03-真理子さんの物語 <見られるということ>
「ヤッホー! また来たよ。」
ご機嫌な声で狭間の世界の知り合いに声を掛ける。
しかし、声を掛けられた真理子さんは、なぜか引いている。
「真理子さん、どうしたの?」
と手を伸ばすと、真理子さんは後ずさり、立ち上がって僕から距離を取る。
「嫌っ! 近寄らないで。」
彼女の方に手を伸ばすと、身をよじって拒否される。真理子さんの理不尽な振る舞いに僕は動揺する。
「? ど…どうしたの?」
「触らないで。妊娠しちゃう。」
僕はそのキーワードで状況を察した。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
「あ…ア...アレはね、男の生理現象なんだ。」
ここのところ出していなかったから、昨夜、パンツの中をべたべたにして目をさましてしまった。
「近寄らないで。…不潔だわ!」
どうしろって言うんだ。自分で夢をコントロールできるわけじゃない。
「そんなこと言ったって…。それよりも、見ぃたぁなぁ!」
僕は真理子さんを修羅の顔でにらみ返していた。
「仕方が無いでしょ! ここにいると、見えちゃうのよ。」
真理子さんは逆切れて、怒鳴り返して来た。
「僕のプライベートはどうなるの? もうお婿に行けない。 シクシク」
「乙女にあんなもん見せつけて! 私ももうお嫁に行けないわ。」
「死んでいるんだから、お嫁に行けないのは当たり前でしょ。まだ生きている僕の方が事態は深刻ょぉ!」
なぜかおネエ言葉になる。
ギャイのギャイの言い争っていたら、クーボのおっさんが乱入して来た。
「わちゃわちゃとにぎやかじゃのぉ。仲が良いのぉ。痴話喧嘩かのぉ?」
「「痴話喧嘩じゃない!!」」
二人の声がそろった。
僕は真っ赤な顔で泣きそうな顔で、真理子さんの非道を訴えた。
真理子さんは真っ赤な顔でうつむきながら、ちらちらと見下すような横目で嫌そうに、不潔なものを見るように僕を見ている。
「それは真理子さんの方がいかんなぁ。ことプライバシーに関してはここの住人の方が絶対強者じゃからなぁ。」
「そんなこと言ったって、クーボ先生もミヤサワ君のことを観察しているじゃないですか。」
「ふたりに見られているなんて…僕にはプライバシーが無いのですか。」
「だって、見えちゃうんだもの。仕方ないでしょ。…それに暇だし、見ちゃうのよ。」
あ! クーボのおっさんは目をそらした。
「じゃあ、これまで黙って、トイレや風呂も覗いていたの? 酷い!」
「覗いていたなんて、人聞きの悪い。トイレや風呂は必要なことだから何とも思わないし、言わなかったけど。たとえ生理現象だとしてもアレはドン引きよ。」
「ひどい。ひどいゎぁ。もう風呂にも入れないし、トイレにも行けない。どうすれば良いのよぉ!」
僕はまた、おネエ言葉になる
クーボ先生は苦笑し、しばし考えてから、提案をしてきた。
「ここは紳士協定が必要じゃのぉ。」
「「紳士協定?」」
また真理子さんと僕の声がそろった。
「うむ。紳士協定じゃ。何か合図を決めて、それから1時間、真理子さんはミヤサワ君のことを覗かないという約束じゃ。」
「だって、見ちゃうんだもん。」
真理子さんがかわいく口を尖らせて抗弁する。
「ホッホッホ。ミヤサワ君は愛されているのぉ。」
「愛されていない!」「愛していない!」
今度は声がそろわなかった。
「真理子さんはその間、自分の家族を眺めていれば良かろう? お父さんやお母さんや妹さんだったかのぉ。もっと肉親のことも気にかけてあげなくちゃ、ご家族の人たちが、泣くぞぃ?」
そうだそうだと僕は思ったが、それを口に出すとまた話しあいが紛糾する。気遣いのできる僕は黙っていた。
僕たちはクーボ先生の仲介で紳士協定を結んだ。もちろんクーボ先生もこの紳士協定の対象者のひとりだ。




