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神のマニマニ   作者: 朝日ドライ
9/14

思惑

 待田征一はよく出来た子供だった。

 頭脳明晰成績優秀。何よりもよく努力をする子供で、各分野で取った賞の数は数え切れなかった。

 一流企業待田製薬の跡取りとして生まれたそのプレッシャーを糧に、両親、親族、友人や教師にも好かれる圧倒的なカリスマとしてその青春時代を過ごしたのである。

 だが、彼には不幸な事に三つ上の兄がいた。

 兄は何をさせてもダメなやつだった。

 勉強は中の下、運動もからきし。四六時中本を読むことだけが趣味の本の虫。

 いつも口癖のように言う「征一にはかなわないな」が、彼自身の情けなさに拍車をかけていた。

 当然、親類からの視線は厳しい物になる。そう征一少年は信じていた。

 だが、兄は人を引きつける何かを持っていた。

 兄にカリスマ性はない。それは、彼の周りにいる人間ならば誰でも認めることである。

 にもかかわらず、兄には征一以上の人望が集まっていた。

 それでも征一少年が兄を哀れんで止まなかったのは、次期社長の座は自分自身に与えられると信じて疑わなかったためである。

『次の社長、■■にするよ』

 そういった父の顔を、今ではもう思い出すことが出来ない。

 先代である父の代わりに会社を譲り受けたのは、征一ではなく兄だった。

 理解出来なかった。自分よりもズッと劣っているはずの兄に、一番欲しくて止まなかった席を奪われることが。

 父に直訴さえしたが、帰ってくる言葉はいつも『お前は、まだ未熟だから』だった。

 征一はそれ以来、より一層の努力をした。

 経営理念をたたき込み、人心掌握の術を学び、自分に足りないと思われる物を補おうと必死であった。

 だが、父は死ぬまでついに征一を社長にすることはなかった。

 悔しかったのは、自分よりも遙かに劣っているはずの兄が経営する会社が安定して利益を生んでいたことだった。会社としてやっていけていたことだった。

 遺影に移った父の顔を見た征一は、何かの糸が切れたように虚ろだったという。

 兄が死んだのは、それからまもなくの事だった。

 飲酒運転による事故死だと警察は判断した。

 征一は正式に社長に就任した。

 邪魔な兄と父がいなくなり、ようやく自分の時代が来ると錯覚した征一が再び壁にぶつかるのに、そう時間はいらないかった。

 業績不振に経営悪化。兄を支えていた社員の離職。

 度重なる不運が彼を襲った。そう嘆いていた。そう信じていた。

 武蔵神と出会ったのは、ちょうどその頃だった。


「どうした? なにか不安でもあるのか」

 窓から望む東京湾を眺めていると、頭の中に声が響いた。

「なんでもないよ。少し、考え事をしてただけさ」

 最高のパートナーに心配をかけぬよう、言葉を濁す。

 眼下には信号と道行く車のヘッドライトがうるさく点滅している。もうすぐ、この町も自分の物になるのかと考えるだけで、興奮が隠せない。

 思わず口の端が吊り上がってしまった。

「やあ、それにしても良い物だとは思わないか」

「あん?」

「この町を、我が社が思いのままに操れるんだ。兄さんでも父さんでもない。この僕の力でね。君のおかげだよ。本当に感謝している」

「そんなことより、泰然の一行はどうするのだ。見失ってしまったと聞いたが」

 心配性のパートナーが告げるも、それはあまり気にしてはいなかった。

「大丈夫さ。きっとまた何らかの動きを見せるはず。もう私の種はあらかたまき尽くしたからね。どれかは引っかかってくれるさ」

「敵は泰然と言ってな。言いたくはないが私の天敵でもあるのだ。万が一にでも、種を不活性化なぞされてしまったら計画はおじゃんだぞ」

「心配性だな。君も言ってたじゃないか、相手は田舎のロートルだってさ。そんなのに負けてやる気はないよ」

 夜空を見つめて不敵に笑う。

 計画実行まであとわずか。

 今邪魔されるわけにはいかないのだ。

 征一には武蔵神にさえ伝えていない作戦があった。

 もうじき来るはずの未来を想像して、夜景に乾杯をした。



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