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吾輩は猫をかぶる   作者: はぶかわ
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第一話


挿絵(By みてみん)



VRチャットを始めてから、かれこれ一年が過ぎようとしている。今でこそ、平気な顔をして、これを何時間でも続けていられるが、始めてからしばらくの間は、ひどい画面酔いに悩まされたものだった。その度に、こんな買い物などするのではなかったと、後悔しきりだった。

まぁ、幸いなことに、その後あっさりと克服することが出来たが、代わりにこの世界に入り浸りになってしまったわけで、それが果たして良かったのか悪かったのか。しばし判断に迷うところではある。


何をするにも自由な、電脳世界である。望むのならば、思い思いどのような姿を取ることも、可能だ。男性も女性も、美少女のアバターを使うのが一般的だ。ほとんどの人がそうしている。そこのあなたも、そちらのあなたも使っているに違いない。だが、私は違う。

なにぶん、少しばかり声色に迫力がありすぎることを、自覚している。口を開けば、響くような低音ボイスが発せられる。美少女の姿でそんなことをしてしまったら、周りの人間にどのような印象を与えるか。考えるだに恐ろしい。VRCを始めた当時の私は、周囲を見渡してみて、そのような感想を持ったものだった。

ともかく、かなり早い段階で、私自身は美少女以外のアバターを使っていこうと決心した。


その結果、私はもっぱら猫を被っている。誤解のないよう言っておくと、この場合の猫を被るという表現は、本来の意味合いである、言動や振る舞いを取り繕うといった用法はされていない。私は、文字通りに猫のガワを被っている。つまり、猫のアバターを使っている、というだけの話だ。その辺のパブリックに置いてある、なんの変哲もない猫の姿だ。

ぱっと見にはそれなりの可愛らしさがなくもないが、改めて見直すと、徐々に滑稽さの方が勝ってくる。そんな外見だ。決してブサイクではないものの、間が抜けた顔をしていることに間違いはない。


まぁ、そうは言っても猫である。やはり野太い声が聞こえてくるには難のある外見ではあるのだが、美少女アバターと比べると、やや説得力が増したようにも感じられる。錯覚かもしれない。とはいえ、たとえ誰も説得できなかったとしても、それになんの問題があろうか。いや、ない。それどころか世にギャップ萌えというジャンルが確立されて久しい。ならば、それこそが私の助けになってくれることも、あるかもしれない。私は、淡い可能性に希望を託して、世界を闊歩する決心を固めた。


実を言うと、今まで私は、猫好きを標榜できるほどに、猫と触れ合ってきたわけではない。実家で飼われていたのは常に犬だったし、なんなら、猫アレルギーだって持ち合わせている。もちろん、好きか嫌いかで問われたら、好きと答える他ないのだが、そんな私が、自分のアバターに猫を選ぶことになるだなんて、この部分に若干の皮肉が感じられなくもない。


ともかく、見知らぬワールドに足を踏み入れる時に、この、猫の姿というのは非常に都合がいい。人は、とかく華美なアバターを、我が身に纏いたがる。集会系のイベントなどに飛び込んだ時、まず、あなたを待ち構えているのは、あでやかな参加者であふれるフロアだ。

臆さないことだ。周囲が彩りに満ちているほどに、若干くたびれた黒の毛皮が映えるというもの。フロアを一直線に横切って、飲み物を片手にスツールに腰を下ろす。一連の流れがスムーズであればあるほどに、滑稽さは増すかもしれない。しかしこのような時、周りから浮いて見える存在というものは、それだけに人目を惹きやすいことには違いない。そして、どの界隈においても猫好きという人種は必ずいるものだ。例えそこで開かれているのが愛犬家たちの集会であったとしてもだ。


グラスを一口舐め、軽く目を閉じる。ゆっくりと、深く息を吸い込む。軽く心の準備をした方がいいかもしれない。次に後ろを振り返った時には、あなたに話しかけようとしている人の姿が目に飛び込んで来るかもしれない。だが、なにも焦ることはない。夜はまだ、更けてすらいないのだから。





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