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05 コーヒー一杯銅貨三枚

ご覧いただきましてありがとうございます。

 その後階段下の小部屋を隅から隅まで掃除し、何度かドリップの練習をして、週明けからコーヒー店を始めるための準備をした。

 有難いことに、サーラさんと、何故かノリノリのギルマスが、終始一緒にいてあれこれと手伝ってくれる。

 これはもしかして、ギルドの皆さんに物凄く迷惑をおかけしてしまっているのでは……早く覚えて独り立ちしなくてはと焦るが、何分まだこの世界に来てから一週間ほどしか経っていないのだ。

 申し訳ないが甘えさせていただこう、正直言って助かるし、心強い。


 「ギルドの営業は毎日午前六時から午後七時までで、職員がシフトを組んで対応してますけど、リョウさんはお一人ですから、本当に無理のない範囲で決めていいと思いますよ」

 さしあたっての営業時間は、午前十時から午後三時まで、二日営業して一日休み、くらいから始めて、様子を見て増やしていくことになった。


 コーヒー豆は、生豆のストックがそこそこあるので当面は足りるけど……。

「あ、なんでもギルマスの伝手があるから原料の心配はいらないそうですよ……あの、専門的な言葉は私ちょっとよく分からなくて、上手に通訳できなくて申し訳ありません……」

 いえいえとんでもないですサーラさん。俺が早く言葉を覚えて、ギルマスと直接やり取りできるようにならなくては、なんだよなぁ。


 「器具でも材料でも何でも、必要なものはギルドで用意しますので、遠慮しないで言ってね、ってギルマスがおっしゃってます」

 サーラさんの横でニコニコしていたギルマスが、あっそうだ! みたいな顔をして、小部屋の奥の方へ。

 何やらゴソゴソしていたかと思ったら、三十センチ角くらいの板を持って戻ってきた。


 「前に使っていた看板みたいですよ、コーヒー 銅貨三枚、ですって。これを使うといいよ、だそうです」


 銅貨三枚。

 それがこの世界で妥当なのかどうなのか見当もつかないが、それで以前やっていたなら倣っておくのが無難だろう。

 その後調べてみたら、ギルド職員の初任給が月給で金貨十五枚、ギルドの斜め向かいにあるちょっと気の利いた飯屋で、昼定食が銀貨一枚、夜定食が銀貨二枚、生ビールみたいな酒が大きなコップで一杯銅貨五枚、だった。

 銅貨十枚で銀貨、銀貨十枚で金貨、その上に大金貨、白金貨とあり、小さい方は鉄貨なんてのもある。

 物価の違いはありそうだけど、俺の肌感覚では、コーヒー一杯三百円といったところだろうか。


 サーラさんは続ける。

「売り上げはすべてリョウさんの取り分です。記録を取りたいので売れた数だけは教えていただきたいですけど、お金はリョウさんに差し上げます」

 ちょっと待ってください、それじゃあ! と反論しようとした俺を制し、サーラさんは言った。


 「コーヒーを売って儲けるためではなくて、コーヒーという素晴らしい飲み物を、この街のひとたちに知ってもらうために、ここを開きたい、とギルマスはお考えです。ですからここはギルドの直営ですし、リョウさんは、ギルドの職員みたいな扱いです!」


 ホッとしたやら嬉しいやらで、不覚にも俺は泣きそうになってしまった。

 なので、誤魔化しついでにサーラさんに訊いた。

「そうだ、接客用語くらいは人族の言葉を覚えなくちゃ。教えて貰えますか?」

「そうですね、最初はいらっしゃいませと、ありがとうございますがあればいいかな?」


 俺の真正面に立ち、口を大きく動かしながらサーラさんが言う。

「いらっしゃいませは、『いらっしゃいませ』」

 続いて俺が発音する。

『いらっしゃいませ』

「そうそう上手い上手い! で、ありがとうございますが、『ありがとうございます』」

『ありがとうございます』

「あら上手じゃない、十分伝わるわよ!」


 忘れないうちにと、何度も口の中で繰り返し発音してみる。

 そしてギルマスの方に向き直り、サーラさんが何度も言っていたのを聞いて覚えた単語と合わせて、言ってみた。

『ギルドマスター、ありがとうございます』

 ギルマスは一瞬目を見開いた後、見る見る顔が赤くなり目が潤んできた。

 おっさん、泣き過ぎである。


 『リョウ××、××××!』

 そういってギルマスは、分厚い手のひらで俺の右肩をバシバシとたたいた。

「頑張れ、ですって」

 右の肩を二度たたくのは、冒険者同士が良くやる挨拶で、君の幸運を祈るというような意味があると、後でサーラさんが教えてくれた。


   ◇   ◇   ◇


 明けて週の初日、若干緊張しながら、俺は階段下の小部屋の鍵を開けた。

 手順を一つひとつ確認しながら作業する視界の端っこに、さっきからデカいおっさんの姿がチラッチラ入り込んでくる。

 偉い人がそんなにソワソワしてどうするんですか……。

 手が必要だったらいつでも声かけてねーと言って、サーラさんは、壁に沿って並んだ受付机の空席で書類仕事をしているが、なんか、授業参観みたいで微妙に居た堪れない。


 さて、受付エリア中央の頭上に設置された大時計が十時を指したので、料金表を兼ねた看板を出し、いよいよ異世界珈琲店の開店である。

 すると、待ってましたとばかりにギルマスが、軽い足取りでやってきた。

『コーヒー、貰えるかな?』

 一応、威厳のありそうな声を出してはいるが、口元がムズムズし過ぎである。

 ギルド職員ばかりではあるけど、他にも何人かお客さんが集まってきたので、五人分くらいをドリップすることにした。



 「お待たせしました」

 これも後でサーラさんに教えて貰おうと思いつつ、今日のところは日本語で言っておいて、記念すべき顧客第一号にカップを手渡した。

 満面の笑顔で受け取ると、引き換えに俺の手のひらに三枚の銅貨をのせるギルマス。

『ありがとうございます!』

 ずーっと握り締められていたらしいそのコインは、笑えて来るくらい温かかった。

次回は、2021年11月17日水曜日18時頃の公開を予定しています。

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