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17 二人の農園主と害獣

ご覧いただきましてありがとうございます。

 『よく来てくださいました! あなたがリョウさんですか。私が現在ラプア農園の農園主のカレヴィで、こちらが間も無く農園主を引き継ぐジョージと申します』

『初めましてジョージです。実務的な引継ぎはほぼ終わっていたんですが、コーヒー農園をまた拡大していくことになりましたので、カレヴィさんにしばらく戻っていただいているんです』


 現役と次代の農園主は二人とも人族で、カレヴィさんは六十代でジョージさんは四十代といったところか。

 血縁ではないというが、どちらもさすが元冒険者というがっしりとした体格で、ごつい手のひらと握手を交わす。


 ここラプア農園は、地熱を生かしてコーヒーだけでなく色々な作物を通年作っている、かなり大規模な農園らしい。

 農地も広大なら従業員もそれなりの人数がここで暮らしているようで、事務所などのある母屋の他に、作業小屋や宿舎と思われる建物もいくつか並んでいる。


 聞くところによると、カレヴィさんがコーヒー園を引き継いだのは、ミノルさんがコーヒー店の開業を手掛けることになった三十数年前で、それを機にコーヒー園の規模を拡大したそうな。

 増産体制はすぐに整い軌道に乗って順調に収量を上げていたが、約二十年前にミノルさんが亡くなると同時にコーヒー店は閉店となる。

 それに伴いコーヒー園の存続も危ぶまれたが、せっかく確立した栽培技術の断絶およびコーヒーの木の絶滅を阻止するため、規模は縮小しつつもずっと今日までコーヒーを作り続けていた……ということのようだ。


 『昨年の秋からリョウさんが冒険者ギルドのコーヒー店を再開してくださって、またコーヒーを使うようになりましたのでね。ミノルさんの指導を直接受けた経験のあるカレヴィさんに教わりながら、また木を増やしているところなんです』

 ジョージさんが日に焼けた顔で笑うと、カレヴィさんも昔を思い出すようにしみじみと言った。

『ヒューゴさんと、お父様のサイラスさんが、この技術は絶対に後世に残すべきものだって強固に推してくださったお陰です』

 ちらりと振り返ると、ギルマスは照れくさそうに笑いながら、また目を赤くしていた。


   ◇   ◇   ◇


 では農園を見に行きましょうか、と誘われ、四人でコーヒーの木が多く植えられている方へと向かう。


 地熱があるおかげで、このあたりの環境は概ねコーヒーにも向いているそうだが、たった一つ大幅に足りないものがある、とカレヴィさんが語る。

『コーヒーは成長期に雨が多く、収穫期に乾燥する環境が必要なんです。なので水遣りが必須となりまして、コーヒーの畑を概ね四つのエリアに分けて輪番制にすることによって、疑似的に雨季と乾季になるようにしているんですよ』

 農園の近くを流れる川もほんのり水温が高いため、そこから水を汲んで使っているらしい。


 今まさに数人のスタッフがチームを組んで、手動のポンプのようなものが付いたホースを使い、コーヒーの木一本ずつ順に水をかけているところだが、みな分厚い革の手袋をつけていることに気付く。

『このコーヒーという作物は、栽培の時から既に、ひとの体内にある魔力の影響を受けることが分かっています。ですので、コーヒー園の担当者は魔力が少ない者を選び、必ず専用の手袋を着用することになっているんですよ』

 教えてくれたのはジョージさんだ。

 確かに、ギルドに納品に来たひとも同じ手袋をしていたなぁ、と思い出す。


 手入れの行き届いた木の間を進み、疑似乾季となっている収穫が近いエリアに差し掛かる。

『あっ! またやられた!』

 ジョージさんが何かを見つけて駆け寄ると、カレヴィさんも一緒にしゃがみ込む。

『やっぱり出たか……あいつら、今どれが一番美味しいのかをちゃんと分っていやがるからなぁ』

 俺もギルマスと一緒に近寄って覗き込むと、そこには棒状に固まった、何か丸い粒の集合体があった。


 ……ああ、コレ、知ってる気がする……もしかして。


 『ヒューゴさん、これが前にお話しした、コーヒー園を荒らす害獣の糞です!』

『ああ、あの、冒険者ギルドに駆除依頼が出ていた件だね? イタチだっけ、タヌキだっけ』

『そうですそれです、この辺ではシベットって呼んでます! あいつら、収穫間際の完熟した実ばかり選んで喰っちまうんで、ホントに困ってるんですよ!』

 やっぱりそうじゃないか、だとしたら俺には、ぜひ試さずにはいられないことがある。

 この好機は絶対に逃すわけにはいかない。


 『あのー、もし良かったら、その糞、貰えませんか?』

 おずおずと申し出ると、オマエは一体何を言い出すんだ? という視線が三人分返ってくる。

『まあ……捨てる他に用途のないものですから、私たちは構いませんけど……』

 怪訝な表情を隠せないカレヴィさんに許可を貰い、ついでに後でコーヒー豆を精選する器具も借りるお願いをしておく。

 辺りを見回すと糞はあちこちに落ちていて、バケツを借りて拾ったら、すぐにバケツに半分くらいの量が集まった。



 歩いていくうち、コーヒー園の端まで来た。

 農園の敷地であることを示す低い柵の向こうに、来るとき馬車から見えた古びた小屋がある。

 今は何の気配も感じないが、明らかに誰かが生活しているような痕跡があり、近辺には野菜や芋を植えているであろう痩せた畑があった。


 『そういえば、小屋の子たちは相変わらずなのかい?』

 ギルマスの問いに、申し訳なさそうにジョージさんが答える。

『ええ、ちょっと気配を感じただけですぐに逃げたり隠れたりしてしまって、相変わらず話すらできません。しかもどうやら最近、一人増えたようでして……』


 もしかして、あの時見えた何かが、その、小屋の子というやつなんだろうか……考えていると、多少気まずそうにしながらギルマスが説明してくれた。

『王都辺りだと、ストリートチルドレンなんて呼ばれる子供がいるだろう? 都市部なら街中の方が冬でも暖かいし、食べ物や小銭を稼ぐ術もあるけど、ここウムネスだったらこの辺一帯の方が暮らしやすいみたいでね』


 確かにこの辺りは地熱で冬でも暖かいし、野生の果物や小さな動物を狩ってもそこそこ食いつなげるし、北の方と違い危険な魔獣や野獣も少ないから最悪野宿でも死にはしない、ということか。

『離農した農家の建物があちこちに残っているので、勝手に入り込んでいるひとは子供だけでなく大人も割といるんです』

 ジョージさんの証言に、カレヴィさんも続ける。

『住み着いているひとがいるのを知っていて、子供を置き去りにしていく非道いひともいるんですよ。本人たちが望むならうちの農園で面倒を見ることも吝かではないんですが……』


 実際それに近い経緯で加わったスタッフも農園にはいて、今ではみんなそれぞれ楽しくやっているという。

 きっかけは何であれ、新しい居場所が出来るのは良いことだと思うが、まずは話をしてみないことには何も始まらないよなぁ、確かに。


   ◇   ◇   ◇


 そろそろ太陽が西の山並みに沈みかけ、雲が見事な夕焼けに染まる。

『今日はお部屋をご用意しましたのでぜひゆっくりしていかれてください。うちの家内もヒューゴさんにお会いできるのを楽しみにしていますので』

『うちのも今日は朝から張り切って料理していましたよ。あと、ギルマスが来るなら会いたいって言って、元冒険者組も待ってますよ』

 カレヴィさんとジョージさんの奥さんや、ギルマスの昔馴染みも勢揃いしての宴会が待ち構えているようだ。

 というわけで、本日の宿は農園の客室と決定した。


 部屋に上がる前に作業小屋の一角を拝借して、拾ってきた害獣の糞の処理をする。

 まずは水に浸して緩めてから、何度も水を替えて良く洗浄し、可能な限りの不純物を除いてから、水気を切って広げて干す。

 この農園には、地熱を利用した乾燥室のような便利な場所があって、そこに広げておけば明日の朝までにはカラッカラに乾くらしい。

 それを脱殻すれば見慣れたコーヒーの生豆の誕生、というわけだ。


 まさか自分の手で再現する日が来ようとは思いもよらなかったこの、幻のコーヒー……その出来栄え如何によって、この先いくつかの命運が大きく分かれることになるだろう。

 それを思うとけっこう責任重大で気が重くなるが、その一方で、イタズラ半分でやってみた実験の結果が楽しみでかなりワクワクしている、というのもまた正直なところでもある。


 いずれにしても、答えは明日の朝を待つしかない。



 『すみません、遅くなりました』

 俺は背筋を伸ばし、旧知との再会で既に出来上がりかけているさざめきの漂う宴会場のドアを開けた。

次回は、2022年1月28日金曜日18時頃の公開を予定しています。

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