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21 幻の再現と害獣の襲来

ご覧いただきましてありがとうございます。

ブックマークやいいねもしていただけて、とても励みになります。

 翌朝は夜明け前に目が覚めたので、まだ眠っているギルマスを起こさないように手早く身支度を整え、俺は静かに客室を出て作業小屋へと向かう。


 『おはようございまーす』

 声をかけつつドアを開けると、既に仕事を始めているスタッフが何人かいて、陽気な挨拶が返ってくる。


 早速乾燥室に入り、昨日広げて干しておいた例の粒を見ると、すっかりカラカラに乾燥していたので、次は、脱殻(だっかく)という作業に取り掛かる。

 スタッフに頼んで出してもらったコーヒーの精選(せいせん)に使う器具は、木を削り出して作られ飴色に艶の出た年代物だった。

 大き目のバケツのような丸いものと、二メートルを超す真っ直ぐな棒状のものの二つがセットになっており、餅をつく臼と杵に極めて良く似ている。


   ◇   ◇   ◇


 コーヒーの実は、俗にコーヒーチェリーと呼ばれるように、木に生っているときは果肉をまとっていて、熟してくるとそれが真っ赤に色づく。

 その実を梅干しに例えると、可食部である赤い部分が一般には使われることのないコーヒーの果肉にあたり、梅干しの種を割った中にある、いわゆる天神様に相当するのが、普段目にしているコーヒー豆の部分だ。

 つまり、コーヒー豆を手に入れるためには、コーヒーチェリーから果肉を除いて種を取り出し、さらにこの種を割ってパーチメントと呼ばれる殻を外さなくてはいけない。

 このコーヒーチェリーからコーヒー豆を取り出す一連の作業を、精選というのだ。


 コーヒーの精選の方法はいくつかあり、ここラプア農園では、コーヒーチェリーを果肉をつけたまま乾燥させ、そのまま脱殻して果肉とパーチメントを同時に取り去る、ナチュラルという方法が採られている。

 ナチュラル方式は、器具や水が少なくて済む反面、乾燥にとても手間がかかるのだが、ラプア農園には地熱を使った乾燥室があるので、それが最も向いていると言えるだろう。


 そして今回俺が手にしている、シベットの糞から取り出したものは、熟したコーヒーチェリーを食べたシベットが排泄した、未消化のパーチメントの部分である。

 したがって、コーヒーチェリーの果肉を除く工程を、シベットの体内で行っているようなもので、その結果何らかの付加価値がこちらの世界でもあるのではないか、というのが俺の予測なのだ。


 このシベットという動物は、すなわち、ジャコウネコのこと。

 今俺が試そうとしているのは、前の世界で幻のコーヒーと呼ばれていた、コピ・ルアクの再現なのである。


   ◇   ◇   ◇


 良く洗って乾燥させた例の粒は、当然だが排泄物の匂いなどは全くしない。

 殻と言ってもそれほど硬いものではなく、適量を臼の中に入れて杵で優しくついてやるだけで、幽かな手応えとともにパーチメントが次々砕けていく。

 潰し過ぎないように注意しながらついていくと、ほどなく全ての殻が外れて、見慣れたコーヒーの生豆が出てきた。

 次はそれを大きなざるに移して、戸外で風に当てながら煽れば、殻だけが飛ばされてざるには生豆だけが残り、脱殻は完了である。


 ここまで出来たら、次は炭火を熾して焙煎するだけなので、いつも冒険者ギルドの屋上でやっている作業と変わらない。

 比較対象の為に、農園で収穫した普通の生豆も同じ量を出してもらって同様に焙煎し、片付けをして食堂へ向かう。

 全身がコーヒーの薄皮だらけだが、まあ、今日も一日農園で過ごすので、軽く手ではたいておいてあとは気にしないことにしよう。


   ◇   ◇   ◇


 食堂にいたのは、ギルマスと二人の農園主、そしてその奥方たちの総勢五名のみ。

 農夫たちは既に朝食を済ませ、それぞれの持ち場に向かった後のようだった。

 今朝のメニューは、採れたて野菜のサラダと具沢山スープ、絞りたてミルクに、自家製ベーコンを使ったベーコンエッグ、そしてなぜかシオムスビという感涙ものだ。

 朝から口と胃が幸せである。



 朝食を済ませると、俺は厨房の一角を拝借して、おもむろに二種のコーヒーを淹れ、それぞれカップに注ぐ。

 食事の後で談笑している五人のもとに進むと、満を持して各々の前にカップを二つずつと、水の入ったコップを置いた。

『どうぞ、右のカップから試してみてください』

 右が普通のコーヒーで、左が例のコピ・ルアクである。


 まず全員が、右のカップを手にしたのを確認して、俺もひと口含む。

 コーヒーチェリーの果肉をつけたまま乾燥させるナチュラル方式で精選すると、果肉の香りや甘みが豆にしみこむと言われるが、確かにこのコーヒーはそういう特徴を持っている。

 もっとも、ここにはこれ一種しか豆がないので比べようがないが、フルーティーなコーヒーだなぁと常々思っていた理由を今回見ることができたのは思わぬ収穫だった。


 『ああ、いつもの味だねぇ、焙煎したてだと香りがいいねぇ』

 ギルマスはいつものニコニコ顔である。

『そうそう、こんな味だったわよねぇ、懐かしいわぁ』

『自分たちが丹精込めた作物がこうして楽しまれているのに触れるとまた感慨深いですな』

 カレヴィさんとナラさん、ジョージさんとレアさんも、それぞれ頷き合いながら美味しい美味しいと味わっている。


 みんながひと通り味わった頃を見計らって、俺は声をかけた。

『それでは、一旦水を飲んでいただいて、それから左のカップを試してみてください』

 まあ、これがシベットの糞であることはすでに周知の事実なので、自分が真っ先に口をつけることにする。


 実は、コーヒーを淹れている時点で既に、かなり香りが違うことに気付いてはいたが、あえて何も言わずにひと口含み、舌の上で転がしてみる。

 前の世界で一度だけ、喫茶店でアルバイトをしていた時に、本物のコピ・ルアクだというものをマスターに飲ませてもらったことがあったが、その時の香りと似た、いや、もっと華やかな香りが鼻の中を抜けていった。

 うん、上出来、再現は成功とみていいだろう。


 『ええっ? ちょっ! 何これ何これ?!』

『バニラ? チョコ? これコーヒーだけよね?』

 俺の様子を見ておっかなびっくりカップに口をつけていたレアさんとナラさんが目を丸くしてこちらを見つめる。

『これが昨日拾っていた、シベットの糞からとったコーヒーですか?』

『同じコーヒーの木から採れたはずなのに、香りが全然違う……どうしてこんなことに?』

 カレヴィさんとジョージさんも驚きを隠せない様子で、カップを覗き込んでは匂いを嗅ぎ、何度も交互に飲んでいる。


 『リョウ君、何か知ってたのかい?』

 瞳をキラキラさせ満面の笑みを浮かべるギルマスに、俺はこう答えた。

『これ、俺の元居た世界では、幻のコーヒーと呼ばれて珍重されていた、コピ・ルアクというものと同じ作り方なんです。ルアクというのはジャコウネコ、つまりシベットなんですよ』


 観光客目当ての土産物屋などで売られているような安価な量産型のまがい物なんかではなく、本物の野生のジャコウネコが完熟したコーヒーチェリーだけを食べて自然に出したコピ・ルアクだから、きっと美味しいだろうと予想してはいたけど、正直ここまで違いがあるとは驚きである。


 何とかこれをうまく利用することが出来たら、面白いことになるんじゃないでしょうか……という内容のことを提案しようかと思っていたまさにその時、農夫が二人、息せき切って食堂に飛び込んできた。


 『ボ、ボス! 例のシベットが罠にかかったんですけど……』

『なんか、凄いやつが出てきちゃいまして!』


   ◇   ◇   ◇


 二人の農夫に案内され、一同は大急ぎでコーヒー農園に移動した。

 そこは収穫期の近い疑似乾季エリアで、どの枝も真っ赤に熟したコーヒーチェリーがたわわに実っているが、その一角から何やら穏やかではない咆哮が聞こえてくる。

 その音源にたどり着いて、納得した。


 そこには、大きなネズミ捕りのようなかご罠があり、その中に、細長い吻と尾を持つ、全長一メートルほどの獣が閉じ込められていた。

 毛並みの色はグレーで所々に黒の柄が入り、パニック状態に陥ってどったんばったん大暴れしている。


 そしてそのかご罠のすぐ近くには、同じような姿かたちはしているけれどもっと大きな、全長二メートルは優に超えるサイズの巨大シベットが、揺らいで見えるほどの怒りを全身から滲ませながら、立ちはだかっていた。



 緊急事態を察知したスタッフたちが、農園のあちこちから続々と集まってくる。

 中には棒や刃物などの武器を持っているひとも少なくなく、昨日の宴会で話をした弓の名手であるカールが、今まさに矢をつがえながら走ってきたのが目の端に見えた。


 ……これはまずい、非常にヤバイ、何としても止めなくては。

『ダメダメダメーー、撃っちゃダメーー、ちょっと待ってーー!!』

 俺は叫びながら猛ダッシュして先頭に飛び出すと、振り返ってスタッフたちに向き直り、シベットたちを背にかばうように両手を広げた。

次回は、2022年2月25日金曜日18時頃の公開を予定しています。

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