第二話① 出会いのプロローグ
雨が鉄の板を叩く音。落ち着いたエンジン音。濡れた路面の上をタイヤが滑る音の上から、ジョイントの通過音が心地よいリズムを刻んでいた。
うっすらと目を開く。
暗い車内。青白い高架灯が順々に照らしては流れていく。
「ここは…」
運転席の男が少し背筋を伸ばしてフロントミラーから後ろを覗き込む。
「気付いたかね」
無精髭を生やした血色の悪い男の顔が見えた。よれよれのスーツに身を包み、髪の毛は強い癖でくるくると渦を巻いていた。頭をボリボリとかきむしると、そのままの手で、大きくあくびをした口元を無造作に隠した。
「私の名前がわかるかね」
知るはずもない。少年は首を静かに横に振った。
「そうか…」
男は少しため息混じりにつぶやいた。
追越車線を大きな影が横切る。
長大な軍用車両の車列だった。大きな砲塔のついた装輪装甲車が3両ほど横切ると、兵員を満載したトラックが続々と続いた。乗っている兵士の顔が窓越しに見えたが、全員葬式にでもいくかのように暗く俯いている。
その後ろからものすごい轟音がやってくる。巨大なトレーラーが通過し、その上には、砲塔を後ろに向け、ぐったりとその先を落とした戦車が積載されていた。その真っ黒で美しい車体には、まるでクリスマスツリーの装飾のようにさまざまな突起物が搭載され、上部には見苦しい鉄製の網傘がかけられていた。
一体何台通過しただろうか。トレーラーの車列が過ぎ去り、再び心地よいエンジン音が聞こえ始めた。
男が口を開く。
「…私は日名川毅と言う」
少年はじっと彼のハンドルを持った手を見つめていた。細くて白い指が高架灯の青い光を受け、まるで死神の手のようだった。
「面食らうのも無理はない。君は全生活史健忘症という病気で、今までの記憶を全て失ってしまっている」
なんだって…?
「君はもともとお父さんお母さんがいなかった。だから私が今日から君の面倒を見ることになる」
「だからまあ、君の父親代わりだな」
「お父さん…?」
少年が静かにこう聞くと、男はまたボリボリと頭を掻きむしった。
「参ったな…」
「好きに呼んでくれ」
「僕の名前は…」
名前…?思い出せない。
「決めてある」
「今日からお前の名前は『湊』だ」