00-狭間の世界にて(背景に代えて)
初登校です。
仕事の合間に書き進めますので、不定期になると思います。
すみません。
そこは狭間の世界の広いお池。池に咲いているハスのお花の上には小さな赤ちゃんが乗っている。ある子はニコニコと笑いながら花びらをもてあそび、ある子は花びらにもたれかかりすやすやと眠っている。そのムニュっとしたピンクのほっぺは愛らしく花びらの上でつぶれている。ここちよいそよ風が吹く。細かな波紋が池に広がる。広い広いお池なのに、泣いている子はいない。そこに聞こえるのは小さな笑い声とアムアムダアダアという喃語だけ。みんな、そこでお父さんやお母さん,おじいちゃんやおばあちゃん、家族のお迎えを待っている。
この辺りにいるのは生まれてくることのできなかった赤ちゃん。お母さんのおなかの中で消えてしまった無垢な赤ちゃん。いつかお母さんやお父さんが迎えに来てくれるのを待っている赤ちゃん。抱っこされるのを待っている赤ちゃん。
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
「ウーちゃん」
お母さんの声が聞こえる。
「あー」
池の中を膝まで濡らしてザブザブとやってくるお母さんにウーちゃんと呼ばれた赤ちゃんは両の手を伸ばす。お母さんはウーちゃんを抱き上げて胸に抱き込み涙を流す。
「ごめんね、抱っこしてあげられなくて。ごめんね。」
ウーちゃんはお母さんの顔に手を伸ばし、その頬に触れる。お母さんの頬をつたってきた涙のしずくがその小さな手に触れる。
お母さんの少し後ろから、お父さんがやってきた。
「ウーちゃん?本当に? お母さんは良くわかったね。」
「わかるわよ! わからないわけが無いでしょ。」
「こんなに沢山いる赤ちゃんの中から、顔も見たことの無いウーちゃんを見つけ出せるなんて…、驚きだ!」
「それがお母さんなの!」
お母さんはお父さんの方を向き、勝利の微笑みを浮かべた。
「お父さんは4年間も時間があったのに、ウーちゃんのことを見つけられなかったの?」
お母さんは少し責めるようにお父さんに問うた。
「いや、…うん。この40年間、もちろんウーちゃんのことを忘れたことは無かったけど、でも、こんなにたくさんいる赤ちゃんの中からウーちゃんを見つけ出すなんて…僕には無理だったよ。」
お母さんはお父さんをジトッとした目でにらんだ。
「まあいいわ。さあ、いっしょに上がりましょう。」
「他の子たちをここで待たなくても…良いのかい?」
「いいの。他の子たちは、皆大人になって、それぞれの家族を持って、私たちから巣立っていったわ。あの子達にはあの子達の大事な、大切な家族があるの。」
そんなお父さんとお母さんのやり取りをウーちゃんは嬉しそうにニコニコしながらお母さんに抱っこされて見ていた。お父さんはそんなウーちゃんのプニプニのほっぺを人差し指でつついた。その指をウーちゃんはそのちいさな手で 握った。お父さんのほほが緩む。
「本当にウーちゃんなんだねぇ。」
お父さんがつぶやく。
やがて、親子は淡い光に包まれていく。その光はゆっくりと空へと登っていく。その光景を見ていた周りの赤ちゃん達は、ニコニコしながら手を振ってバイバイをする。よかったね。よかったねと手を振る。
やがて池は元の静けさに戻った。
新型コロナの後遺症でそろそろ寿命が尽きそうな僕は、狭間の世界で35年前になくしたうちのウーちゃんを見つけ出せるだろうか。お母さんはもっと後からやってくると思う。
ウーちゃん、お願いだから僕が「ウーちゃん?」と呼んだら、「ハイッ!」って手を高くあげてね。寝てちゃダメだよ。見つけられないと、お父さん泣いちゃうからね。後から来るお母さんに叱られちゃうからね。