7.加奈子
僕は、彼女の軌跡を辿って、ついに最果ての地に到着した。
僕らの邪魔者はもういない。
僕は、しっかりとした足取りで家の前に立つ。
僕は扉を開けた。
そう、加奈子と一年間過ごしてきた家の扉を。
目の前には、無防備な姿で横たわる加奈子があった。
まるで生きているかのような愛おしい唇。
そして、黒く長い髪と透き通るような肌が、加奈子の魅力をより一層引き立てている。
今日、そんな加奈子と共に最期の時を迎える。
僕は、ゆっくりと自分のこめかみに銃を当てた。
「加奈子…」
最期に君の顔を…
その時、加奈子の目が開いた。
「びっくりした?」
加奈子は、僕に問う。
「え…」
奇妙に笑い始める加奈子。
「きゃははは! 思ったとおりだった~!」
加奈子はゆっくりと立ち上がった。
「私の憎くて憎くて消したい人間を、私の手を汚さず消す方法。いや~、悩んだ悩んだ。
その末に思い付いたの。私が病んで君を追い詰めちゃえばいいんだって。そして、可笑しくなった君に奴らを葬ってもらえばいいんだって。
案の定、君は病んだ。そして私は、私の憎悪を君に植え付けた。ちょっとずつちょっとずつ。
でも、まさかここまでやってくれるとは思わなかったよ~。
あ、そうそう、今日の君の行いは、靴底に付けておいたGPSと補聴器でちゃんと把握してたよ。本当に本当にありがとね~」
加奈子は、人形のような笑みを僕に向けた。
どういうことだ。今朝、確かに加奈子は睡眠薬を飲んだはず。それも致死量の。
僕は言葉が出ない。
「どうして死んでないの?って顔してるね。君のことだからどうせ、ホットミルクに仕込むと思ってたよ~。あれはね、気持ち悪いふりして咳き込んで、君に背を向けた時、タオルに全部はいたよ。気付かなかった?」
嘘だ。
加奈子は確かに精神的な病に侵されていた。こんな思考を巡らすことなんて出来ないはずだ。まさか、それも嘘だったと言うのか。そして、僕に強く当たり、仕舞いには僕の精神も蝕んだ加奈子は何だったのか。それ自体が全て演技だったとでも言うのか。
「いやー、気分さっぱり、これで新しい日々の始まり~!」
僕の思考は停止した。
思った言葉をそのまま口にするしかない。
「加奈子…驚きすぎてよく現状を把握できていない。生きていて本当に良かった。邪魔者はもういないよ。また僕と平和に暮らそう?」
「それはもう無理。君は人殺しだし、私は関わりたくない。」
加奈子は、これまでの声色とは異なり、感情のない声で言う。
「何を言ってるの?ぜんぶ君のためにやったんだよ?」
「私のためっていうけど、結局自分のためでしょ?
私の憎しみを受け継いだとか思ってるかもしれないけど、それって君の憎しみでもあるんでしょ?
まさか、世間からは、病んだ彼女のために復習した悲劇のヒーローとでも思ってもらえると思ってる?君はただの殺戮者だよ。私は共犯者にはなりたくないの。」
僕の頬を、無意識の涙が伝う。
「でもね、最期は君に選んでほしいんだ。
私は、君になら殺されてもいいよ?
君には本当に本当に感謝しきれないし、
こんな清々しいまま死ねるなら、それもそれで幸せだから」
僕は、意味もなく銃の弾薬を見つめる。
「弾は一発しかないんだね…外さないでね?
それと…君の分なくなっちゃうね。」
加奈子は嘲るかのように言った。
僕は加奈子の頭部めがけて銃を構える。
加奈子は僕の目をじっと見つめている。
その美しい瞳に、恐怖や緊張の類いはまったく感じなかった。
僕は打てない。
どんなことをされても、加奈子は加奈子だ。
僕が最期まで愛し続けた加奈子だ。
僕は銃を下ろした。
「ありがとう。やっぱり君は優しね。」
ほんと大好きだったよ。さようなら。」
彼女は、道化のような表情を僕に向けて家を出た。
僕は、迷うことなく引き金を引いた。