【扉の向こう側】
此処は夢の世界だと直ぐに解った。
「…よしっ! 」
真っ暗闇に包まれたその場所の唯一の灯りは、足元の【緑色の線】。その線を辿って、【茶色の扉】の前までくると、ドアノブに手を掛け、戸を開けた。
『やっぱり来たわね…』
まさか、戸を開けて直ぐに“未来の自分”が仁王立ち姿でお出迎えしてくれるとは思ってなかったノアは、気負けしそうになったがかぶりを振って、「マリの事を知ったわ」と告げた。
それに、未来の自分は表情一つ変えずに、
『………で? 』
と尋ねる。
会話が続かない相槌ランキングの上位に食い込むヤツじゃなかったっけ? と思いながらも、此処で口を閉ざしたら終わりだ…と頭をフル回転させ、
「っ……マリが生存する未来…二人で変えない? 」
咄嗟に出た案を口にした。
「………」
未来の自分は無表情の侭、此方をジッと見つめている。反論しようにも、良い返しが見付からず、困惑しているのだろうか?
自分にしては名案が浮かんだと、心中でほくそ笑んでいると、未来の自分はーー馬鹿にした様に鼻で笑い出した。
「!?」
『……やっぱり、過去の私は浅はかな考えね』
「っ……どっ…どーゆう意味…?! 」
『そんなの…とっくの昔に、“貴女だった”時の私が試してるって事よ』
「……試した…? 」
『えぇ。未来の自分に、そう説得したの。その時、“未来の自分はそれを試してなかった”みたいでね……一緒に色々変えようと動いたわ。…でも、自動車で撥ねられなくても、マリは違う形で、私を庇って死ぬの』
「!? ……えっ…? ちょっ……待ってよ…。それって……」
『…えぇ。六年前、私は死ぬ“運命”にあったみたい。でも…マリが必ず、私を救けて、ーーで…死んじゃうの』
「……」
感情が籠ってないトーンで、念を押す様に、「自分を庇ってマリが死ぬ」事を強調して語られる内容に、ノアは返す言葉が見つからず、黙り込む。そんな己を観察する様に見ていた未来の自分は、ふうぅ…と溜息を吐いた。
『だから言ったでしょ? 未来は、容易く変わるって。アンタは、七年後の現在ある未来を楽しみなさい。その未来は…もうすぐしたら、失くなるモノっ…なんだから……ッ』
未来の自分の言う通り、此処で引き下がって、辿る事が叶わなくなる七年後を満喫し、気付いたら自分が知る時代に帰ってる…それでイイのかもしれない。
現代では、ナラという男と関わった事が一切無いから情が湧いてないし、その間に生まれたハナという娘に対してもーーズキリ…と、胸の奥が痛んだ。
「………やだ…」
『……なに? 』
「っ……私はっ! マリが生きててっ、ナラと結婚してっっ、ハナっていう娘がいる七年後の未来にしたいッ!! 私の世界ではそれが叶わなくてもっ、何周目かの私がきっと…マリが生存する未来に叶えてくれるっ! それを信じるッッッ!!!! 」
未来の自分は驚いた様に目を見開いて、かと思えば直ぐに冷ややかな眼差しで、
『………イイわね…。なにも知らない奴は、綺麗事が言えて…』
と、ドスの利いた口調で吐き捨てる様に言った。それに、ノアはカチンときた。
「なっ…なによ!? 未来とはいえ、私なのにっ!!! 」
『“私”だから、忠告してるの! 』
「!?」
『叶わない夢物語に期待したって、後で泣くのは貴女自身なのよ。現実を突き付ける事で、馬鹿な夢を見る事が無くなるでしょ? 』
「っ……」
正論過ぎて、返す言葉が見つからない。
『もっと早くに追い返したかったのに……そろそろ来るわね…ッ』
「………えっ…? 」
来るって誰が? そう訊こうとしたその時、
“一度逢ってると、わかるのね”
「!?」
聴きたくて…でも聴く事はもう叶わないと思っていた声。まさか…と思いながら声がした方へ振り返るとーーマリがいた。
【扉の向こう側】
「ッッ…まっ…マリっ!?!! 」
“【七年後の世界】では初めましてだね? ノア。…それから……”
『…やっぱり、アンタが昔、“私”…現在はコイツを、七年後の世界に呼び寄せたのね? 』
「!?」
キッとマリを睨み付ける未来の自分に、睨まれてる当の本人は笑みを湛えている。
ーー……えっ…? ちょっ…待って。マリが、私を七年後に、って……えっ…??
未来の自分が言った事…そしてマリの否定しない態度に、ノアは情報が上手く処理出来ず、軽くパニックに陥った。
が、それじゃ何も解決しない! と気を引き締める様に、頰をパチンパチンと叩き、口を挟まずに二人の会話に集中する事にした。
“…だったら「わかる」筈よね? 【赤色の扉】を開けて、「七年後の姿はしてるケド、精神は過去の貴女」を中に通す事も”
「!?」
ーーあの【扉の向こう側】に行けるの…?
思ってもみなかった僥倖に、ノアが期待に胸を膨らませると、
『駄目よ。私の【時間軸】からは、“過去の私”を此処から通させない』
頑なな未来の自分に、一蹴された。
ーー何でそんなに入れさせてくれないのよ!? 貴女は…更に未来の私に入れさせてもらえたんでしょ?!!
喉元まで出掛かる言葉を無理矢理呑み込んでいると、マリが溜息を吐いてなにか言おうとする気配を感じ、耳をそばだてた。
“それは、…何度やっても、私が助かる未来が無いから? ”
「!」
ーー助からない…? それじゃ、“未来の私”が、こんなにやさぐれているのは……
『………めて……』
「?」
『やめてやめてヤメてヤメテっっ!!! これ以上……私を惨めにさせないで…っ! ……私…頑張ったんだよ? 頑張ったのに…駄目だった…。どんなに頑張ったって、貴女の事を守れなかった…。貴女が私と生きる未来にしたかったのに、出来なかった…っ。……なんで…? なんで、私を救けたの? 救けなかったら、貴女は生きてた! それに、私なんか居なくても、ナラ君にはマリがいるじゃない!!! 』
“アンタ……まだそんな事で悩んでたの? 全っ然、私のアドバイス聞いてないじゃない”
『っ……私じゃ…ナラ君を幸せにしてあげられないッ!! マリ……貴女なら、価値観も合うし、それにーー』
“はあぁ……。…此処の【扉の色】は、ノア。貴女の、その時の強かった感情を示していたわよね? ”
『っ……』
「! ……どーゆう事? 【赤色の扉】は、そのっ…血の色じゃないの? 」
【茶色】は少し大人になったから、【灰色】は死が近い、そして【赤色】はーーマリが死ぬ直前を目撃したのを表している…と考えていた。
“此処の【茶色の扉】は、嬉しさと悲しさの迷いの色。【灰色の扉】は、哀しさによる後悔の色。そして、【赤色の扉】はーー”
『黙れッッ!!! 』
“「哀しみの中に、熱い恋心と幸せな気持ち」が強かった時の色”
「! ………熱い、恋心…って……」
ーーそれって…
未来の自分が、ナラを心の底から愛し、結婚を切望していた証だった。
“私が居なくなった後、ナラ君がずっと、貴女の事を支えてたのよ”
『…あぁ……やだぁ……ぅあぁ…』
心の中を暴かれる事程、恥ずかしいモノは無いだろう…。
現在の自分には解り得ない感情だが、未来とはいえ自分の事なので、羞恥心によるものなのか、悶え苦しむ己に、ずっと気になっていた事を尋ねた。
「……なんで…? 」
『…あぁ……うあぁ……』
「なんで…ナラのプロポーズ、断ったの? 」
すると、未来の自分は人生の終わりだ…みたいな感じで上げていた情けない声を出すのを止め、暫しの間を置き、
『………“大好きだから”……』
と言った。
「ッ…好きだったら、逆に結婚すればイイじゃん! なんで自ら、不幸になる事を選ぶの? たっ…確かに、マリに申し訳なくて、自分が幸せになるのはアレかなぁ、っていうのは解るケドさ…ナラの気持ちも考えたら、一緒になった方がイイというかーー」
『ナラ君を幸せにしたい。でも、自分じゃそれが出来る自信が無いから、他の誰かに彼を託した方がイイ…って思った。ナラ君の事を愛してるから』
「! っ……」
恋をした女性は美人になるという話を聞いた事はあるが、それは自分も例外では無いのだと知る。誰かを想い、その者の幸せを願う未来の自分は、贔屓目抜きで、美しいと思った。
“でも、過去の貴女が見た七年後の世界は、貴女だけじゃなく、ナラ君も幸せそうにしていた。だから、このコは結婚を薦めるのよ。問題ないじゃない”
『っっ………マリ……私は、貴女の居ない世界で、幸せになってはいけないの…』
“はあぁ……こんっのバカタレッッ!!! 初対面のナラ君にいきなり告白した勇気は如何したッ?!! あの行動があったから、なんだかんだでアンタ達は付き合い出したんでしょッ!? 私はっ、仲睦まじいアンタ達に嫉妬していた! だって…ノア。アンタ、ナラ君の前だと、あんなに可愛く笑うんだなぁ、って知らなかったから…っ!! ”
『! っ……マリ…』
“過去のアンタの言う通り、大好きなら結婚しなさいッ!! 今ならまだ、間に合うからッ! ”
『っ……ダメだよ…。私……私は…』
“あのねっ! 貴女を庇って死んだ私への罪を償う為にナラ君との結婚をヤメようとしているなら、全然罪を償ってなんかいないからっ! 寧ろ冒涜よっ!!! ”
『っっ……わっ…わ"だじ…う"ぁ…な"ら"を"……う"っ…』
“ブフッ! ちょっ…泣き過ぎて、なに言ってるか判らないよ、ノア”
『う"ぅ…』
“……ノア。あの時、私に【言った事】…覚えてる? ”
『?』
“この子の行動で判るわ”
『! ……ぞれ"って……』
「……」
ーー“私”の行動…?
話が全く見えず、ノアは首を傾げた。それに、未来の自分とマリは顔を見合わせ、笑い出した。其処で、未来の自分が心の底から笑っている姿を見たのが初めてだと気付く。
“【黄色の扉】が現れたわね”
「……えっ…? 」
後ろを振り返ると、ずっと離れた先に【黄色の扉】があった。そして、足元へ視線を落とすと、【緑色の線】は一つだけ。
ーーこれって…
『っ……マリ…私……』
“婚姻届を出す前に妊娠するんじゃないわよ? 人によっては、デキ婚って言ってくる奴がいるんだから”
『…アンタって、ほんっっとうにデリカシーがないわね!? 』
“私達に湿っぽいやり取りは不釣り合いでしょ? ”
『ッ……いっ…い"つか…何周目がの私がッ、アン"ダのい"るみ"らい"にがえ"るがら"』
“あーあ…。折角泣き止んだのに、また”
『う"え"えぇん"……だっでええ"ぇ…』
“……うん。期待してるよ、ノア”
未来の自分は涙を拭うと、此方に背を向けたと同時に、【黄色の扉】に向かってダッシュした。そして、目的地に辿り着くと、戸を開け、中に入っていった。
“……じゃあ、私達も行きましょうか? ”
「ッ……えっ…えぇ…」
【赤色の扉】の前まで移動したノアは、また開かなかったら如何しよう…という不安に襲われた。それが伝わったのか、“大丈夫よ”とマリが励ましてくれたから、ノアは勇気を振り絞って、【赤色の扉】のドアノブに手を掛けて回す。
ガチャっと音を立てて、戸が開いた。
「!」
恐る恐る、中の様子を窺いながら戸を少しずつ開けていくと、自分とナラの思い出と思われる沢山の写真が、壁一面に飾られているのが視界に入った。
「!」
“私が居なくなった後、貴女はずっと塞ぎ込んでた。そんな貴女の身も心も支えていたのは、ナラ君だったの”
「っっ……でも…私……」
七年前の“現代”で、自分はナラに出逢っていない。彼が優しく、自分には勿体無さ過ぎる良い男だって事は解ったが、イコール恋愛対象として…結婚相手に選ぶかと訊かれると、自信が持てない。
“【未来は、容易く変わる】”
「……えっ…? 」
“未来の貴女が発した台詞だけど……少しずつ…ほんの少しずつだけど、その台詞通りに変わったの”
「…それは……」
“さっきノアが会った、未来の貴女が…未来を変えようと動いた”
「? それが、なに……あっ! 」
未来の自分は言っていた。
“未来を変えようとする動き”を、その前の未来の自分はしていなかった、という事を。
“どんなにくっ付く【運命】にあったって、当人達の行動次第では、途端に運命の相手じゃなくなる恐れだってある。だから、【運命】を引き寄せる為に、貴女を此処に呼び寄せたの”
「……運命…? ってか、呼び寄せたって…」
“ノアとナラ君は、必ず結婚し、ハナちゃんって女の子を儲けるの。それで、ノアの【運命の相手】はナラ君で間違いない、って思ったわ”
「っ……」
何故か、顔が熱くなるのを感じた。
“ちょっと……こんな話で照れるとか…そんなんで、ママになれるの? ”
「ッ……まだママじゃないもん…」
“「まだ」って……なんだかんだ、七年後の未来、受け入れてるんだね? ”
「っっ……私…ナラの事、ちゃんと愛せるのかな…? 」
“愛せるかじゃなくて、相手の嫌な部分を受け入れられるかじゃないの? ”
「そんなのっ……だからっ! そーゆう部分がーー」
“受け入れたから、七年後の姿のアンタがいるんじゃない”
「……はあぁ…。ねえ、マリ」
“んー? ”
「私…貴女が生存する未来に変えるから」
“うん…”
「っ……絶対、変えるから! それでっ…マリに、ハナを会わせるがら"っ!! 」
“! ……うん。待ってるよ、ノア”
「ひっぐ…う"あ"っ…う"ッ…マ"リ"ぃ"」
ボロボロと涙を流して、視界が見えづらくなった。自分の泣き声が邪魔をして、周囲の音が殆ど聞こえない。
意識が遠くなるーー…。
「マリっ!!! 」
見慣れぬ天井が視界に映り、其処で夢から目を覚ましたのだと気付く。
「目が覚めたんだな? 」
上体を起こし、声がした方へ振り返ると、寝室の出入り口の戸に背を預けたナラと、目が合った。
「……えーっと…」
ーー気まずい…
昨夜、感情的になって思わずビンタした事。
そして、先程まで見ていた夢でのやり取りもあり、ナラと顔をなるべく合わせたくなかった。
「…ちょっと、ある“確認”がしたくてな。済んだら、直ぐに部屋を出るから」
「確認…? 」
なんの? と思っていると、ナラは此方に向かって、ゆっくりと歩いてきた。
「!?」
寝起きという事もあり、頭が上手く回らず、体も司令塔がしっかり動いてない為に、身動きがほぼ出来ず。ぼんやりと、男の行動を見つめる事しか出来ない。
「……ナーー!? 嫌っ!!! 」
パンっと、早朝には似付かわしくない、乾いた音が室内に響いた。
ノアはキッと男を睨み付け、
「キスはっ、“好きな人と初めてする”って決めてたのにっ!!!」
と吐き捨てた直後、ハッとした。
「…お前が言った事、信じるよ」
「……えっ…?ちょっ…待っ」
パタン、と音を立てて、室内はシーンと静まり返る。
ノアは口に手を当て、茫然と、男が居なくなった戸の方を見つめる事しか出来なかった。
【〜私の知らない、彼との想い出。〜】
後書き
次回最終回‼️……予定…。(←⁉️)
もし駄目そうなら、2つか3つに分けて投稿します。
集中力の無さと、完璧主義をなんとかしたい…。。
完了主義…完了主義…完了主義の癖をつけなきゃ❗️(`・ω・´)❤️
ルビ振りが多いのは、書きながら読み直してると、偶に、あれ?これってなんって読むっけ??と思う事が多いからです。
ゲシュタルト崩壊かな??(;´д`)