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商業もの

【コミカライズ決定/短編】婚約破棄したので、もう毎日卵かけご飯は食べられませんよ?

王婿おうせいは王配の称号と同じ意味であり、今回のキャラのイメージとしてあえて使っていますので、誤字報告は不要です。


 1.


 それは王家主催のパーティー会場でのこと。

 いつもは女王陛下が準備をするのだけれど、ここ四年は色々あって、王太子の婚約者と私が対応することになっている。

 賑やかなメロディーに贅を尽くした豪華な内装。実に和やかな空気で、私は来賓への挨拶回りを終えて休憩しようとした時だった。


(ふふん♪ これでやっとイチゴのタルトと、新作の二種類の葡萄のトライフル、濃厚プリンが食べられるわ♪)

「アニータ・ホスキンズ!!」


 今までの雰囲気をぶち壊す怒声に、一瞬にてパーティー会場は静まりかえる。それを見て満足そうにほくそ笑んだのは、この国の第二王子ランドルフ・ハドルストン・ルウェリン様だ。


「ランドルフ様、大きな声を上げなくとも、お呼び頂ければ──」

「黙れ!」


 金髪に青い瞳、高身長で綺麗な顔立ちのこの方は、私が前世で好きだった推しキャラそっくりな容姿と声だった。もっとも推しキャラと似ているのは外見だけで、性格は傲慢不遜で最悪。婚約した時は、そこまで酷くなかったはずだ。変わってしまったのは、女王陛下が止むに止まれぬ事情で国外に出てからだろうか。


婚約当初(三年前)はもっとまともだったのに、付き合っている友人があれだったのかしら?)

「もうお前の顔を見るのもウンザリだ、今日限りで貴様とは婚約破棄する!」

(え?)

 

 罵倒して何らかの面倒事を丸投げするのかと思ったら、予想の斜め上をいく爆弾発言を投下してきた。玉座に座って半熟卵を食べようとしていた王婿様がめっちゃくちゃ噎せているのが見える。うん、やっと落ち着いてちょっと食べようとしたのに、可哀想そうだな。


「おい、なんだ、その間抜けな顔は!? 不吉な黒い髪に、眼鏡と田舎くさい貴様は、視界に入るだけで不快だったのだ。『王国に繁栄を齎すから』と父上からの命令がなければ、婚約者になどするものか。俺は学院でサンドラ・ロヴェット嬢と出会って本物の恋が何か知った! 政略結婚だったとしても、サンドラ嬢は侯爵家。大貴族とのパイプを繋ぐ上でも、貴様のような辺境地の令嬢を得るよりも有益だろう」

(この艶やかかつサラサラな黒髪、そしてこの眼鏡のフレームや形、軽さなど改良に改良を重ねた私の大事な眼鏡になんて不遜な態度! 私自身はどこにでもいるような平凡な顔だけれど、この髪と眼鏡を馬鹿にする奴は許さん!)


 笑顔が僅かに引き攣る。

「よっしゃ、面倒な政務から解放されてラッキー、王家過失で婚約破棄ウハウハ」って思っていたけれど、ここまで馬鹿にされたのだから、遠慮なんていらないですよねぇ。うん、いらない。


「承知しました。ではこちらにサインを」

「用意が良いな」

「ランドルフ!」

「父上は黙っていて下さい」


 そう言って契約書にサインをしてくれた。これで必要な書類は揃ったわ。嬉しくてその場で飛び上がって喜びたかったけれど、グッと堪える。淑女らしく恭しく頭を下げた。これが王家に下げる最後だろうけれど。書類はすぐに亜空間魔導具に格納。


「それでは契約終了に伴いまして、王家に提供している物資は打ち切りにさせて頂きます」

「ホスキンズ嬢、ま──」

「構わない。高々辺境伯令嬢が王家に何を提供しているのか知らないが、好きにしろ」


 王婿様が止めようとしたが、それよりも早くランドルフ王子が断言した。言質はとったので、ニヤけそうなのを堪えて事実を答える。


「ありがとうございます。ちなみに我が辺境伯──いえトリス商会から提供しているのは、ランドルフ様の大好物である、卵かけご飯の材料となっているコカトリスの鶏生卵と米、醤油ですわ」

「は?」

「それだけではありません。今後、我がトリス商会の扱ってきたコカトリスの蛇の卵、鶏の卵も毎日手に入らなくなると思って下さいませ」

「は、はあああああああああ!?」


 その発言に周囲の人たちがどよめいた。無理もない。トリス商会は謎が多く、紹介制のみの販売をしているのだ。商会長も謎、出荷元も謎とされていた。いや謎と言うよりは、王家が食材を独占したいから極秘にしていただけなのだけれどね。


「トリス商会ですって!」

「あの伝説の半熟卵を取り扱っている謎の商会か!」

「トリス商会は辺境伯家が取り仕切っていたと?」

「だがそれなら納得だ。あそこの領地なら魔物を飼育することだってやるだろう」

「魔物の食材に抵抗がなくなって早百年……まさか……コカトリスの卵が安全に食せるとは……」

「魔物の毒袋除去も確立させたのでしょう。すごいわ」

「ランクAのコカトリスの蛇の卵は滋養強壮にも良いですけれど、お肌にもよくってお菓子作りに人気なのよね。王都の限定スイーツ店でしか取り扱ってなかったわ」

「王子はあの卵かけご飯を毎日召し上がって……っ、なんと羨ましい!」


 王侯貴族が声を上げるのは無理もない。異世界で、というか卵を生で食べるなんという文化は、日本独自のものだ。そもそも生産者の徹底的な衛生管理と環境があって、初めて実現できるものなのだ。


 鳥にはサルモネラ菌などのせいで食中毒を起こしやすい。だが、私は転生してどうしても卵かけご飯、すき焼き、半熟卵が食べたかった。その「食べたい!」という気持ちで一念発起した私は、冒険者となって生卵が食べられる魔物と出会った。ちなみにこの世界に鶏みたいな鳥はいない。そういないのだ! アヒルさんとかダチョウさんとかホロホロ鳥さんとか、カモメさんは食用卵はあるけれど、異世界の魔物じゃない生態系的に、生では食べられないことはないけれど、コレジャナイ感。熱を通したほうが断然美味しい。

 結果、行き着いたのがコカトリスである。そう雄鶏と蛇を合わせたような魔物で、この世界ではランクAの強さを持つ。全長50~70センチでとにかく速く、危機感知能力が高い。運良く、異世界転生の祝福(オプション)をフルで使いまくって確保した。


 元々辺境地では魔物被害が多かったので、一気に狩りまくって、使えそうな魔物は使役して雇用契約を結んだのだ。

 養鶏場の清潔管理はスライムクイーンに、水で卵を洗浄するのは精霊のウンディーネ、紫外線殺菌はメデューサが担当。卵が割れていないかの確認はゴーレムに任せており、消毒関係の化学物質的な物は、野垂れ死にしかけていた錬金術師を雇うことで解決。


 ちなみにコカトリスは蛇の卵と、鶏の卵の二種類を産む。蛇の卵は柔らかく濃厚で卵黄が赤い。こっちは生では衛生上管理が不可能だったので断念したけれど、熱を通すスイーツ関係などにとてもよく合う。そして鶏の卵は私の探していた理想の生卵だった。ただ魔物は毒袋が必ずあるので、飼鶏前に摘出している。これをしないとサルモネラ菌どころか毒で死ぬ。

 普通の人間が食べられるまでに、私は肉体強化、毒全般無効、物理攻撃無効、胃袋保護魔法、常時治癒魔法などを駆使して、安全かつ普通に食べられるまでトライアンドエラーを繰り返した。頑張った私!


 錬金術師に醤油を再現してもらい、完成したのが異世界卵かけご飯である。お米は品種改良を錬金術師以下略で作った。

 

 しかし王侯貴族たちに品評会として出したのが不味かった。半熟卵をいたく気に入った王婿様は私と錬金術師との婚約を破棄させて、ランドルフと婚約するように迫ったのだ。

 当時の辺境伯では断ることは難しくて承諾するしかなかったけれど、ずっと準備してきた。そのXデーはもう少し先だったけれど、向こうから婚約破棄してくれるのだから、ここは全力で乗っかる。


 チラリと、両親たちがいるであろうスイーツコーナーに視線を向けると、お父様は濃厚プリンの上に付いていたクリームを口元に残しながらも深々と頷いていた。

 筋骨隆々の騎士団長よりもガッチリとしたお父様は、さらに強面なため周囲から怖がられているが、甘い物とモフモフする小動物が大好きだったりする。


 そして私が狙っていたイチゴのタルトを優雅なフォーク捌きで食べまくっているお母様は凜とした女性だ。大人しそうで淑女の鑑に思われるが、脇に鎖鎌を挟んでいるのが、ちょっともうよくわからない。分かりたくないけれど。

 家族の中でもっとも過激派で、一番怒らせてはいけない人なのは間違いないわ。馬鹿兄は──女の子とイチャイチャしながら高級ワインを飲んでいるので、見なかったことにした。後で殴っておこう。


 はあ、と私は一気に毒気を抜かれた気分になるが、キッチリ締めるところは締めなければと奮い立つ。ランドルフ様はようやくことの重大さに気付いたのか、顔色が悪そうだ。まあ、だからと言って手を抜く気は無い。


「お前がトリス商会の関係者だったなんて……あの言いようのない濃厚な味わい、黒くも塩っ気が凝縮されたショーユー、宝石のように煌めき美しいほかほかの米……っ、あれが食べられないというのかぁあああああああああ」

「はい。また一方的な婚約破棄に、王家御用達を強要し、商圏を狭めるような縛りを付けたこと、報酬金額の八割を王家が懐に入れていたことを踏まえ、我が辺境領は、この瞬間より独立を宣言します」

「はああああああ!? き、貴様っ、生卵に米だけではなく、独立だと!?」

「はい。王家の横暴さにはほとほと疲れてしまい、忠義も三千世界に吹っ飛びましたので」

「ホスキンズ嬢、待て! 王家がそのような蛮行を許すと思っているのか?」


 言い切った私に王婿様は最初こそ声を荒げるも、威厳たっぷりに問う。許さないでしょうね。まあ、だから婚約関係の間に様々な準備をしてきた。


「王婿様、私はランドルフ様とは違い、勢い任せの発言は致しません。王家が許そうが許さなかろうが、もはや関係ないのですわ」

「そうか。なんとも愚かなことだ。貴公の領地は帝国と連合国を背に挟んだ国境付近。魔物も多く存在する領地が無駄にでかいだけの、曰く付きの場所。そこでどのように独立をする? 両国とも我が国とは友好関係にあるのだぞ」

「ええ、存じております。ですので、両国に『トリス商会で取り扱っている商品を卸す』とお伝えしたところ、あっさりと王家から鞍替えをして頂きましたわ」

「「は? はぁあああああああああああああ!?」」


 あら、さすが親子。叫び方まで同じだなんて。そして詰めが甘すぎるのも血筋なのかしら?


「王婿様、トリス商会(うち)からほぼ無償(8:2)で、大量の卵を強奪していきますでしょう。それが両国で転売していたなんて知りませんでしたわ。通常価格の十倍って、酷すぎません?」

「なっ、なぜそれを……皇族にしか卸して──」

「私の元婚約者だったとある錬金術師が帝国の事情に詳しくて……まあ、ぶっちゃけてしまうと彼、皇弟閣下の息子だったらしく、皇帝陛下との謁見及び、我が領地への庇護も認めて頂きましたわ。甥の嫁ぐ領地なら、と」

「ああ、王婿様。私からも一言」

「お父様」

「連合国は私の妻の実家があるのです。ですので、話をしっかり通して、同じく領地独立の後ろ盾を得ておりますぞ。私の可愛い、可愛い天使のような娘を人質にして……。厚く遇すれば、ここまでするつもりはありませんでしたが、娘を馬鹿にされた以上、徹底的にやらせていただきます」


 口元にクリームを付けたまま、お父様が私の傍に歩み寄る。お母様も優雅な歩みで私の傍に来てくれて心強い。じゃらじゃら鎖鎌の存在がめちゃくちゃ気になるけれど、全力でスルーの方向で行こう。


「帝国と連合国を味方に付けるなど……これは立派な反逆ではないか! トリス商会からの新鮮な卵がなければ、半熟卵が食べられないっ、そんなこと認めることできない!」

「そうだ! 卵かけご飯がない朝食など僕は認めない!」

(国のためとかじゃなくて、自分の食べたい物への欲求が直球過ぎる)


 武力行使も止む無しだが、できるだけ血が流れない方法を提案してみる。まあ、最大限の譲歩だ。


「王婿様や王子が認めないとしても関係ありません。ですがこちらも無用な争いは避けたい。今回の婚約破棄の慰謝料、及び謝罪。王家が通常価格で我が商品をご購入頂けるのなら、交渉のテーブルに座りましょう。そして今日お越しの皆様方にも、トリス商会の取引はもちろん商品のご提供が可能です。ご興味がありましたら後日話を設けますが……万が一、この場で王家が暴力で訴えるのなら全力で抵抗しますし、そうなった場合、ここにいらっしゃる方全員商会取引不可とさせて頂きますわ(最悪王国と取引しなくても帝国と連合国に卸す食材の比率を変えれば、問題ないもの)」


 ニッコリと微笑んだ。

 王家が武力行使をすることも想定して、数秒で転移魔導具も発動できるように手配している。足止め要員の冒険者も会場に手配済みだ。まあ、今日は偶々来賓が大物だからというのもあったのだけれど。


「で、では……我々もあの濃厚プリンが食べられるのだろうか?」

「もちろんです。お値段は今までの半分以下で」

「おお!」

「では半熟卵も?」

「ええ。黄身はとろとろ白身も柔らかい超半熟に、黄身の外側だけちょっぴり固まった中心部分はとろとろ状態の半熟。黄身は固まったけれど柔らかい状態まで可能ですわ」

「スイーツ系も?」

「もちろんです、マダム。コカトリスの蛇の卵は様々な菓子に合うことが分かりまして、いろいろ試しましたが、ふわふわシフォンケーキ、今日提供させて頂きました濃厚プリン、メレンゲクッキー、余った卵白で作るラング・ド・シャ、レモンメレンゲパイなどなど絶品ですわ」


 ばばん、とXデーのために準備をしていたカタログを亜空間魔導具から取り出す。お洒落かつ分かり易いカタログギフトは王族や一部貴族にしか渡していなかったが、あれはダミーというかさほど商品が多くない。精々旅のしおり程度の厚さだけれど、今回は◯ウンページ並の厚さだ。この世界の人たちは◯ウンページなんて知らない──いや、若い子は知らないかもしれないが。

 私がカタログを配っていると、来賓が騒ぎの場に歩いてきた。


(あ、来ちゃったのね)

「王婿様、先ほど彼女からご紹介があった皇弟の息子ジークハルト・バルシュミーデ・クンツェンドルフと申します。王国が早々に彼女を手放してくれたようで、心より感謝申し上げます」

「──っ!?」


 緋色の長い髪に、赤紫色の瞳、整った顔立ちは皇族というよりも魔王っぽい。腹黒さとか、色香のオンオフスイッチがあるところとか。錬金術師の時はヘタレっぽく振る舞っていたのに、今の彼は皇族らしい立ち振る舞いをしていた。


(くっ、悔しいけれど黒の軍服姿が格好いいじゃない。普段と違うギャップにグッとくるわ。外見は……今までは王子様系だったけれど、路線変更してこういう腹黒大魔王様みたいな感じも悪くない……かも? って思ったらあっという間だったのよね)


 さりげなく私の腰に手を回して、グッと引き寄せる。うん、こういう時に強引なところも、今は結構好き。


「ジークハルト殿。ほ、本気でホスキンズ令嬢と婚約を?」

「そうだ。政略結婚はよくあることだがルウェリン王家が強引に進めたので、こちらも正式に抗議する予定だったのが……愛しい彼女に説得されてしまってね。穏便にことを収めるために水面下で準備をして、婚約解消できるよう配慮していたのさ」

「ぐっ……僕はそんな話など聞いていない。父上が勝手に婚約者を決めてきたのだ! 僕は被害者だから、悪くないだろう」

(あ)


 ジークにとってはその言葉は地雷だった。知らない、聞いてない。そんなのが通用する立場ではないのだ。しかも私に政務を押し付けて散々楽しんでいたのは誰だったか。王婿様もそんな第二王子の将来を考えて、身持ちが固くて仕事ができる基準で選ぶ予定だったのだろうまあ、王家内でも意思疎通や報告連絡相談がしっかりできていれば、もう少し良い関係を──うん、無理だわ。この人たち、基本的に自分本位だもの。


「そうですか。まあ、どうでもいいですよ。私は愛おしい人をようやく手に入られるので」

(普段は言わないのに……っ、こんな場面で言うなんて狡いわ)

「ぐっ……通常価格でも生卵と米が手に入るのなら構わない。しかしジークハルト殿は目が可笑しいのか、美醜の基準が我が国とは全く異なるようだな」

「そちらこそアニータの何を見てきたのか。こんなにいい女、どこにもいないというのに」


 言葉尻はとてもにこやかなのだけれど、ジークは今にも手袋を王子に投げ捨てようとするので、両手で腕を掴んで必死で止めている。手の甲には血管が浮き出ていて、静かにだけれど相当怒っているのがわかった。嬉しいけれど暴力は駄目だわ。先に手を出すのは駄目。できるのなら向こうからだ。でなければ正当防衛にならないし、周囲の心証も悪くなる。


(だああああ、これは思わぬ展開だわ! なんとかジークを押さえている間に、この場の落とし所を──)

「あ、あの!」

「サンドラ?」


 ここでずっと借りてきた猫のように大人しかった侯爵令嬢のサンドラ・ロヴェット様が、口を出したのだ。当然のようにランドルフ様側かと思っていたのだけれど、彼女は私をじっと見て可愛らしい口を開いた。


「アニータ様の、そのトリス商会では『ワギュースキヤキドォン』なる料理をご存じでしょうか?」

「え、牛すき焼き丼? カタログギフトのメインメニューだけれど? もしかして日本食を知っている? 出し巻き卵とか、茶碗蒸しとか?」

「──っ!」


 思わず異世界転生者同士かと思って懐かしい前世のメニューを口にしたのだが、サンドラ様は目に涙を浮かべて「はい……っ、病気がちな母が……よく話してくださって」とポロッと涙を零した。それを見てランドルフ様が途端に慌て出した。


「サンドラ? 君の求めている物はだな」

(ん?)

「ランドルフ様……。婚約することで卵を融通してくださってありがとうございます。でも私に話していたことは全部嘘だったのですね」

(んんん!?)

「そ、それは……嘘ではなく、僕にはそう聞かされていただけで……」

(え、真実の愛とか言っていたのに、卵で買収したの? というか卵で買収できちゃうほど流通を制限していたわね。その辺の徹底はしっかりしているのに、どうして詰めが甘いのかしら)

「侯爵家でも調べられなかったので王家が関わっているとは思っていたのですが、まさか王家が辺境伯の手柄を自分の物のようにしていたなんて……」

「それは……僕は本当に何も知らなかったんだ」


 ランドルフ様の傲慢さはどこにいったのか。サンドラ様から少し言われただけで、しおしおになって凹んでいる。どうやらランドルフ様がサンドラ様を好いているのは間違いなさそうだ。意気消沈してランドルフ様は陥落した──まあ、自爆みたいなものだったけれど。


「アニータ様、図々しくも侯爵家にも取引に加えて貰えないでしょうか?」


 深々と頭を下げるサンドラ様を見て、ランドルフ様も頭を下げた。王婿様も「全ての条件を呑む。独立だけは……女王陛下と相談を……」と答える。ここが落とし所だろうと思うのだけれど、未だ過激派のお母様とジークは()る気満々だ。なんでこんなに直情型なのかしら。

 この空気をさっさと払拭してしまおう。


「勿論、顧客としてなら大歓迎ですわ」

「──っ、ありがとうございます!」


 元々王家の流通を制御するやり方は好きではなかったが、最初は王侯貴族たちを顧客にして、少しずつ広めてリピーターを作るのは悪くなかったので、婚約も一時的なものとするからと、ジークに納得して貰ったのよね。

 王家が広告塔になれば信頼度は高いし、紹介制だから身元もしっかりしているし、社交界、商会ネットワークを駆使してデータも取れたし私も利用したのだ。まさに期間限定で婚約するのはメリットがあったからこそだった。



 ***



 ざまあ、とはまでは行かないけれど武力行使や戦争にならず、婚約解消と言うことで落ち着き、その日のパーティーは、お開きとなった。

 ランドルフ様はパーティー会場で騒ぎを起こした責任を取って、一年騎士団の騎士見習いとして働くことが決定。私に任せていた政務も有能な補佐を付かせてミッチリ絞られているらしい。


 意外なことにサンドラ様とランドルフ様の婚約は保留のまま、第二王子として女王陛下に認められた場合のみ婚約を認めるらしい。

 王家からも正式な謝罪文と共に今までの商品の代金相当の物を送ってくれた。これはあの日パーティーに参加していなかった女王陛下が促したことでもあった。


「まったく、『ホスキンズ家のことは任せろ』と珍しくやる気だったから夫に任せたのに……本当に申し訳ないことをした」

「ほほほっ、いいのですよ。使節団と共に極東国を訪れた中でご懐妊が判明して数年戻って来られなかったのでしょう。転移魔導具も百パーセント安全でもなかったでしょうし」

「そう言ってくれると助かる。辺境伯領地を独立するというのなら、友好関係を結びたい」

「それもこの一年で見定めて頂こうと思いますわ」


 お母様と、フレデリカ女王陛下は学院時代からの親友でもあるので、事後処理は全てお任せ(丸投げ)してしまった。

 ちなみにフレデリカ女王は、四年前により多くの米を得るため極東国との米の流通を確保しようと交渉に出向いていたのだ。行きに船で二ヵ月、滞在は一週間──のはずだったが、そこでご懐妊が判明し色々と王婿様に仕事を任せることになったのだ。それから出産、産後の健康状態を見て四年ぶりに娘を連れて帰国したら今回の騒動を知ったという。王婿様は逐一報告というか女王溺愛なので通信魔導具を乱用していたらしいが、その手の報告は全部伏せていたので女王陛下はブチ切れ。


 今回の暴走も「女王と生まれてくる我が子に栄養の高い物を!」と暴走したらしい。毎日マメに卵も転送魔導具で送っていたとか。そんなエピソードを聞かされてもしでかしたことが大きすぎるので、半熟卵は週に一度、離宮に謹慎。末娘にも会わせないと徹底させたそうだ。


「離縁も考えたが、あれを野放しにしたらそれはそれで危険なので」と惚気なのか愚痴なのか。曖昧に笑って答える事しかできなかった。



 ***



「もういやだ。この先、あんな人の居る場所に出たくない……」

「ジークもお疲れ様でした」


 やっと二人きりになった途端、ジークはへなへなとその場に座り込んでしまうので、私が抱きかかえてソファに連れて行く。彼を拾ったときも大体こんな感じだった。

 基本、彼は超臆病で、根暗かつネガティブで人が多いところが嫌いな人見知りなのだ。幼い頃から命を狙われるなど色々あって、パーティーなどは死ぬほどトラウマがあるのだとか。


 今も部屋に入った途端、前髪で顔を隠してしまう。もったいない。ソファに降ろすと、私を膝の上に乗せて離さない。これではスイーツが食べづらいのだけれど。


「ジーク。私はスイーツが食べたいわ」

「アニータが冷たい。やっぱり君のお兄さんみたいに上手く立ち回れなかったから?」

「え?」

「私が女性陣に囲まれた時に、さらっと代わってくれたんだ」

(兄グッジョブ! 断罪されたときにスルーしたことは不問にしてあげよう)

「それともパーティー会場で、ガクブルしながら笑顔が引き攣っていたのに、気付いて──」

「え、全然。とっても格好よかったよ。今日の貴族風の服も良いけれど、正装似合うのね!」

「え。ほんとう?」

「うん」


 私が好きになったのは普段から少し自信がないのに、いざという時にキリリと男らしくなるジークだ。好きと告げて頬にキスをすると、腕の力が少し弱まった。

 この隙にピスタチオマカロンを二つ取って、一つをジークの口に放り込む。


「……甘くて幸せな味がする」

「新作なの! 生卵の需要が落ち着いたら、また新しい食材を仕入れようと思っているのよ」

「次は何を広めるつもり?」

「カレーよ」

「カァレィー? ぜんぜん想像ができないや」

「色んな調味料が必要になるわ(本当は刺身が食べたいけれど、魚を生で食べることができるか検証も必要だし、そもそも海が近くにないからもう少し先ね。海苔も作りたいけど……)」


 今は無事に婚約解消になって、本当に好きな人と婚約ができることを喜ぼうと思う。

 この後、カレーの香辛料やら侯爵家の依頼が舞い込んできて一波乱あるのだが、それはまた別の話。




 END

楽しんでいただけたのなら幸いです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡

王婿おうせいは王配の称号と同じ意味であり、今回のキャラのイメージとしてあえて使っていますので、誤字報告は不要です。


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― 新着の感想 ―
面白かったです。 ただし、ざまぁが中途半端な印象。 バカ王婿やバカ王子の処刑が見たかった。
2025/07/30 21:16 コペルニクスの使徒
王配も王婿も国婿も普通に使う言葉ですので 全く気になりませんでしたよ。 海外のニュースでも聞く言葉ですし、小説なんかではどれも一般的に良く使われている言葉です。 なのに本文の前書きにもあとがきにも書か…
TKGより出汁巻き玉子と茶碗蒸しが無いと生きていけない私(ㆁωㆁ*)やっぱり卵は最強食材(〃∇〃)
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