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半ば強引に入隊試験の参加が決まってしまった。
しかし……悪くないかもしれない。多分、自分の意思では軍とは関わらなかっただろう。だからこそいい経験になると思った。
「無事、お仕事が決まったみたいですね」
アイルが入隊試験に乗り気になっていると、ソフィアが声をかけてくる。
しまった。ルウとの再会が予想外すぎて置いてけぼりにしてしまった。
「アイル、今更だけどその子は……?」
「ソフィアと申します」
アイルが紹介するまでもなく、ソフィアは簡潔な自己紹介を述べた。
「ソフィア? その名前…………いや、まさかな」
ルウは何かを考えたが、すぐに首を横に振った。
それから、ソフィアの方を見る。
「どうだ? アンタも役に立つ自信があるなら、一緒に雇うぜ?」
「光栄ですが、遠慮しておきます。私はアイル様の付き添いで来ただけですから」
軽くお辞儀したソフィアは、アイルを見る。
「軍の入隊試験は例年とても厳しいものです。今年は確かに特殊な内容ですが、厳しさは変わらないでしょう。……とはいえ、試験中は軍が責任を持って皆さんの安全を保証しますから、今までのような危険に巻き込まれることはないと思います」
今度こそは、アクシデントに巻き込まれることがないとソフィアは言った。
強いて言うなら、入隊試験の参加自体がアクシデントだと思うが、アイルは黙っておいた。
「では、アイル様。私は昨日と同じように宿でお待ちしていますね」
「うん。また後で」
立ち去るソフィアの背中を見届ける。
そんなアイルの隣で、ルウが目をパチパチとしていた。
「え? 宿? ……え? お前らって、そういう関係なの?」
「……一応言っておくけど、部屋は別だよ。ソフィアには王都の案内を頼んでるんだ」
ルウは「そういうことか」と納得した。
「いや、でも待て。……アイル、今の子とはこの街に来てから知り合ったのか?」
「うん、父親の伝手はあったけど」
「……お前、知り合ったばかりの子に様付けで呼ばれてんの?」
言われてみれば確かに……。
よく考えると、ソフィアは不思議な少女だった。様付けで呼ばれることもそうだが、まだ出会ったばかりなのに妙に敬意を払われている気がする。あれは初対面の人に対する気配りではないだろう。社交の常識とは一線を画した不思議な敬意だ。
どちらかと言えば、目上の人に対する敬い方。
まるで……自分にとって、雲の上にいる人に対する恭しさ。
そんな態度を取られる理由に、アイルは心当たりが全くなかった。
「じゃあ早速、会場に向かうぞ」
「え、でもメンバーは四人まで集めていいんだよね? もう一人いた方が有利になるんじゃ……」
「いや、試験開始までもう一時間を切ってるから、すぐに会場へ向かわねぇと」
めちゃくちゃ崖っぷちだったらしい。
アイルとルウは会場へ向かった。駆け足で。
◆
「なんでこんな弱そうな奴を仲間に入れたのよ」
開口一番に、その少女はアイルに向かって悪態をついた。
「見た目で判断すんなって。これでも魔法使いなんだぜ?」
「王都じゃ珍しくないわよ」
見た目はやっぱり弱そうなんだ……。
ルウが否定してくれなかったことで、アイルはしゅんと落ち込む。
ルウがアイルよりも先に仲間にした人物は、夕焼けのような橙色の髪が特徴的な少女だった。歳は多分同じくらい。背はアイルより少し低いが、この世代の女性の中では高い方だろう。
「えっと、アイルです。よろしく」
強気な少女を、できるだけ刺激しないよう小さく頭を下げる。
少女はつまらなさそうなものを見るような目で、アイルを見た。
「クララよ。貴方と同じ魔法使い」
本当にこの街では魔法使いが珍しくないようだ。
いや、実際はこの街ではなく、もう少し限定的な場所での話だろう。でなければ港の作業員にあれほど驚かれた説明がつかない。
アイルは周りの様子をざっと見た。ルウの案内に従って辿り着いたここは、ローレンス王国軍の基地である。硬い土の地面の上には百人以上の受験生が列を成して待機しており、誰もがその瞳を闘志でぎらつかせていた。王都では魔法使いが珍しくない、というのは語弊がある。ここでは魔法使いが珍しくないのだ。
しばらくすると、壇上に軍服を纏った赤髪の女性が現れた。
鋭い双眸を持つ女性は、受験生たちを見渡して口を開く。
「ローレンス王国軍少佐のカーリアだ。入隊試験の試験官を務める」
よく通る声が、アイルの耳に響いた。
しかし、気になる。……カーリアと名乗った女性の目元には、とても濃い隈ができていた。
「目の隈については無視してほしい。昨夜、不可解な事件に駆り出されてな。おかげで寝不足だが、軍人はこの程度で判断を誤らない」
本人がそう言うなら、信じるしかない。
やや困惑していた受験生たちだが、気を引き締めて沈黙を維持した。
「さて、諸君。――よく集まってくれた! 学び舎などという軟弱なところではなく、我が軍への入隊を希望した諸君は見所がある!!」
カーリアが大きな声で告げる。
その言葉を聞いて、アイルは小声で隣のルウに質問した。
「学び舎って、学園のことだよね。学園は軟弱なの?」
「軍人からすりゃあ、そうかもな。帝国との小競り合いが激化しているせいで、この国は有事かその一歩手前ってところだ。その危機に対し、力になりたいって思う奴は絶対に屈強な心の持ち主だろうよ。……まあ俺は違うけどな」
そういえばルウが軍に入りたい理由は何だろうか。
馬車の中で彼が立身出世を目指していることは聞いているが、軍でそれを成し遂げる理由は聞いていない。別に成り上がるだけなら軍以外でも問題なかったはずだ。
「ルウはどうして軍に入りたいの?」
「察せよ。……学がないんだ。ここにいる人たちの大半はそうさ。頭のデキが悪い。だから学園にはそもそも行けなかった」
己の能力不足を思い出したルウは、小さく吐息を零した。
「あの軍人さんは優しいよ。俺たちに居場所を与えるために、ああして強い言葉で鼓舞してくれているんだ」
多分、ルウが軍人になりたい理由は二つあるのだろう。
成り上がりたいという理由。それと、他の仕事では成り上がれないからという理由。
どちらも本音だ。
「ちょっと、貴方と一緒にしないでくれる?」
話を聞いていたクララが口を挟む。
「私が軍に入りたい理由は、アンタとは違うわよ」
それだけ言って、クララはそっぽを向いた。
だが、ちらりちらりとアイルの方を見ている。続きを語りたいから、尋ねてほしいようだ。
「えっと……クララはどうして軍に入りたいの?」
「血湧き肉躍る闘争の世界に身を置きたいからよ」
聞いてほしそうだから質問したら、とんでもない答えが返ってきた。
「地元は雑魚ばっかりで退屈していたのよ。だから軍に入って、張り合いのある人間をいっぱい見つけるの。そしてそいつら全員をぶっ飛ばす」
「ごめん、アイル。俺はとんでもない危険思想の持ち主を仲間に入れてしまったのかもしれない」
クララがこの本性を吐露したのは、ルウの前でも初めてだったらしい。
ルウは頭を抱えた。この少女、危険すぎる。
「――では、試験の内容を説明する!!」
しまった、カーリアの話を聞いていなかった。
幸いここからが試験の説明のようだ。アイルたちは小声での会話をやめ、カーリアの説明に耳を傾ける。
「これから我々は王都北東の山へ移動する。そこで諸君には、三つの印を集めてもらう!」
カーリアは三本の指を立てて言った。
「山に到着した後、まずは印を受け取る台紙と地図を渡す。地図には印を持っている三人の試験官の居場所が記されている。諸君は地図を頼りにそれぞれの試験官と合流し、印を受け取るのだ。三つ全ての印を集め終えた後、時間内に山の麓まで戻って来られたら合格とする」
要するに、山の中にいる三人の試験官を探せばいいわけだ。
カーリアは最後に、大きく息を吸って告げた。
「――名付けて! わくわくスタンプラリー!!」
軍って結構面白いのかも。
アイルはそう思った。