03-真理子さんの物語 <お母さん>
しばらくは毎週日曜日水曜日午前05:00に更新します。
水田さんの事故から1年くらい経ったある日、家に帰ると水田さんのお母さんがリビングでおふくろとお茶をしながら駄弁っていた。
水田母は僕の顔を見るとにっこりと微笑んだ。
「あら、お久しぶり。元気にしてた?」
「お久しぶりです。」
僕は若干の警戒心を胸に、素っ気ない挨拶をかえした。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
「私ねえ、ミヤサワ君のお母さんと同じ中学、同じ高校の同級生なの。知ってた?」
「いいえ。初耳です。」
後ろでおふくろがニコニコしながら無言で頷いている。
「わたしねぇ、あなたのお母さんのマニア仲間、今風に言うとオタ友だったの。」
後ろでおふくろの顔がこわばり、わたわたと前に伸ばした手を上下に振っている。僕はというと、おふくろの隠された過去を聞かされて、驚きのあまりに目を大きく見開いたまま凍り付いていた。
「わたしねぇ、高校生の頃、あなたのお母さんと一緒に、『大根の会』に行った仲なのよ。」
「大根の会?」
「そう。大阪のマニアの祭典ね。」
後ろのおふくろは、わたわた体操に加えて、ぱくぱくと口を開け閉めしている。僕たちの会話にインターセプションを掛けようとしているが、上手く発話できていない。
「そう。私たちは、あなたと真理子のようなオタ友だったの。でも結婚してからはきっちりと封印していたの。知らなかったでしょう? だからね、『あの薄い本』のことは、…まあそれなりに理解しているの。あなたは心配しなくても良いからね? むしろ真理子にもあなたのようなオタ友がいたことを嬉しく思っているの。 ありがとうね。」
後ろのおふくろは真っ赤な顔を両手で隠して、机に突っ伏し…もう息をしていない。
「そうそう。今度の日曜日は真理子の一周忌の法要なの。今日はそのお誘いなの。来てくれるわよね?」
水田お母さんは、真理子さんと同じく押しの強い人だった。僕は断ることもできずに、首を縦に振った。」
「ありがとう。 …真理子によろしくね♡。」
そう言ってにっこりと微笑み、真理子さんのお母さんは帰っていった。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
その日の我が家の晩餐は、静かであった。おふくろは赤い顔で終止うつむいて何かぶつぶつ言っていた。おふくろのその様子を見て父も兄も首を傾げている。おふくろは、あのカミングアウトが強烈で、真理子母の最後のセリフ、『真理子によろしくね♡』はどこかに吹っ飛んでいったようだ。そのセリフについて何の突っ込みも入れられなかったのは幸いであった。
真理子母はカンの良い人らしい。どこまで僕と真理子さんの現状を理解しているのだろうか?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その夜、真理子さんと僕は狭間の世界の花畑で、二人で頭を抱えていた。
「きっついわー。夕飯の静寂はきつかったわー。 親へのオタバレもきっかったけど。おふくろがオタクだったって知る方のオタバレは気まずいわー、きっついわー。真正面からおふくろの顔を見れなかったわー。」
「本当ね。私も母がオタとは知らなかったわ。よくも今まで娘に隠し通していられたものね。」
「本人はオタクではなくマニアと自称していたけど?」
「おなじようなものでしょ? マニアもオタクも。」
「ところで真理子さんのお母さんは…勘が良い人なの? 霊感持ちなの?」
「あれは私の失敗。ごめんなさい。おそらく原因は、例の薄い本の回収の前夜にお母さんの夢枕に立ったことなの。」
「夢枕?」
「そう。お母さんの夢の中で『明日お友達のミヤサワ君が家に来るけど、私の部屋まで案内してあげてね。彼のことを拒否しないでね』って予告編を出しておいたの。だから、あの日、ミヤサワ君はすんなりと私の部屋まで入れたでしょ? でも、だから、母はミヤサワ君のことを私の友人と認定したみたいね。」
「なるほど。それで僕のことをボーイフレンドかなにかと認識していたのか。」
「全然そんな仲じゃないのにね。…うん。だから私の失敗。母に誤解させちゃった。ミヤサワ君もごめんね。」
そう謝られると…。いやむしろ謝られたことで僕の胸の奥がチクンと痛んだ。




