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04 よみがえる異世界の香り

ご覧いただきましてありがとうございます。

 「ここを開けるのは何年ぶりですかね」

 独り言のように副ギルマスのラーシュさんがつぶやく。

 階段の下にあたる空間は入り口からして天井が低く、男性二人には窮屈そうである。

 かなり狭くて古めかしいが、ちょっとした洗い場まであり、そこはまるで喫茶店のカウンターの中だった。


 ラーシュさんが壁の一部に手をかけて持ち上げると、嵌め込まれていた板戸が外れて幅一メートルくらいの開口部ができ、フロア側から見るとカウンターのようになる。

「二十年くらい前までは、ここでコーヒーを売っていたんですって」

 昔を懐かしむようにギルマスが何か呟いたのを受け、サーラさんが教えてくれた。


 丁寧に整頓されたうえに要所は魔法陣の描かれた布で覆われ、多分何らかの魔法もかかっているのだろうけど、それにしてもキレイだし空気が澱んでいない。

 誰か、時々空気を通したりしている人がいるに違いない。


 「ここは当時のままで残してあるんだ。器具もちゃんと使えるはずだし、豆も揃っている……ああ、全て状態保存をかけてあるから、鮮度的にも問題ないよ」

 この豆が入ってる革袋は私が作ったんだよ、とラーシュさんが見せてくれる。

 中には、つい昨日焙煎したばかりのようなつやつやの豆がぎっしりで、開くと待ち兼ねたように新鮮な香りが溢れ出す。

 とても二十年前のものとは思えない。


 かけてある布をめくると、大きなヤカンや小ぶりのカップの他に、コンロや小鍋、石臼のミル、ガラスのサーバーとフィルターのハンドル、口の細いカフェケトルまで本当に一式揃っている。

 引き出しの中には、魔法陣の布の下に清潔なふきんとネルの布、そして水の入った器ごとネルフィルターが、状態保存の革袋に入れてあった。


 「ここで、コーヒーを、淹れてみて貰えないかな?」

 ラーシュさん、好奇心で目がキラッキラしている。

 ギルマスも、期待と興奮を抑え祈るように熱く見つめてくる。

「私、お手伝いしますよ」

 男性二人と入れ替わりに、サーラさんが中に入ってきた。

 どういうわけか、俺は異世界でコーヒーを淹れることになった。


 ひと通りの器具とカップをサーラさんに洗って貰い、小鍋に湯を沸かして洗ったネルフィルターを煮沸する。

 フィルターは絞ってハンドルにセットし、綺麗なふきんで挟んで水気を取る。

 水は、食堂の横にある井戸の水が美味しいそうなので、大きなヤカンで汲んできてコンロで沸かす。

 石臼のミルにコーヒー豆をとりあえず三人分出して、二~三粒ずつ穴に落としてはゆっくりハンドルを回す。

 身体を動かしているうちに、落ち着かなかった心は不思議とおさまり、学生の頃の記憶が、少しずつ蘇ってきた。


   ◇   ◇   ◇


 実は大学一年目の冬から卒業までの間、俺はコーヒー専門の喫茶店でアルバイトをしていた。

 マスターの趣味の塊のような店で、なぜかマスターとその犬にえらく気に入られ、随分と良くして貰った記憶がある。

 ネルドリップの扱い方も自家焙煎の方法も石臼のコーヒーミルも、その時にすべて仕込まれた。

 それがまさか異世界転移してから自分の身を助けることになるとは……。


   ◇   ◇   ◇


 コーヒーが挽けたので、いよいよドリップに取り掛かる。

 あらかじめお湯で温めてあるサーバーにフィルターをセットし、挽きたての粉を入れる。

 まずは少量のお湯を全体に回しかけて蒸らした後、ゆっくり「の」の字を書くように細く細くケトルのお湯を注げば、ムクムクと泡ができて面白いくらいに膨らんでくる。

 何度やってもこの瞬間がたまらない。

 タイマーもはかりも温度計もなくても、長年かけて身につけたものは、案外身体が覚えているものだ。


 「はいお待たせしました、どうぞ」

 カップが小さめだったので、七分目注いだらちょうど四人前になった。

 カウンターに並べると、みんなの手が伸びる。

 カップを両手で包んでまずは深く息を吸い込み、軽くひと口……うん、久しぶりだったけど、まあまあ上手くできたんじゃないか……これはどこの豆だろう、結構好きな味だなぁ……。


 満足のいく出来にホッと胸をなでおろしていると、すすり泣く声が……ギルマスが、大きな体で小さなカップを抱え、顔を赤くして涙をぽろぽろこぼしている。

「この味だ、これが飲みたかった、夢がかなった……だそうです。私は初めていただきましたけど、いい香り~美味しいですねこれ!」

「懐かしいですね、覚えてますよこの味。とても美味しいです」


 どうやら俺のコーヒーは、合格点をいただけたようだ。


   ◇   ◇   ◇


 階段下の小部屋を片付け、一同は再び副ギルマスの部屋に戻る。


 「……というわけで、ギルドとしては、リョウさんにあの店をやっていただけないかなと考えているんですよ」

 居抜きで今すぐ営業可能、材料の仕入れもバッチリ、立地的にセキュリティも完璧、さらに生活基盤が整うまではギルドの寮と食堂を無料で提供、オマケにこの国の人間の言葉のレッスンも付けよう! と至れり尽くせりの条件が提示された。

 ナニソレ、美味しすぎてコワイんですが……。


 「私たちにはコーヒーが必要なんだけど、誰も淹れることができないんだ。リョウ君、君しかいないんだよ、ってギルマスがおっしゃってます」

 どうやら、以前ここでコーヒーを淹れていたのも、俺と同じ異世界から転移してきた、魔力の全くないひとだったらしい。


 「コツはありますけど、淹れ方自体は全然難しくないですよ? 魔力がコーヒーに影響するんですか?」

「どんなに飲みたいと思っても、魔力の高い私たちでは、コーヒー豆に触れることすらできないんだよ」

 見て貰った方が早いね、そう言ってラーシュさんは、コーヒー豆の入った瓶の蓋を開け、サーラさんとギルマスの手のひらに、一粒ずつ落とす。

 見る見るうちにサーラさんの方は白くさらさらと砕け、ギルマスの方は紫色にデロリと融けてしまう。


 そしてラーシュさんは瓶を持ったまま立ち上がり、部屋の隅まで歩いて行ってこちらに手を伸ばし顔を背ける。

 手のひらにコーヒー豆を一粒落とした瞬間、パーン! と乾いた音を立てて、それは粉々に飛び散った。



 その次の週から、俺がマスターとなって、異世界珈琲店は開店したのだった。

次回は、2021年11月16日火曜日18時頃の公開を予定しています。

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