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狭間の世界にて  作者: リオン/片桐リシン
03-真理子さんの物語 全6話
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03-真理子さんの物語 <理恵子ちゃん>

 「ところで話しはかわるけど、リエのことが、少し不安定で心配なのよねぇ。」

 理恵子さんは、真理子さんの3つか4つ下の妹で、真理子さんの心残りの一人だ。

 「不安定ってどのように?」

 「彼女、私が死んでからもう1年も経つのに、まだ私の死を強く意識しているみたいなの。トラウマになっているみたいなの。」

 「『死を考える(メメント・モリ)』ことそのものは悪いことでもないと思うんだけど…。」

 以前に僕がクーボ先生に言われたことをそのまま言ってみた。

 「考えるというよりも、怖がっているの。自分のこととしてではなく、家族への影響を。もし自分まで死んでしまったら、残された両親がどうなるかを心配しているみたい。それで活動や行動が強く抑制されていて、貴重な青春を生きていないの。」

 「う〜ん。それはいけませんねえ。」

 「いけませんの。どうしましょう?」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 一周忌法要の日、僕は水田家を訪れた。

 生前の真理子さんはあんなに人気者だったのに、『去る者日々に疎し』であろうか、水田さん家には元クラスメートの女の子は3人しか来ていなかった。彼女らは、「何でミヤサワ君がここにいるの?」といぶかしがり、ひそひそしていた。しかし、おふくろが真理子さんのお母さんと親しげに話しをしており、真理子さんのお母さんが僕に話しかけているのを見て、『母親のオマケ枠』『ご近所枠』と認識されたようだった。さすがに『ボーイフレンド枠』には無理があるとしても『幼ななじみ枠』の可能性くらいは検討してくれても良いのに、と思ったが、まあ無理なんだろうなぁ。がっかりだ。自尊心が傷つく。

 

 水田さんのお父さんは、真理子さんの遺影をただじっと見つめ、両の拳をきつく握りしめていた。その顔は険しく、声を掛けることをためらわせるものだった。そう言えば、狭間の世界で真理子さんは自分の母親や妹のことをよく話していたが、父親のことはほとんど話題に出なかった。父親は寂しい生き物かもしれない。特に水田家のように女性の多い家族構成では浮いてしまうのかもしれない。でも、真理子さんの遺影を見つめるそのまなざしは、彼女の運命を悼み、理不尽な別れを怒る愛情深い父親のものだった。

 法要の読経が始まると、どこかから小学生か中学生くらいの女の子が現れ、真理子さんのお母さんとお父さんの間にちょこんと座った。彼女が以前に狭間の世界で真理子さんが気にしていた理恵子ちゃんだろう。まだ幼さの残る相貌だった。真理子さんに似ているが、可愛いという印象だ。


 法要の読経が終わり、水田父の参列者へのお礼のあいさつがあり、散会になった。僕は帰ろうと思い、おふくろと玄関に向かったところを、真理子さんのお母さんに呼び止められた。

 「少しお茶でも飲んでいかない?」

 真理子さん母のお誘いに、おふくろがインターセプションを掛けてきた。

 「ちょっとぉ、うちの子にもうこれ以上変なことを吹き込まないでよね。」

 「大丈夫よ。家族でお茶を飲むから、つきあってもらうだけ。ねえ、いいわよねミヤサワ君。」

 「はあ..。」

 逃げそびれた僕は曖昧な返事をした。


 ♫ ♫ ♫ ♫ ♫ 


 リビングで水田家の3人と日本茶をいただいた。茶菓子はあられであった。

 真理子さんのお父さんは、『なんだ、こいつは?』と言わんばかりに、僕のことをじろじろと無遠慮に観察してきた。気まずい。


 「あ〜、ミヤサワ君。君は真理子とはどんな関係だったのかね。」

 答えにくい質問だ。まさか狭間の世界で再会したとは言えない。真理子さんのお母さんが興味深そうに、でも悪い笑顔でこっちを見ている。

 「え〜と、真理子さんのクラスメートでした。同じ趣味をもつ友人でした。」

 「どんな趣味かね?」

 真理子さんのお父さんの追求は厳しい。理恵子ちゃんもこの話題に興味を持ったのかこちらをちらちらと見ている。追いつめられている。背筋を冷たい汗が伝う。ここで真理子母の助け舟が入った。

 「ミヤサワ君。えっとね、こっちが2番目の理恵子よ。ご近所さんだし、『近所のお兄ちゃん』として仲良くしてあげてね。」

 水田父は話の腰をへし折られ、むっとした顔をしたが、それ以上の追求は諦めたようだった。

 「そうだな、あくまで『近所のお兄ちゃん』として仲良くしてくれたまえ。」

 「ほら、理恵子。ご挨拶なさい。」

 「初めまして、理恵子です。生前は真理子お姉ちゃんがお世話になりました。」

 いや、お世話は真理子さんが死んだ後になってからだけど、と思いながら僕は曖昧無難な挨拶を返した。


 それから30分ほどして、僕は水田家を辞去した。玄関で理恵子ちゃんが

 「あのお兄ちゃん、真理子姉ちゃんと同じようなにおい?雰囲気がする。」

 と評する声が聞こえたが、僕は聞こえないフリをした。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 「よろしくね『近所のお兄ちゃん』♡」

 その夜、狭間の世界を訪れた僕を真理子さんは悪い笑顔でからかってきた。なんか悔しい。言い返した。

 「わかりました。『真理子お姉さん』。」

 真理子さんは僕の返しに少し微妙な顔をしていた。そして、真面目な顔になり、

 「ほんと、リエのことをよろしくね。 仲良くしてあげて、できれば外に連れ出してあげてね。…でも、不埒なことをしちゃダメよ。」

 とお願いしてきた。

 「不埒なことって…」

 「まあミヤサワ君はチキンだから、その点は安心しているけど。」

 その信頼は嬉しいけど、その根拠は嬉しくない。


 「外につれだす…って?」

 「前にも言ったけど、あの子、私の交通事故がトラウマになって、ひとりで外を歩けなくなっちゃっているの。学校は母の車での送り迎えでなんとかなっているけど…。ひとりでは外を、道路を歩けないみたい。」

 「そっか。」

 「エスコートしてあげてね。」

 「わかった。善処します。」

 「リエの夢枕にたっておこうか?」

 「やぁ〜めぇ〜てぇ〜! 絶対いらない。」


 でもね、真理子さん。僕がエスコートして外を一緒に歩きたかったのは、あなただったんだよ。と心の中でつぶやいた。


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