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デミゴッドの導き ~少年は神学校で成り上がる~  作者: サケ/坂石遊作
1章 不思議な少年

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 一夜明けた後、アイルたちは空腹に耐えながら山頂へ向かった。


「なんだよ、この魔物の数……っ!?」


 山頂に近づくにつれて、魔物の数は増えていった。

 地上からは狼のような魔物が、上空からは鳥のような魔物が襲いかかる。空腹のまま険しい山道を上り続けるアイルたちは、疲労困憊の状態で魔物たちと戦わねばならなかった。


「クララ!」


「ええ! ――全部ぶっ飛ばしてやるわッ!!」


 クララは立ち直っているように見える。だが昨日のように獰猛な表情を浮かべることはない。本当の意味で立ち直ったかどうかは不明だ。


 クララが冷静になったことで、ようやくアイルたちの班はまとまり始めた。ルウが戦略を伝え、クララが魔物を殲滅する。この基本的な方針で魔物の群れをやり過ごす。欲を言えば、これを初日からやっていれば――三人ともそう思ったが、後悔先に立たず。口にしたところで意味はない。


「よく来たな。印をやろう」


 山頂にいる最後の試験官から、印を貰った。

 三つ目の印は軍帽の絵だった。だが印を観察する余裕はない。印を全て集めたら、日没までに下山しなければならない。


「これは、流石にやべぇな……」


 下山しようとするアイルたちの前に、再び魔物の群れが現れた。

 山頂付近の魔物が多すぎる。周りを見ればここでリタイアしている者も多く、山頂にいる試験官の案内に従って保護されている姿が見えた。


 日没までもう時間もない。

 戦うか、迂回するか、すぐに選ぶ必要がある。


「もう時間がないし、できれば迂回したくねぇ。――アイル!! 魔法、使えるんだろ!? 何とかならないか!?」


 ルウがアイルの方を見て叫んだ。

 だが、アイルが答えるよりも早く、クララが口を開く。


「使えないわよ!」


「はぁ!?」


「使えないって言ってんの! ないものねだりしてる場合じゃない!」


 ルウは困惑したが、クララの真剣な面持ちと、アイルの申し訳なさそうな顔を見て疑問を飲み込んだ。もはや議論の時間すら惜しい。己の納得は後回しにする。


「くそ……っ!! これ以上の戦いは無理だ、逃げるぞ!!」


 重傷を負えば、下山どころではない。

 迂回する作戦を選んだルウに、アイルたちは瞬時に従った。正しい判断なんて誰も分からない。ルウの判断を信じるしかない。


「日没まであとどのくらいなの!?」


「一時間を切ってる! このまま真っ直ぐ下山すれば、ギリギリ間に合うかもしれねぇ!!」


 ルウは確実に間に合うとは言わなかった。それほど余裕がないのだ。

 このまま、脇目も振らずに真っ直ぐ下山すれば――。

 三人の心が一つになった、その時、


「誰か助けてくれぇ――ッ!!」


 遠くから男の悲鳴が聞こえた。

 その瞬間、アイルたちは反射的に立ち止まる。


 ルウが、歯を食いしばりながら考えていた。クララも、拳を握り締めながら悲鳴が聞こえた方を睨んでいる。真っ直ぐ下山するべきだ。そうしなければ間に合わない。軍に入れない。でも、今の悲鳴は切羽詰まっていた。今この瞬間にも誰かが命を散らそうとしている。 


「~~~~ッ!! クララァ――ッ!!」


「分かってるわよォ――ッ!!」


 ルウの自棄になったような叫びに、クララも呼応した。

 悲鳴が聞こえた方へ駆け寄る二人に、アイルも必死について行く。


 茂みを掻き分けた先で、二十代と思しき男が複数の魔物に囲まれていた。男は腕から出血しており、更に背後は崖で逃げることができないようだ。藁にも縋るような気持ちで助けを呼んだのだろう。


 クララが炎の弾丸を放ち、手前の魔物たちを吹き飛ばす。

 直後、ルウが男に襲いかかろうとしていた魔物を豪快に斬った。


 噴き出る血飛沫の中で、クララは上空から飛来する鳥の魔物を撃ち落とす。ルウは剣を鋭く切り返し、次々と接近してくる魔物を切り伏せた。


 目に入る全ての魔物が活動を停止した後、ルウとクララがそれぞれ武器を仕舞う。

 ルウは頬についた魔物の血を拭い、怯える男に近づいた。


「この道を真っ直ぐ進めば、魔物と遭遇せずに山頂まで行ける。そこで試験官に保護してもらえ」


「ありがとう……本当に、ありがとう……っ」


 男は泣いて感謝し、ルウに指示された通りの道で山頂に向かった。

 その背中を見届けた後、ルウは静かに嘆息してアイルたちの方を振り返る。


「……悪い、もう間に合わねぇ」


「アンタのせいじゃないでしょ。私も同じ判断をしたわ」


 体力は使い切った。時間も消費した。

 アイルは察する。日没までに下山するのは――不可能だ。


「ちくしょう……馬鹿なことしたかなぁ」


「なんでよ?」


「だって、軍人になったら、もっとたくさんの人を助けられたんだぜ?」


「目の前の一人も助けられないなら、軍人になったところで意味ないでしょ」


 ルウは「それもそうか」と言って溜息を零した。

 それから、アイルを見る。


「アイル、ごめんな。ここまで付き合ってもらったのに、台無しにしちまって」


 ルウが弱々しく笑いながら謝る。

 だがアイルは、そんなルウたちを見つめた。

 上手くいかなかったはずなのに、どこか清々しい様子の二人を……。


「どうして二人は、あの人を助けたの?」


 アイルの純粋な眼が、ルウとクララを映し出す。

 風が吹き抜けた。枝葉が一斉に揺れる様は、まるで山が呼吸したかのようだ。


「助けたら絶対に間に合わない。見捨てる選択肢もあったはずだ。……なのに二人は、どうして全てを投げ捨ててまで、あの人を助けたの?」


 真剣な様子のアイルに、ルウとクララは茶化すことができなかった。

 二人は悩みながら、訥々と答える。


「まあ、改めて言語化してみると難しいけど……なんつーか、助けないと駄目だと思ったからじゃねぇかな」


「そうね。……助けなきゃ、恥ずかしい人間になると思ったから」


 助けを呼ぶ声が聞こえた時、二人は明らかに葛藤していた。

 あの一瞬で辿り着いた結論は、二人とも似たようなものだったらしい。

 助けなきゃ、人として恥ずかしい。


「僕は恥ずかしいと思わないよ」


 アイルはクララの方を見て話す。


「ルウも同じだと思う。誰も君を恥ずかしい人だなんて思わない」


「……そうかもしれないわね」


 クララはアイルの言葉に頷いた。


「でもさ……私たちを見ている誰かは、そうじゃないかもしれないでしょ?」


 そう言ってクララは天を仰ぎ見た。

 夜が訪れる寸前の夕焼けを、クララは無言で見つめる。彼女の目は、雲の向こう、空の果て、星の彼方すら越えた遥か遠くを見ているような気がした。まるでその先に誰かがいるかのように。


「それって、誰のこと?」


「知らないわよ」


 クララは美しく微笑んだ。


「ただ……誰かに見られてるって思った方が、頑張れるじゃない」


 切なくて、揺るぎない。そんなクララの微笑みを見てアイルは思った。

 誰かに。

 それは――()()


 その誰かは、空想の産物でなければならないのか?

 架空の存在でなければならないのか?


 人は困れば困るほど、曖昧なものを希望にする。はっきりとした助かる道が思い浮かばないから、漠然とした未来に縋ることしかできない。


 だが、そうでなければならないのだろうか?

 最後の希望は、いつだって曖昧でなくてはならないのだろうか?

 希望とは、心の中だけで完結するものでなければならないのだろうか?


 ――――否。


 あったって、いいじゃないか。

 空想でなくても、架空でなくても……。

 そこに、()()()()()があったっていいはずだ――――。


「え……?」


「は……?」


 クララとルウが目を見開いた。

 ぶわり、と翼が広がる。

 アイルの後ろに何かが現れようとしていた。いつの間にかキラキラとした光の粒子が辺りを漂っている。その粒子が一対の白い翼を象っていた。


「――見ているよ」


 そっと、アイルは告げた。

 ルウやクララが思い浮かべた()()ではないかもしれない。

 だが、ここには一人、ルウとクララを確かに見ている者がいる。




「君たちは――――僕が見ている」




 アイルの背後に、大きな白い鳥が顕現した。

 光を集めて生み出したようなその鳥は、あまりにも神秘的で、いっそ芸術的で、ルウとクララは思わず感嘆の溜息を漏らす。


「乗って!」


 アイルが鳥に乗って、二人に言った。

 驚いていた二人はその瞬間に我に返り、訳も分からないまま白い鳥に乗る。


 三人を乗せた鳥は、すぐに空へ飛び立った。

 冷たい風が頬を撫でる。不思議と風は強くなくて、落ちる恐怖もなかった。何故、自分は安堵しているのか、ルウとクララは分からなかった。


 あっという間に山の麓へ着く。

 鳥が着地し、アイルから順に地面に降りた。


「ルウ、印を押してもらった台紙を」


「あ、ああ……」


 アイルに言われるまま、ルウは懐から台紙を取り出す。

 辺りを見回したアイルは、目当ての人物を見つけ、ルウたちを率いながら近づいた。


「カーリア少佐!」


 アイルは台紙を持つルウの背中を押し、赤髪の軍人カーリアの前に立たせて告げる。


「印を集めました!!」



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