界を信じて、現世がおろそかになることを恐れています。
おばあちゃんの住んでいた家から高台の上の中学校の方へ抜ける細い坂道の麓には、扉の無い小さな木造の祠があります。その祠の中には2体の石造りのお地蔵様が並んでいらっしゃいます。かわいらしい4等身のにこやかなお顔のお地蔵様は、普通のお地蔵様とはちょっと違っています。左側のお地蔵様は緑色のチロル地方のとんがり帽子のようなものをかぶっています。右側のお地蔵様はピンク色のスカーフをショールのように肩にかけています。普通のお地蔵様は赤いヨダレかけ(スタイ?)をつけています。でもここのお地蔵様はとんがり帽子とスカーフショールをつけています。ニコニコとした表情とそのお姿は、地蔵菩薩というよりもどこにでも居る少しハイカラな老夫婦のように見えます。そのお姿と表情を見ていると、こちらもニコニコとしてしまいます。
そして、このお地蔵様の祠の前の石段には、お地蔵様と同じ装束をつけた半透明の小さなおじいさんとおばあさんが並んで座っておりました。お二人は仲良さげに手をつなぎ、ニコニコしながら並んで座っておりました。薄青く透けているお二人はこの世の者ではないのでしょう。でも、怪しいもの妖しいものには見えません。ただそこにて座ってニコニコと笑っており、景色の一部と化しておりました。このヒト?たちは、誰なんだろう? なんで私には見えるのだろう?
私は毎朝、学校に行く時に、その祠の前を通りました。信心深いわけではないけれども、祠のお地蔵様と透けているおじいさんとおばあさんに手を合わせていました。そして、
「おはようございます」
と声を掛けていました。そうすると、透けて見えるお二人はましてにっこりと微笑み、軽く会釈を返してくれました。でもその声は聞こえません。返事の言葉はありません。それでも、その笑顔を見るとなぜか嬉しくなりました。そして、そのような日は嫌なことも無く一日を無事に過ごせたように思います。それはお地蔵様のご利益なのか、それともおじいさんとおばあさんのご利益なのか、どちらかはわかりませんでした。いずれにせよこのお二人は、少なくとも私にとって『悪いもの』ではなかったのでしょう。細かいことは気にしないのが吉です。
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夏のある朝、いつものようにお地蔵さんとお二人にご挨拶しようとしたら、おじいさんは不在でした。透けているおばあさんは、少し心配そうな顔をして、頬に手を当てていました。私は、
「あれ? おじいさんはいらっしゃらないのですか?」
と声を掛けました。でも、やはりいつも通り、返事はありませんでした。おばあさんは少し困った顔をして、それでもわたしにおじいさんの分も微笑みかけてくれました。今日も良い一日になりそうです。
しかし、次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、おじいさんは不在でした。おばあさんの困り顔はだんだんと深くくらくなっていきました。4日目には、声をかけてもおばあさんはうつむいたままその顔を両手で覆っていました。私はそのようなおばあさんに掛ける言葉を持っていませんでした。
一週間後の朝、祠の前の石段におじいさんはかえって来ておりました。おじいさんはよれよれでした。疲れている様子でした。そして、以前と同じようにおばあさんと並んで座っておりました。しかし、以前とは異なり、おじいさんの膝の上には黒っぽく濁った緑色の小さな子供がしがみついていました。その小さな小さな子供はおじいさんの胸にしがみついていたので、その表情はわかりません。泣いているのでしょうか、小さな肩を細かく震えさせていました。でも、泣き声は聞こえませんでした。おじいさんは透き通った腕で、その暗緑色の女の子を抱きしめておりました。その横でおばあさんはその子の背中をやさしくさすりながら、私の方を向き、口に左手の人差し指を縦にそえて静かに黙っているように合図を送ってきました。私はそれに頷き、そっと祠の前を辞去しました。
その次の日、その小さな女の子はおばあさんの膝にすがり付き、その膝枕で寝ていました。おばあさんの膝の上で、まだ濁った緑色の小さな女の子は目を閉じて少し口を開けて寝息を立てているかのようでした。おばあさんはその髪をやさしく慈しむようになでていました。その隣でおじいさんは私に小さく手を振ったあと、昨日のおばあさんのように口に人差し指を縦にそえて、私に声を掛けないように合図をしてきました。私はそれに頷き、そっと祠の前から辞去しました。
一週間もすると、女の子の色は黒みがとれて徐々に明るくなり、濁りも無くなってきました。いつの間にか彼女はおじいさんとおばあさんの間に座り、左手をおばあさんと、右手をおじいさんとつなぎ、お二人の顔を見上げてはお二人と同じようにニコニコと幸せそうにしていました。3人は仲のよい祖父母と孫のように見えました。私はそのような3人を眺めると、胸が暖かくなり幸せを感じました。私は小さな声で
「よかったね。」
とつぶやきました。
それから毎日、並んで座っている3人を見かけました。女の子は徐々に純粋な無色になっていきました、そして、2ヶ月くらい経ったある日、女の子の姿は見えなくなりました。どこかに行ってしまった、居なくなったという意味ではなく、透明になり、空気に溶けてしまったかのようでした。そして、いつの間にか祠の前に座っているのは透けて見える老夫婦だけに戻っていました。
私は祠の前に座っている半透明の老夫婦に尋ねました。
「あの女の子はどこへ行ったのですか?」
老夫婦はしばし顔を見合わせ、少し寂しそうなでも嬉しそうな表情をしました。おばあさんは両手をおじいさんの左手に添えて、コテンとその頭をおじいさんの肩に預けました。おじいさんは空を見上げ、右手をあげて人差し指で空を指し示しました。そして二人で、手をつないでない方の人差し指を口に縦にそえて、やさしく微笑みながら私に口止めをしていました。
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私が中学校に通う3年の間に、同じようなことは何回かありました。ある時は風船を持った5才くらいの男の子、ある時は小さな赤ちゃん、老夫婦は何人かの子供と一緒に仲良さげにニコニコしていました