1 ぐーたらOL、至福のひとときを過ごす
「やば、もうこんな時間じゃん」
そう口ではいいつつも、スマホを手からはなす気はない。傍らにはポテチの残骸。座っているのはいつ掃除したか忘れたようなベッド。床にもゴミや髪の毛、ペットボトルが散らばる。荒れ果てた部屋と対照的に、使われたことのないキッチンは新築同然にきれいなまま。置物の一つと化した机と椅子のセットには、うずたかく本が積まれている。資格試験やプログラミング、レシピ本に洋書。意識だけは高いその本たちは、その存在意義を見失っている。それから、ほとんど服の掛かっていないラック。ハンガーだけがむなしくほこりをかぶる。服たちは本来の居場所を離れ、洗濯機に放り込まれている。蓋に張られた「週一回は洗濯すること!」の約束は放棄されている。
そんな部屋で、SNSをはしごし、いいねするわけでも投稿するわけでもなく眺める。
私はこれを、至福と呼んでいた。
佐野怜奈、というのが私の名前だ。小学校、中学校、高校を適度な公立に通い、大学はそこそこの滑り止め。就職は持ち前の口のうまさでそこそこ名の知れたところに就職し、そこそこの業績をあげながらそこそこの給料で生きている。
長所は口のうまさと切り替えの早さ。短所は怠け癖。しかも上手に口を回らして場をしのぎ、都合の悪い事実はあっという間に脳から消し去るから成長もしない。正直最低な人間だ。
もちろん、自分でも思うところはあって、何度か一念発起した。
特に変わらなければ、と思ったのは大学一年の時。大学をなめまくった私は初っぱなから単位を複数個落とした。それも留年のかかった大事なやつを。にもかかわらず、十分な努力はせず。夏休みの予定のあれこれを潰したくせに単位認定の再試験には合格しなかった。ここで一念発起し、スケジュールを立て、朝四時にアラームをかける生活を始めたが、二日で挫折。結局、後期もいくつか単位は落とした。ところが、ギリギリ進級のために必要な単位はそろっており、留年を免れてしまった。
これが、一番たちの悪いところだ。大抵のことが努力なしでなんとかなってしまう。器用貧乏は怠け者を育てる。
こうして、汚部屋に暮らす残念OLが誕生したのだった。
じわ、とスマホが熱を持ってきたのがわかって手を離す。途端に眠気が襲ってきた。熱いし眠いし、もう寝よう。明日はどうせ休みだし、一日中ネットサーフィンすればいい。
そんなことを考えたか考えないかするうちに、あっという間に眠りへ落ちていった。