表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/37

08 ゴロゴロしちゃう

ご覧いただきましてありがとうございます。

 「忙しそうですねー、ご繁盛で何よりですね」

 昼休みが終わって午後の業務が始まり、コーヒーのお客がちょうど途切れた頃、出張帰りらしい副ギルマスのラーシュさんが、二階の執務室に戻る途中で俺のところに顔を出してくれた。

 色々と有能過ぎるこの方は、近隣の街の冒険者ギルドで厄介な案件が出るたび、ちょくちょくヘルプに行っているそうで、今日もその帰りのようだ。


 ちなみに、俺が迷いの洞窟で発見されたときに留守だったのも、北隣の街のギルドに呼ばれていたからである。


 オーダーに応えて手を動かしながら、最近始めてなかなか好評な、お湯割り、蜂蜜、牛乳のサービスについて説明する。

 希望があれば、特に追加料金は貰わずに使えるようにしているが、予想以上に利用するひとが多いのだ。


 「それはいいですねぇ……ああ、この香り! 生き返ります」

 ドリップしたてを注いだカップを受け取り、胸いっぱいにそのアロマを吸い込んだ後、ひと口含んでラーシュさんは目を閉じる。

 目元にうっすらとクマが見えるその横顔に、ふと前の世界での記憶がよぎった。


   ◇   ◇   ◇


 営業回りの途中で雨宿りを言い訳に駆け込んだ古びた喫茶店のサイフォンから立ち昇る豊かな香り。

 飲み会の帰りに駅前のコンビニで百円コーヒーを買って歩きながら啜っていたら舌をやけどしたこと。

 下手を打って客を怒らせた後輩の謝罪に付き合った後で車の中で飲んだ奴のおごりの缶コーヒーの冷たさ。


 思えば随分たくさんのコーヒーが、俺のいろんな瞬間を、黙って受け止めてくれていたらしい。

 今の俺には、コーヒーを淹れることしかできないけれど、それで誰かがほんのひと時、例えば一日のうちの五分だけでも、頭を空っぽにして深呼吸ができるようになればいい。


 ……なんてね。


   ◇   ◇   ◇


 ラーシュさんがホッと一息つき、目を開いたタイミングで、ほんの世間話のつもりで、俺がここ最近考えていたことを話してみる。

「実はこの牛乳を、カップに一杯くらいだけ温めるいい方法がないかと思いまして……」

 これから寒くなるので、牛乳は温めた方がコーヒーが冷めなくていいかもしれないし、牛乳だけ飲みたいというひともいるので、ホットミルクの需要も見込めるのではなかろうか、と考えてのことだ。


 当然であるが、この世界に電子レンジみたいな便利なものはない。

 牛乳を温めるとなると、小鍋に入れて直火で沸かすのが一般的だが、それだと火加減が難しくて目が離せないし、洗い物は増えるしロスが多くて正直に言うと面倒だ。

 理想は、前の世界にあったエスプレッソマシーンのスチームノズルだ。

 あれがあれば、少量の牛乳でも温められるし、温度の調節もしやすいんだけど……。


 「こんな感じで、高圧の熱い水蒸気が吹き出す管みたいなのがありましてね、例えばそんなのはどうかなと考えてみたんですけど、何かいい手はないでしょうか?」

「どれ、見せて? ……ふむふむ……」

 説明しつつ、手元にあった紙に俺が描いた下手くそな絵を見ながら、考え込むラーシュさん。

 しばし後、パッと顔を上げると、その紙をひっくり返し俺に手を出す。

「ペン、貸してくれる?」


 持っていたペンを渡すと、ラーシュさんは、鼻歌を歌いながらカウンターをテーブル代わりに、何か魔法陣というか回路図のようなものを描きだした。


 「ちょっと、カップに牛乳を入れて貰えるかな?」

 一分もかからずに完成した回路図をカウンターに置いて指でトントンとノックし、ラーシュさんは、その上にカップを置いてみてと俺に促す。

 みんなにコーヒーを出す時に使うのと同じカップだ。

 半信半疑で待つこと約二十秒。

 ふっと甘い香りが立ったので見ると、なんと牛乳の表面からうっすら湯気が立っているではないか!


 「凄いです副ギルドマスター!」

 これは素晴らしい、ラテアートをするわけではないから泡はいらないので、むしろ適温に温めてくれるだけのこういうものの方が断然便利である。

「即興で作ったけど案外いいものになったね。どんなに長時間置いても六十度以上にはならないようにしてあるし、早めに外せばぬるくもできるよ」

 これなら膜も張らないし、吹きこぼれて焦がしたり小鍋やカップにこびりつく心配もない。


 後でもう少し耐久性があるものを作って持ってくるからどんどん使ってよ、と微笑む副ギルマス、神である。

 お忙しいのに申し訳ありません、と恐縮しきりの俺にすっと近寄り、ラーシュさんは声を潜めて言った。

「いや、温かいミルクが頂けるなら私も嬉しいから。実は、私は牛乳は好きなんだけど、冷たいのを飲むと、お腹がゴロゴロしちゃうんだよね……恥ずかしいから、みんなには内緒だよ」


   ◇   ◇   ◇


 その日の夜、サーラさんに教えて貰って、看板の文字を、人族の言葉で次のように書き加えた。

『コーヒー 銅貨三枚(お湯割り 蜂蜜 牛乳 サービス)

ミルク 銅貨三枚(温かくもできます)』



 そして翌日の開店準備中のこと。

 ふと気が付くと、なんだかさっきから視界の端っこに、小さな人影がチラッチラしている。

 冒険者ギルドでは珍しいものの、その姿は何度か見かけたことがあり、同行者などからおおかた誰であるかの予測もつく。

 そしてその行動を見ても、血筋のなせる業というやつを感じずにはいられない。


 さっそく新メニューの出番がありそうな予感を覚えつつ、時計の針が十時を指すとともに、俺は新しくなった看板をカウンターに出した。

次回は、2021年12月3日金曜日18時頃の公開を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ