重いチョコ
「チョコチョコしいな……」
ぼくは目の前に差し出された特大のチョコレートケーキを見て苦い顔をしていた。
「テオ、食べないの? ビターじゃないわよ?」
まるでウエディングケーキのような巨大チョコレートケーキから鈴のような声が聞こえてきた。
「チョコレートケーキが喋った……」
「何言ってるの。ケーキが喋る訳ないじゃない」
ケーキの影から女の子が顔を覗かせて言った。しかし、僅かに見えるその顔も大半はバンダナで隠れてしまっている。せっかくの綺麗な金髪も隠してしまっては台無しだ。
「イレーヌ、なんなんだこのケーキの塔は」
「そんなこと女の子に言わせるわけ? バレンタインよ、バ・レ・ン・タ・イ・ン」
「あぁ、ケーキの祭典にでも出展す――うあぁ」
ケーキの塔が更に迫って来て思わず情けない声をあげてしまった。
「テオが食べるのよ、テ・オ・が!」
「えーっと、もしかして一人で?」
「そりゃそうじゃない。テオにって作ったものなんだから。まぁでも、どうしてもって言うなら食べさせてあげてもいいけど?」
イレーヌはなんだか嬉しそうだ。でも、こんなもの食べられる訳がない。
「イレーヌ、さすがにこれは重い」
重いよ……色んな意味で。
「大丈夫よ! こう見えても私力持ちなんだから!」
いや、そうじゃなくて……ね。
彼女は腕っ節を見せ付けたいのか、その巨大な塔を更に持ち上げた。
「あ、危ないから! うん、分かった! 分かったから!」
「ふふん、分かればよろしい」
彼女は満足気に言うとそれを元の高さに戻そうとした、正にその時だった。あろうことかその塔の最上部に取り付けられていた巨大プリンがバランスを崩し、それに引き込まれる形で土台のホール部分も崩落し始めた。かつて人の傲慢さによって作り上げられた塔が、神の怒りに触れたかのように。
巨大なチョコ塊は雪崩れ込んで来た。よりにもよってぼくの方目掛けて――。
「うわあああ!」
ドスンという大きな地響きをあげてぼくは目覚めた。床の上に這い蹲るぼくの上に、ベッドから崩れ落ちた布団が圧し掛かっている。まったく、なんて夢だ。いくら今日がバレンタインデーだからって、こんなピンポイントな夢なんか見なくたっていいだろうに。
床に這い蹲ったまま「はぁ……」と深くため息をついていると、唐突に部屋の扉が開いた。
「何やってんの……」
そこには金髪を両肩に垂らしたイレーヌが立っていた。
「やぁ、おはようイレーヌ」
「おはようテオ、あなたって床で寝るタイプなのね」
イレーヌはしゃがみ込むとその碧眼でぼくを凝視している。なんてところを見られてしまったのだろうか。恥ずかしさのあまり、目を背けてしまった。
「そ、そもそも、なんでイレーヌが此処に居るんだよ」
「下でおば様とお話していたら、凄い音がしたもので見に来たのよ」
「べ、別に見に来なくたって――ッ!?」
それは何の前触れも無かった。
イレーヌはぼくの口の中に、何かを突っ込んだ。
「今日はバレンタインデーでしょ? だから、そのチョコレートよ」
「んーーーーっ!」
「味わって食べてね」
イレーヌはそう言い残すと立ち去ってしまった。チョコを頬張り喋れないぼくを残して。
苦心してようやく食べきったチョコは、控えめな甘さのビターチョコだった。
「一応、気を遣ってくれたのかな?」
優しい甘さの余韻に浸っていると、「早くしないと遅刻するよー」と下に居るイレーヌに急かされ、ぼくは手早く制服に着替えて降りた。
(完)
胃もたれしそうなくらいラブラブしい二人。バレンタインなので今回は目を瞑ることにします。
なんだかんだで短編は物凄い勢いで書けてしまうことに気付いた今日この頃。毛利鈴蘭です。
今日はバレンタインデーということで、21時頃に急遽バレンタイン作品を書こうと思いつき、チョコのことを一心に思って書き上げました。
ちょっと分かりにくかったかもしれませんが、テオは甘いものが得意ではありません。イレーヌもその点を気遣ってのビターチョコだったのかもしれませんね。
ちなみに私は甘いものは好きですが、生クリーム系はたくさん食べるとお腹に不具合が生じます。
では、よいバレンタインデーを。