転生魔王♀はやる気ゼロ勇者♂がゆるせない
「ねえアルゴ、なんでボクは毎日こんなに暇なの?」
「それはルヴァルナさまが、大変優秀な魔王だからですよ」
巨大な机に肘をつくボクの隣、ティーポットを傾けて紅茶を注ぐ側近のアルゴが、いつもの答えを返す。
アルゴはチェーン付き銀縁メガネの、顔だけ見れば美青年な執事風の魔人たけど、ソフトな中身に反して身体はデカくて逆三角形の肉体派だ。
対するボクは齢十四歳のうら若き乙女であり、泣く子も黙る女魔王だったりする。
幼女のころ、男に生まれたかったと嘆いていたら、教育係だったアルゴにボクっ娘に育てられたわけだけど……魔王としてどうなのよ、ボクっ娘。
「でもさぁ、暇すぎでしょ。新しい勇者が生まれて十七年、そろそろ勇者の噂くらい聞こえてきてもいいんじゃないの?」
「そうですねぇ、えーっと今の勇者の位置は……え、前回見た時より後退してますね、最初の王都です」
「王都ぉ!? なんで? 一年前は二つ先のモルドナまで進んでいたはず……」
「何かあったんでしょう、のっぴきならない理由で戻ったんでんすよ」
「くっ、アルゴ、なんでお前はそんなにのん気なんだ! ボクはこんなに勇者を待ち侘びてるのにー!」
「えー、だって魔王軍の平和が第一でしょうに」
「あのねぇアルゴ、お前も魔族なら『ガルモデールがやられたようだな。フフフ……奴は四天王最弱』とか言いたくないわけ?」
「あらら、ガルモデールが殺られちゃってるじゃないですか」
「あいつは頭脳派キャラだから、命までは取られずに逃げ帰ってくるって」
ボクはため息をついて、デカすぎる背もたれの椅子に寄りかかる。
「王都か……王都周りのモンスターは二年前にさらに見直して、めちゃくちゃ難易度を下げたはずなのになぁ」
ボクが魔王業を始めた七年前は、モンスター配置も小ボス中ボスも難易度がメチャクチャで「そりゃ勇者も育たんわな」状態だった。
そんな先代魔王のガサツな置き土産を整備して、あっという間に七年。
もう世界の八割は魔王軍が占拠してて、これ以上侵略すると人間が滅びるギリギリラインだ。
人間たちも危機感を持って勇者に希望を託しているはずなのに……。
なんで勇者はスタート地点から動かんの!?
「よし決めた。ちょっと勇者を見てくる」
「えっ、何をおっしゃいます、魔王のルヴァルナさまが人前に姿を現したら、大パニックですよ?」
「そんなの分かってるって。変装するから手伝ってよ」
「えー……誰か部下に行かせましょうよ」
「二年前からすでに四回も派遣してて、毎回『勇者はやる気がなさそうです』の報告しか来ないんだけど?」
「じゃあやる気がないんでしょうよ」
「だーかーらぁ、そのやる気ゼロ勇者のケツを、ボクが蹴飛ばしに行くの!」
ボクの外見は漆黒のサラサラヘアーと、金と紫のオッドアイ、自分で言うのもなんだけど顔立ちは幼さと妖艶さの両立したかなりの美少女だ。
でも頭にはねじれたツノが二本生えてるし、背中にはドラゴンの翼もあるし、ツヤツヤで真っ赤なかぎ爪も先がふんわりヤギの尻尾も、人間とはかけ離れすぎてる。
「やれやれ、変化が苦手なルヴァルナさまでも、ツノと翼と尻尾はギリ消せましたね。しかしオッドアイと真紅の爪は目立ちますよ?」
「じゃあ片目を眼帯で隠して、爪は短く切ればいいじゃん」
「えー! お綺麗なのにもったいない」
というわけで、眼帯と爪の赤が目立つけど、なんとかヘビィなファッションのシーフの少女に変装できた。
よし、待ってろよ勇者。
魔王のボクが直々に、お前の顔を見に行ってやるからなー!
◇ ◇ ◇
ことの始まりは、さかのぼること十四年前。
その頃のボクはまだボクっ娘じゃなくて、くたびれたオタクっぽい元OLだった。
どこまでも広がる真っ白な空間。
意味が分からず立ち尽くしていると、いつのまにか穏やかな笑みを浮かべた美しい女の人が、目の前に立っていた。
「お待ちしておりました。ぜひあなたの前世の知識を活かして、わたくしの世界を救ってください!」
「えっ、私を待ってた? でも世界を救うって……あっ!」
私はすぐにピンときた。
これは異世界転生だ! ってね。
なにせ異世界転生ものの小説や漫画にアニメまで見まくっていたし、大好きなゲームでも散々遊んだから。
ていうかゲームが大好きすぎて新卒で入ったブラック企業を辞めた後は、引きこもってゲーム三昧。
死因はぜんぜん覚えてないけど、不健康すぎたから突然死とか?
あーあ、お父さんお母さん、親不孝でごめん……。
「これが異世界転生かぁ……じゃあ、あなたは女神さまで、私はすごいスキルとかもらえるってこと?」
「もちろんです、世界征服できるスキルを授けましょう! あなたはとてもゲームというものに詳しいので、その知識を活かして世界を救ってほしいのです」
「世界征服!? てことは、チートキャラになって悪いやつらをやっつけて……」
「いえ、あなたにはどちらかと言うと悪いやつらのほうでして……ぶっちゃけると、魔王になっていただきます」
「ま、魔王ぉ!?」
「ええ、実は……」
女神さまが語ったところによると――。
どうやらそこは勇者が魔王を倒して世界の平和を守るっていうRPG的な世界らしいんだけど、女神さまが配役する魔王が毎回イケてなくて、勇者が死んじゃうんだとか。
「みなさん、魔王という役目を分かっていただけていないようで……強ければいいというものではなく、ほどよく人間を苦しめて、最後には勇者に倒されなくてはならないのに」
「はあ、そりゃ倒されたい魔王なんていないでしょうよ」
「その点、あなたなら大丈夫です! なにせ本やゲームというもので、魔王がなんたるかを十分ご存知ですものね?」
「まあ……確かにそうかも?」
RPGの世界じゃ、魔王なんて基本中の基本すぎるキャラだしね。
「というわけで、魔王という大役をお願いできませんか!?」
「え〜、どうしよっかなぁ」
魔王がどんなかは何となく分かるけど、まさか自分が魔王になるなんて……。
でもそうだよねぇ、名作RPGっていうのは敵役が魅力的じゃないとダメなんだよね。
だから魔王をやるならRPGをよく知ってる私みたいなのが適任ってことかな?
「分かりました! 私が世界を名作RPGにしてみせます!」
「わあっ、ありがとうございますっ! これで安泰だわ、さっさと現魔王をリストラしましょ」
という感じで、真面目で人の良さそうな女神さまを助けるつもりで魔王を引き受けたものの……。
転生し、齢五歳で前世の記憶が蘇って、まず思ったのは――なんで女魔王?
魔王っていったら男じゃないんかーい!
前世の性別を考慮してくれたのかもしれないけど、あの女神さま、配役センスがあやしいよね……。
◇ ◇ ◇
世界の八割が魔王軍に征服されていても、ホロビソーン王国の王都はそれなりに栄えていて多くの人で賑わっていた。
「どう見ても滅びかけてるとは思えないなぁ」
「そりゃ、ここ五年ほどは魔王軍に大きな動きがないですからね、人間も油断しますって」
右肩で返事をするのは、真紅のインコに変化したアルゴだ。
アルゴは肉体派のくせに変化がめちゃくちゃ上手い。
そんなアルゴは、ボクがなにかヘマをしないか心配でついてきたらしい。
……というより単に暇だからな気がするけど。
「でもさぁ、ボクを倒すために、勇者を優遇する法律をたくさん作ってるって聞いたけど?」
「ええ、勇者には食事や宿や武器防具の無償提供、および薬品含む医療費の無償化に加え、昨年からは毎月、国の平均月収を大きく上回る勇者手当というものまで出ているとか」
「なにそれ羨ましい……でも優遇しすぎじゃない?」
「それだけ勇者に頑張って欲しいんでしょうね」
「そんなに優遇されて、勇者はなにをしてるんだよぉ」
「えーと、魔王城を出る前に見た勇者レーダーでは、もう少し進んだ先の酒場にいましたね」
というわけで、勇者の足取りをたどるために酒場に向かった。
酒場といえば、食事をとる以外にも冒険仲間を見つけるのに大事な場所だ。
きっと勇者も何かあって仲間の補充に……。
「なんだ、ほとんど人がいないじゃん」
昼過ぎの中途半端な時間だからか?
散らかったテーブルを片付けている店員の他には、カウンターで女の子の店員をナンパしてるおっさんと、時間はずれの昼食を食べている小さな女ドワーフ、そして端っこの方で寝ている酔っぱらいしかいない。
「ねえ店員、さっきまでここに勇者がいなかった?」
「え? さっきまで? そこにいますけど」
「そこって……」
店員が指さす方を見れば、すみっこに寝転がって寝ている酔っぱらいしか――。
「なになに、キミ、勇者ライゼンくんに用があるの? 代わりにおじさんが話を聞こっか?」
カウンターでナンパしてた男だ。
よく見れば着ているのは着崩した聖職者の服?
……なにこのおっさん、神官なわけ?
「お前、勇者のなんなの?」
「おー、なかなか気の強い美人さんだ! 最初は眼帯が目立って気づかなかったけど、かなり可愛いお顔をしてるじゃないの〜。私はジェードって言うんだけどさぁ」
「……」
その神官は無視して、ボクは酔っ払いにツカツカ歩み寄り、その背中をゲシッと蹴飛ばした。
「ねえ、お前が勇者って本当?」
「うがっ! ……い、いたい……心も痛い……ふえぇぇん……」
そいつはさらに丸まった。
「こらこら! ライゼンくんは今、傷心なんだ。久しぶりに森に行ったらトゲネズミにやられちゃってね、優しくしてやってくれよ」
「はあ? トゲネズミって、めちゃくちゃ弱いモンスターじゃん」
王都を出た冒険者が初めて相手するのが、スライムとトゲネズミだ。
初心者はトゲネズミがたまに落とす「硬いトゲ」を集めて薬草を買うはず……。
「だからだよ。トゲネズミにやられたなんてショックだろ? たまたま大家族のトゲネズミに遭遇しちゃってね、ライゼンくんったらパニクッになって剣を落としちゃって……」
それで勇者が雑魚モンスターに負けたってわけ……?
「ルナさま、心の内が顔に出てますよ」
「うわっ、このインコしゃべるの?」
インコのアルゴに言われて、慌てて侮蔑顔をやめる。
ちなみにルナとはボクのことだ。
魔王として知れ渡ってる「ルヴァルナ」は使えないからね。
「うーん、まあ誰でも油断することはあるか……ところでお前、事情を知ってるってことは勇者の仲間なの?」
「その通り! 彼には神官の可愛い幼なじみがいたんだけど、一年前に有名ギルドに引き抜かれちゃってねぇ。それでかつてスゴ腕の冒険者だった私が代わりに……あれ、なんか信じてない顔してる」
「なんで勇者の仲間にスゴ腕の神官がいて、トゲネズミにやられるわけ?」
神官ってのは攻撃は全然ダメだけど、回復魔法のエキスパートのはずでしょーが。
「いやだなぁ、私がすごかったのは昔の話だって! 引退して十年も神殿で働いてたから、体力が落ちちゃってね。この歳で暴走するライゼンくんの後を追うのは大変なんだよ。今も回復魔法は得意なんだけど、今日も私が彼に追いついた時にはやられちゃってたの」
……なんとなく状況が分かったような気がする。
代わりに新しい疑問が浮かんだ。
「勇者の仲間はお前しかいないの?」
「いるよ? そこに魔法使いのナククが」
なんだ、飯を食ってるちっこい女ドワーフじゃん。
ボクと目が合うと、そいつはパンを食いちぎりながら片手を上げる。
えっ、大きな目で可愛らしい顔をしてると思ったら、まだ十歳くらいの子どもなんだけど!?
「魔法使いって、ドワーフなのに? しかもまだ子どもじゃん」
「そうだよ、ドワーフなのに珍しく魔力に目覚めたから、集落を出て修行中なんだってさ。けっこう魔法が使えるんだけど、ナククはまだ小さいでしょ? だから私と同じで暴走するライゼンくんを追うのは大変でさぁ」
なんで世界を救う勇者の仲間が、こんなくたびれた神官と子どものドワーフなのよ……。
「分かった分かった。つまりこの勇者が一人で突っ走ったせいで、トゲネズミなんかにやられたってわけね」
「うっ! 心がぁ! 心が痛いよぅ……ふえぇぇん」
足元で勇者がなんか言ってる。
「でも勇者は今、国からの手厚い手当や保護を受けてんでしょ? なんで仲間がおっさんと子どもだけなのよ」
「あー……そりゃまあ、ライゼンくんがこんなだからね。仲間になると彼と一緒に『みんなの血税でメシを食ってるふぬけ野郎』って言われちゃうんだよ」
「あらら、国の手当が逆効果になってますね」
「へえ、このインコ、賢いね……」
ボクは頭を抱えた。
つまり勇者は一人で突っ走る暴走&ふぬけ野郎で、ろくな仲間がいない、と……。
どおりで活躍の噂が聞こえてこないわけだ。
むしろふぬけ野郎の噂が聞こえてこなかっただけ奇跡だよ!
もー、なんで女神はこんなやつを勇者にしたわけ!?
「おい、ふぬけライゼン、お前は勇者をやる気はあるの?」
「ふえぇぇん……無理だよぉ、エリリーナがいないとオレはダメなんだよぉ〜……」
「彼の幼なじみのことだよ。優しくて面倒見のいい子だったらしいからねぇ」
「お前がそんなだからエリリーナとやらは帰って来ないんじゃないの? とりあえず立ってよ」
ボクは勇者の腰に腕を回して、無理やり立たせた。
「うわっ、キミ、華奢なのに力持ちだね!」
おっさんが驚いてる。
女だから魔王にしては力が弱くて代わりに魔力が高めなんだけど、人間の少女はこんなことしないか……危ない危ない、気をつけないと。
「もぉ、キミ一体なんなのぉ、ふえぇ……うわ! メチャ可愛い子じゃん! え、なになに、オレに何か用? キミは誰?」
酔っ払ってるのかと思いきや、勇者ライゼンはボクの顔を見た途端、急に元気になった。
ボサボサの長めの金髪に青い目、そして顔立ちはかなり整っている気がする。
ちゃんと勇者やってりゃ相当モテるんじゃないの?
こういうところはちゃんとしてるのな、女神……。
「ボクはシーフのルナね。勇者がやる気ゼロだって噂を聞いて、お前のケツを蹴飛ばしに来たの。さっさと冒険して魔王を倒してよ」
「無理だよぉ! オレ、勇者の剣すら抜けないんだよ!?」
「勇者の剣?」
「ルナくん、知らないの? ほら、お城の前の広場にある勇者の剣のエピソード。三年前に彼が王様に祝福されて、いざ魔王討伐に出発! って時に、抜こうとして抜けなかったって話」
「あれが抜けなくてオレはみんなにバカにされて……それでもエリリーナが励ましてくれたから頑張ったけど、モルドナで超有名ギルドのやつらがエリリーナを引き抜いちゃって……その時にオレ、心に決めたんだ。国の手当てとトゲネズミのトゲを売った金で、一生ダラダラ暮らすってね!」
「はぁ!? そこはエリリーナを連れ戻せるくらい、立派な勇者になるって誓うとこじゃないの!?」
「まあまあ、ライゼンくんは繊細なんだよ。勇者の剣が抜けないせいでプライドはズタボロ、それでこんな感じのやる気ゼロ勇者になったってわけ」
えー、本当に勇者の剣のせいかなぁ?
それに誰なのよ、勇者の剣なんて作ったやつ……もしかしてまたお前なの? 女神なの!?
それならちゃんと抜けるようにしといてよー!
「じゃあさぁ、ライゼン、勇者の剣が抜けたらやる気だす?」
「え〜、抜けないと思うけど……まあ抜けたらちょっとはやる気でるかなぁ? エリリーナがいないと寂しいけど、代わりにルナちゃんが見ててくれるなら頑張れる気がする」
なんでよ。
ボク、魔王なんですけど……。
「まあいいか、じゃあ今から行こう。ねえ、ジェードだっけ? これからこいつが勇者の剣を抜くって言いふらしてきてくれる? ギャラリーは多い方がいいし」
「ええー!? やめてよそんなのぉ! またあんな恥をかいたらオレもう生きていけない!!」
「心配いらないって、もう評判的に死んでるようなもんだし。それに今回は必ず抜けるから」
「なんでルナちゃんにそんなことが分かるの!?」
「だってお前が勇者なら抜けるはずでしょーが」
ボクは渋るライゼンの腕をつかんで無理やり引きずり、その勇者の剣のある広場へと向かった。
◇ ◇ ◇
ジェードはああ見えてそこそこデキる男みたい。
ボクたちが到着して間もなく、広場には立派な人だかりができた。
みんな興味津々……というか、冷やかし感たっぷりで面白がってる気がするけど。
「ライゼンが勇者の剣を抜くって、本当か?」
「まさかぁ! あいつ、トゲネズミにすらやられてんだぞ?」
ちょ、トゲネズミの件が広まってんだけど!?
もしかしてトゲネズミにやられたの、今回が初めてじゃないとか……?
「ルナさま、どうするんです? また抜けなかったら彼は再起不能になりますよ」
アルゴの問いに反応したのは、ボクの足元で膝を抱えて座るライゼンだ。
「うわっ! そのインコしゃべるの!? ルナちゃんってすごく可愛いし不思議なファッションだし、さらにしゃべるインコも連れてるなんてキャラ濃いねぇ」
こいつにだけは、ボクのキャラについてうんぬん言われたくないんだけど……。
「お! けっこう集まったじゃな〜い。私がナククと一緒に言いふらしまくったおかげだね」
おっさん神官のジェードと、子どもドワーフのナククもやってきた。
でも二人ともギャラリーの多さに、すぐに心配顔に変わる。
「しかしこんなに集まっちゃって……本当に抜けるのかい?」
「ライゼン、ナククより力ない。たぶん無理」
「マジで!? ……でもまあ、ドワーフは力が強いから、ははは……よし、抜こうかライゼン」
「だから無理だってぇ!」
「大丈夫、ちゃんと抜けるよう、ボクがお祈りしてきてあげるよ」
「え?」
勇者の剣とやらは広場の真ん中にあるでかい岩の上に突き刺さっていた。
ボクはその岩に飛び乗って、剣の柄を握る。
力を込めてちょっとだけ引っ張ってみた。
……あ、なるほどね。
これ、けっこう強めの魔力を込めないと抜けないやつだ。
魔力の量でロックが外れるシステムだね。
でも普通の人間には無理なレベルなんだけど……。
もー、女神ったら、こんなの用意するならもっと王都から離れた街に置かないとダメじゃん。
そりゃ冒険を始める前の勇者じゃ抜けんって!
というわけで、その強めの魔力が必要なロックはボクがこっそり解除してあげた。
これで誰でも抜けるはず。
「え〜っと、ライゼンが無事、勇者の剣を抜いて自信を取り戻しますよーに!」
適当に祈りっぽいことを言ってから、ライゼンたちの元に戻る。
「これでバッチリ! きっと抜けるよ」
「へえ! ルナくんて意外と優しいんだなぁ。じゃあ、私も真似して祈ってこようかな」
「わー! ダメダメ!」
ボクは慌ててジェードの腕をつかんで阻止する。
だってうっかり抜かれたらマズイじゃん!?
「え? でも私は神官だし、祈るのは本職っていうか……」
「ボクので十分なの! せっかくボクがライゼンのために祈ったのに、おっさん成分で汚さないでよ!」
すると、なぜかライゼンが目をキラキラさせる。
「えっ、そんなにオレのことを? もしかしてルナちゃんてオレのことが好きなの?」
「なるほどね、ライゼンくんのファンだったのかぁ」
「は? ……ばっ、ばか! んなわけないじゃん!」
ボクは魔王なんだぞ、好きなわけないじゃん!
お前が立派な勇者になるために、こっそり協力してあげてるだけー!
……なんてことは言えない。
誤解は解けず、ライゼンは急にやる気を出した。
「なんかオレ、ルナちゃんの愛で何でもできる気がしてきた! よし、行ってくる!」
「ちょっと、愛じゃないってば!」
そんなの聞こえないライゼンは飛び跳ねるようにして岩の上に登り、そして満面笑顔でギャラリーに手まで振ってる。
「勇者ライゼン、今日から心を入れ替えて頑張りまーす! 剣が抜けたらみんな応援してね♡」
なんか勇者というよりアイドルっぽい……。
そしてライゼンは勇者の剣の柄を両手で握り「よしっ!」と一言、スラっと一気に引き抜いた。
「「「うおおおぉ!?」」」
ギャラリーやジェード&ナククだけじゃなく、抜いた本人も驚いてる。
「ルナさま、どういうことです?」
小声でアルゴが聞いてきた。
「アレにかかってた魔力のロックを、ボクが解除してあげたの」
「なるほど……では、これであの勇者もちゃんと冒険してくれますね」
そう、ライゼンは無事に勇者の剣を抜いて自信を取り戻し、冒険を再開してめでたしめでたし――。
さて、ボクはまた魔王城に戻って、ライゼンが来るのを待ってあげるかぁ。
なんて思っていたら、歓声にわいていた広場の向こうから、キャーギャーと悲鳴が聞こえてきた。
騒然とする中、警備の兵士っぽい一人がこっちに走ってくる。
「大変だ! 峠の向こうのジュベルチ洞窟から、巨大コウモリが襲ってきたぞ!」
え、ジュベルチ洞窟の巨大コウモリって、ヒマスギッタのこと?
なんであいつが王都を襲撃してんの!?
「あらら、ヒマスギッタの大暴走ですねぇ」
こんな時でもアルゴはのん気だ。
「みんな、心配するな! タダ飯喰らいのライゼンは勇者の剣を抜いて真の勇者になったんだ、きっと彼が巨大コウモリを退治してくれるはず!!」
パン屋っぽいオヤジがそんなことを叫んで、ギャラリーに希望を抱かせてる。
反対に真っ青になってるのは、ライゼンの実力をよく知ってるジェードとナククだ。
「うん、今ならどんな敵でも倒せる気がする! オレ、ちゃちゃっと王都を救ってくるね〜!」
ボクのおかげで自信をみなぎらせてるライゼンは、止める間も無く岩の上から飛び降りて猛ダッシュしていった。
「ちょっと待ってよー!」
ヒマスギッタは、勇者が小ボスを三体倒してやっとたどり着くはずの中ボスだよ!?
トゲネズミにやられてるお前が勝てるわけないじゃーん!
ボクは本気を出して全速力で走り、なんとかライゼンに追いついた。
――ただし、ヒマスギッタの目の前で。
◇ ◇ ◇
ライゼン足速すぎない!?
そりゃ、こいつが暴走したら、おっさんとナククじゃ追いつかないよ……。
「うわっ! めちゃデカ! こんなコウモリ、洞窟に入んの?」
ライゼンの言うとおり、ヒマスギッタは体高五メートル越えでバカでかい。
しかも記憶にあるよりビルドアップしてるような気がする。
勇者が来なくて暇すぎて、鍛えてたとか?
強さもアップしてるのか、すでに周りには何人もの兵士が倒れていた。
「ぐわっはっは! 洞窟は狭いし暇だから、王都でも滅ぼしてやろうと思って来たんだよ〜ん。あとで魔王さまに褒めてもらうんだぁ」
まったく誰なのこんなバカ、中ボスにしたのは。
…………って、ボクじゃん!
「ライゼン、こいつはバカっぽいけどそれなりに強そうだから、ボクと共闘しようか」
「え? 大丈夫だよ、オレにはこの勇者の剣があるし」
「うるさい黙れ、誰のおかげでその剣が抜けたと思ってんの」
「ふえぇ……オレは褒められて伸びるタイプなのぉ、優しくしてよぉ」
もう少ししたらジェードとナククが追いつくから、まずはナククに火魔法を使ってもらって……。
「オイラを無視するなんて許さ〜ん!」
急にライゼンと一緒にふっ飛ばされた。
ゴロゴロと地面を転がるボクたち。
直前に飛んで逃げてたインコのアルゴが追ってくる。
「ルナさま、大丈夫ですか?」
「大丈夫に決まってるでしょ! でもあいつは許さん」
ボクたちはヒマスギッタの丸太みたいな腕でなぎ払われたみたい。
ボクは魔王からノーダメだし、ちょっとビックリしたくらいだけど……めちゃムカつく。
あいつ、ちょっと変身したくらいでボクが誰だか分かんないわけ!?
ブチ切れながら身体を起こすと、倒れているライゼンのすぐ前にヒマスギッタが立っていた。
そしてかぎ爪の光る右腕を高々と掲げている。
「勇者の首、とーったど!」
「ちょっとまてえぇぇぇい!」
すかさず腰に刺していたダガーを投げるボク。
見事、ヒマスギタの右目に命中。
「ぐああっ! 痛い! すごく痛いぃぃ!」
魔王、舐めんな。
ヒマスギッタが痛がってる間に、ボクは急いでライゼンに駆け寄った。
「ライゼン、大丈夫!?」
「……うーん、むにゃむにゃ……今日もトゲネズミをやっつけるぞぉ……」
「さっさと起きんかい!」
ゲシッと背中を蹴ると、ライゼンがパチリと目を開ける。
「あれ? オレ気絶してた?」
「気絶どころか死ぬとこだったね」
「ああ良かった! 二人とも生きてた〜」
ジェードとナククがやっと追いついた。
「よし、じゃあみんなで協力しよう。あいつはデカくてもコウモリだから火に弱い。だからナククは火魔法で攻撃してくれる? ジェードは待機ね、そんでボクが回り込んであいつを転ばすから、ライゼンはボクの合図であいつの首に剣を突き刺す、と」
「うわー、流れるような指示! ルナくん優秀だねぇ」
「うん、めちゃテキパキしてる! でもオレは最後だけ? もっと活躍したいなぁ」
「うるさい黙れ、そういうのはあいつに勝ってからにして。ナクク、できる?」
「ふぇぇ……」とつぶやくライゼンの横で、小さなナククがこくりと頷く。
そして、さっそく魔法の詠唱を始めた。
ボクは腰に下げていたもう一本のダガーを抜いて、ヒマスギッタの背後に回る。
ヒマスギッタはようやく目に刺さったダガーを引き抜いたところだった。
「くっそー! 勇者を殺したら、ご褒美に魔王さまが新しい目玉をくれるかなぁ?」
やるかっ!
のん気なことを言ってるヒマスギッタの肩に、ナククの放った炎がぶち当たった。
「あちちちっ! やめて! オイラは火が苦手なんだよぉ!」
ちょ、弱点を自分で言ってんだけど……。
マジで誰なの、こんなやつを中ボスにしたのは……ははは。
ボクはヒマスギッタの背後に回り込み、その足首を切り付ける。
ダガーとはいえボクは人間よりはるかに力があるから、傷は深い。
軽く蹴飛ばしただけでヒマスギッタは「ぐああっ!」と叫んで前のめりに倒れ込んだ。
「よし今だ、ライゼンいけ!」
「りょうかーい! くらえ、勇者のけ……うわっ!」
ライゼンが暴れるヒマスギッタの腕にぶつかって吹っ飛んでる。
「まったくもぉー!」
ボクは急いでライゼンを助け起こし、さらにヒマスギッタの片腕を抱えて抑え込んでやった。
「ライゼン、早く! ここまで手伝ってもダメなら勇者失格だからなっ!」
「だいじょーぶ! 今度こそくらえー!」
するとライゼンは無事、勇者の剣をヒマスギッタの首筋に突き刺した。
「ぎゃーーー!」
ふぅ、やれやれ。
成仏するんだぞ、ヒマスギッタ……。
「わーい、オレオレ、オレが倒したよ! さすが勇者のライゼンさまだぁー! そうだ、さっきのギャラリーのみんなにサインでもしてあげようかな?」
「あのねぇ、倒せたのはナククとボクが……」
「ルナちゃん危ない!」
ライゼンが急に真面目な顔をしたかと思うと、ボクに飛びついて押し倒してきた。
「なにすっ……ライゼン!?」
倒れたボクに馬乗りになったライゼン。
その胸には、血まみれのダガーが深々と突き刺さっている。
なんで!?
これは……ヒマスギッタが自分の目から引き抜いたボクのダガー?
ヒマスギッタが投げたってこと!?
「こ、これ、で……魔王さまも喜ん、で……ぐはっ!」
喜ぶかっ!
ヒマスギッタは今度こそ息絶えたみたいだけど、ライゼンも絶命寸前だ。
口からゴボッと血を吐いて仰向けに倒れる。
「ライゼン、しっかりして!」
「ル、ルナちゃん……無事で、よかった……」
「ばか! なんでボクなんか助けたの!?」
ボクはお前がいつか倒す魔王なんだよ!?
それに魔王だから、ダガーが刺さったくらいじゃ死なないのにー!
でも、ライゼンはそんなの知らないよね……。
こいつ、すぐ調子に乗るし暴走するしメンタル弱いし……でも心は綺麗なんだなぁ。
だからジェードとナククはこいつの仲間をやってるのかも。
ああ、ここで死ななけりゃ、いずれ立派な勇者になって魔王のボクの前に来てくれたはずなのに……。
ボクの視界は、なんだか分からない涙で歪んでいく。
「死んじゃダメだライゼン、お前が死んだら、ボクは、ボクはっ……!!」
「はいはい、やっとおじさんの出番ですよ〜」
のんびりした声とともに、瀕死のライゼンの身体がポワワンと白い光に包まれた。
そして横から出てきた手がライゼンの胸のダガーを抜くと、その傷はあっという間にふさがる。
「えっ」
「いやあ、良かった良かった。危うく出番がないとこだったよ」
ジェードだった。
あの瀕死の重傷が、一瞬で?
じゃあ、元スゴ腕っていうのは本当だったの……?
なんて驚いていたら、死にかけてたはずのライゼンがものすごい速さで起き上がった。
そして避ける間もなくガバッと抱きついてくる。
「ルナちゃん! キミの愛の告白は受け取ったよ! ボクはルナちゃんのために立派な勇者になるから、今すぐ結婚しよう!」
「……はああああ!?」
何を勘違いしてんの!?
ボクはただ、こいつが死んだらまた次の勇者が生まれて育つまで、ずーっと待たなきゃなって……。
なんてこと、ライゼンに言えるわけないじゃーん!
なんて言おうかと焦っていたら、ライゼンの自分より大きくてあったかい身体に、なぜか顔が熱くなってくる。
「おやおや、ルナくん、ちょっと顔が赤くなってない? やっぱりキミ、ライゼンくんのファンだったんだねぇ」
「違うってば! もー離して!」
つい強めに押したら、ライゼンは「ぎゃっ!」と地面に倒れた。
「はぁはぁ、勇者の剣も抜けたし、あのヒマス……巨大コウモリも倒したし、ボクもう帰る!」
「ええっ!? 結婚は!? ルナちゃんがいないとオレやる気出ないよぉー!」
ライゼンが地面に大の字になってジタバタして、エンエンと泣き真似をしだした。
「そうだよ、ルナくんがいないとライゼンくんはまた一人で突っ走ってたくさん失敗して、すぐに自信をなくすと思うなぁ」
「ナククもそう思う。ライゼン、やる気ゼロ勇者にもどる」
「えええ……そんなわけ……」
とか言いつつも、冷静に考えれば激しく同意だ。
この泣き真似してるライゼンが、このまま立派な勇者になるとは思えない。
「ルナさま、どうします?」
アルゴも「このまま帰ってもダメそうですよ」って目でボクを見てる。
「え〜、でもさぁ、ボクだって色々といそ……」
忙しい、と言いかけて気がついた。
ボク、めちゃくちゃ暇だったわー!
だからここに来たんだよね!?
つまり、ボクが魔王らしく忙しくなるためには、こいつにやる気を維持してもらうしかないってこと……?
「じゃあさ、ライゼンの幼なじみのエリリーナって子が戻ってくるまでなら、ついてってあげようかなぁ? その子が戻ってくれば、ボクがいなくてもライゼンのやる気が出るでしょ?」
「なるほど! 彼女はルナくんの恋のライバルだもんね、一緒に旅をするのは気まずいよねぇ」
「んなわけあるか!」
「エリリーナとルナちゃん……うーん、どっちも捨てがたい……」
地面に仰向けになったまま本気で悩んでるライゼンのケツあたりを軽く蹴飛ばしてから、ボクはヒマスギッタの死体を見るふりしてみんなから離れた。
そして肩の上のアルゴに耳打ちする。
「アルゴ、魔王城に戻って、このバカの後任をみつくろってきてくれない?」
「承知しました。それにしても良かったですねぇ、ルナさまもようやく忙しくなりそうで」
アルゴはなぜか楽しそうにそう言って飛び立っていった。
それを見送ったボクは、ライゼンたちを振り返る。
「よし、そうと決まればさっさと次の町に出発しよっか! 先は長いし」
「「えー!?」」
ライゼンとジェードが嫌そうな顔で叫んで、ナククも悲しげにうつむく。
「え、なんで?」
「ルナくん真面目だなぁ。こんな強敵を倒したんだから、今夜くらい酒場でパーっとやろうよ」
「そうそう、俺のファンが盛大に祝ってくれるはずだよ!?」
「ナクク、お腹すいた……」
おいおいおい。
こんなのんびりパーティーで、本当に魔王城までたどり着くわけ!?
でも確かに、ヒマスギッタが倒されたのに気づいたのか、向こうから喜び勇んだ人々が駆けつけてくるのが見える。
あいつらはこれからライゼンをチヤホヤして、ライゼンは調子に乗りまくるんだろうなぁ。
……ま、今日一日くらいはいっか。
というわけで。
なんでか分からないけど、ボクは魔王なのに勇者のパーティーに潜入することになってしまったのだった。
なんでボクがそんなことしなきゃならんの?
魔王の仕事、超えてない!?
とか愚痴っても仕方ないから、とりあえずこいつらがちゃんと戦えるよう指導して、そしてライゼンのためにエリリーナを連れ戻して……。
そうしていつの日か、こいつらが魔王城のボクの前に現れて、ボクのことを倒した暁には――。
女神のとこに戻ってドヤ顔してから、お前のケツも蹴飛ばしてやるからなー!
女神め、待ってろよーー!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
当初は前回書いた悪魔の話(↓にリンク貼りました)と設定や展開が似ている気がしてどっちを先に書くか悩んだんですが……書いてみたらそんなに似てないような?
とりあえず、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
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では、また次回作でお会いできることを願って。