02 分かる言葉と分からない言葉
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宿舎棟に入ってすぐに、大学の学食のような食堂があった。
混み具合は四割ほどで、単独で食事をしている者もいれば、グループで一杯やりつつ盛り上がっているテーブルもある。
これで定食が食べられるから、と名刺大の木札を俺に手渡し、サーラさんは部屋の準備をすると言って出て行った。
厨房が見える受け渡し口にいたオバチャンに木札を渡すと、ずしりと重いトレーを渡される。
さすが冒険者向けの食堂、ボリュームが半端ない。
めちゃめちゃ空腹ではあるけど、二日ほど寝ていたので、腹がびっくりしないようにゆっくり食べた方がいいだろう。
端の方の空席に座り、さっそくいただく。
さっきも思ったけど、救護室のベッドも、ここの椅子やテーブルも、オバチャンのいたカウンターも、全体に造りが大きい。
俺は身長百八十センチを切るくらいなので、日本人としては決して小さくはないが、ギルマスのヒューゴさんが見た目で二百二十センチくらいはあったので、この世界の人たちは二割くらい身体が大きいのかもしれない。
椅子も微妙に高く、足がブランとするのが変な感じだ。
今日のメニューは、大きな器にたっぷりの根菜と肉のスープと、魚のフライのようなもの、そしておかわり自由の茶色くてみっちりしたパンだ。
大きなスプーンでスープを掬い、恐る恐るひと口含む。
嗅いだことのないスパイスが香り、具材の色もやけにビビッドだけど、味は意外と普通、いやこれはかなり美味いのでは。
飲み込む先から、胃袋からカラカラの全身に向け、栄養が血液に乗って巡っていくのが分かる。
魚はちょっと筋っぽく癖のある身だけど、衣に入っているスパイスが良い仕事をして、全く気にならない。
これはビールが欲しい。
歯が立たなそうに見えたパンも、噛み締める程に滋味があり、スープに浸したらより食べやすくなって、あっさり完食してしまった。
◇ ◇ ◇
ちょうど食べ終わった頃に、サーラさんが戻ってきた。
空いている隣の椅子に座り、部屋の鍵と一緒に、古着だけど良かったら使ってと服を渡される。
俺が着ていたスーツは、階段を転がり落ちたりその後のなんやかんやで、けっこう汚れて傷んでいたので、これは正直ありがたい。
「何だかすみません、助かります、ありがとうございます」
何て言っていいのか分からないけど、そうとしか言いようがない、そんな俺に、一瞬迷うような顔をした後、サーラさんは言った。
「ねえ、どうして猫人族の言葉を話せるの? あなた、人族でしょう?」
サーラさんの説明によると、彼女は猫人族という獣人で、つまり猫耳も猫目も衣装ではなく仕様であるとのこと。
そして今彼女が喋っているのは猫人族の言葉で、一般的な人族には分からないはずの言語であるという。
サーラさんは、仕事の為に日常会話程度の人族の言葉は覚えたそうだ。
それがこの世界の獣人にとってはごく普通のことであるらしい。
ちなみにギルマスのヒューゴさんは人族で獣人語は全く分からないといい、それもこの世界では極めて一般的である、と。
「サーラさんには、これが猫人族の言葉に聞こえるの? 俺は、自分の世界の言葉を喋ってるんだけど……」
二人で顔を見合わせてしばし絶句。
その時ちょうど近くを通りかかった、顔見知りらしい獣人冒険者に、サーラさんは声をかけた。
『××××! ×××××××××?』
『×××? ×××××××』
外見から推察するに、おそらく犬系の獣人と思われる。
何を言ってるのか分からないのは、多分二人でこちらの人族の言葉を話しているからだろう。
そして獣人氏は俺に向かって口を開く。
『×××××××、×××××××××××?』
うん、分からない。俺はサーラさんの目を見て首を横に振る。
それを受けてサーラさんは、獣人氏に人族の言葉で二言三言。
そして獣人氏は、俺に向かってこう言った。
「僕は人狼のロルフだよ、君が噂のこないだ穴から出てきたひと?」
「俺は鈴木良一、えーとファーストネームがリョウイチでファミリーネームがスズキ……え? 俺ってそんなに噂になってるの?!」
答えるや否や、もう我慢できないといった感じでロルフは笑い出した。
「名前長すぎ! リョウでいいじゃん。君、面白い奴だなー、じゃあまたな!」
俺の右の肩を二度たたいて、上機嫌で行ってしまった。
「今ね、ロルフには人狼の言葉で喋ってもらったのよ。つまり……」
俺と獣人語話者の間では、お互いのネイティブ言語で喋ると、自動的にそれぞれの言語となって聞こえるのではないか、とサーラさんは仮説を立てる。
理屈は分からないが、どうやらそう考えるのが一番理にかなっているようだ。
◇ ◇ ◇
じゃ部屋に行きましょうか、とサーラさんに促され、食堂を出る。
そういえば、頭がぼーっとしていて、ギルマスの前では名乗るのを忘れたような気がする。
「あ、今更ですけど、俺、鈴木良一っていいます」
サーラさんは振り返るなり、ケラケラと笑い出した。
「名前長すぎ! リョウでいいじゃん。っていうか、この国の人たちは貴族階級以外は苗字ってないから、本当にリョウでいいと思いますよ」
そんなにウケることなのか? まあ、喜んでいただけるならいいや。
「この部屋を使ってね」
案内されたのは、一人部屋が並ぶフロアの一番奥で、ちょっと狭くてシャワーの出が弱いらしい。
その代わり、俺のように行き倒れたりして保護された人を無料で泊めたりするのに使われているようだ。
もちろん俺に文句なんかない。
手狭ながらシャワーとトイレと洗面台があり、ベッドも清潔に整えられている。
中庭に面して小窓があり、時計塔が見えた。
「朝ごはんは五時から八時までで、この木札をさっきの食堂で出せば食べられます。副ギルドマスターとの面談は十一時からの予定で、私が迎えに来ますので、このお部屋にいてくださいね」
サーラさんを見送り、久しぶりのシャワーを浴びた。
備え付けの石けんを泡立てて肌に伸ばすと、意識していなかった小さな傷が、ここにもあるぞと身体じゅうで一斉に主張をはじめ、軽く悶絶する。
ベッドに潜り込み、今日一日を振り返ってみたけど、あまりの情報量の多さに、途中で諦める。
瞼を閉じた瞬間に意識は落ち、夢も見ずに眠ってしまったようだった。
次回は、2021年11月14日日曜日18時頃の公開を予定しています。




