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神のマニマニ   作者: 朝日ドライ
7/14

対峙

 こうして、詳しく説明をした。

 始め泰然はずいぶん難しい顔をしていたが、やがて「それは」と口を開いた。

「武蔵の神の仕業に違いない」

「武蔵の神?」

「左様。武蔵神、昔の神とも呼ばれているがな。コイツはまあ神連中の中でも古株で、それでいて乱暴なやつなのよ。前にワシの宴会を断ったときも、たいそう立派な言い訳でいけすかな……あ? それはいい? あ、そう。ともかく、この神は陰気で執念深くて図太い。こりゃあまた厄介なやつが暴れ出したもんだな」

 泰然はかみしめるように「思い出したくもない」と呟く。

 彼の言っていることが正しいのならば、とんでもなく厄介な神に目をつけられてしまったと三好は震え上がった。

「なるほどな。今回の騒動、やつが裏で手を貸していたとなれば納得がいく。しかし、やつの力を利用している男の狙いが読めん。いったい、これだけのパンデミック騒ぎを起こしてどうするつもりなんじゃろか」

「それなんですが、武蔵神の力って、具体的にどんなのなんですか? その中に例えば、自分を分裂させる力とかはありますか?」

 本題をようやく切り出すことが出来た。

 ここでそうだと認めてくれれば簡単だったのだが、

「いや、ないな。聞き覚えがない。あのじじいの力にそもそも誰も興味はなかったろうが、しかしそんな力を持っていた覚えはない」

「え……。となると、あちこちから武蔵神の匂いがするって言うのは?」

「それなら心当たりがある。あのじじいの力はまあいろいろあるが、そもそも神の力は一つではないが、その中に生物を支配するってのがあった」

「生物の支配? そんなこと出来るのか?」

「聞いたことがある。なんでも、あのじじいが力を込めた種を標的に植え付けるんだと。そうすれば、対象を意のままに操れるとか。それで他の神を殺したことさえあるって噂じゃに」

 このおじさん、まあ、外面は少年なのだが、ともかくこの人が言っていることは信じたくないような内容だったけれど、しかし神霊やらなんやら三好はすでに何発もビックリパンチをこの日受けていたので、信じざるをえないんだろうなと直感で察していた。

「あの、すいません」

 おじさんを凝視していたら、背中にずいぶんと無遠慮な声がかけられた。それはとてもぶっきらぼうで、感情がこもってないみたいな。

 二人が振り返ってみると、そこには卍の形をした妙なグロスを握ったお兄さんが立っていた。

「お二人が、社長の言ってる二人でいいんですよね」

「社長じゃ? なにいっちょる」

「ああ、何も言わなくて結構。勝手に確認しますんでね」

 そういうとお兄さんは緩慢な動作でグロスを上下左右に振りかざす。

「えーっと、ふむふむ、やっぱりそうか」

「なんじゃさっきから。鬱陶しいやつだの」

「あなた達がやっぱり社長の言う二人のようですね」

「だから、社長ってなんですか一体」

 口々に文句を訴えるも、これが彼に届くこともなく。

「いやぁ、非常に残念なお知らせなのですがね。いや、実際我々にとっちゃあ都合の良いお知らせなんでありますが。お二人に恨みはありませんが。いや、我々にとっちゃ恨みどころか殺意さえ持っているのですが。お二人にはここで、消えてもらいたいんで」

 言い終わりもしないうちに拳がはじけ飛んだ。三好の拳ではない。グロスを握っていたお兄さんの拳がである。

 目にもとまらぬ早さで、泰然がはたき落としたのだ。

「油断も隙もあったもんじゃない。まったく」

 そうである。三好は気がつかなかったが、二人は攻撃を受けていたのであった。

 次に行動できたのは、その瞬間に痛みでお兄さんが金切り声を上げたからであった。

「いっっっっきぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」

「逃げるぞ。騒ぎになる前に」

 泰然に半ば強引に引っ張られる形でその場を後にした。

 それはさながらマニマニと初めて出会ったあの日のように。

 しかし、あの変な人と問答していたときにはすでに目をつけられていたらしいもんだから、行く手には何人もの人だかりが完成していて、二人の逃げ道を完全に塞いでいたのである。大ピンチ。

 慌てて裏路地に逃げ込んだ。

「おいおい、どうなっとるんじゃ」

「包囲されてる!! 捕まる!!」

「気ぃ引き締めぇよ。捕まっちゃら終わりじゃと思え」

「神様なんとか出来ないの??」

「この体マニマニのもんじゃに。下手なことすると四肢が爆散すっき。ワシャ痛くもかゆくもないが、それは困るじゃろ」

「困る。超困る」

 ゴミや飛び出た配管で雑然とした細道がすぐ足を絡め取ろうとしてくる。終始誰かから見られている気がして、三好はなんだかとても嫌な気分だった。

「そこの開いてる扉に入ろう」

 するりと体をドアの隙間に滑り込ませて、追っ手が来る前に鍵をかけてしまった。

 そこはどうやら廃墟だった。

 昔は何らかの印刷所だったのだろう。コピー機やデスクが埃を被って放置されている。

「なんだか、辛気くせぇな」

「最近はこういう場所も増えてるんですよ。案外」

「はん、この場所もワシの島と大して変わらんのじゃの」

 ビリビリのカーテン越しに外をうかがうと、さっきのお兄さんと同じグロスを握った男達がそこら中をうろうろしていた。

「しまった。囲まれてるなおい」

「どうするんですか。このままじゃ、見つかるのも時間の問題ですよ」

「逃げるしかないが、おい、おまんどっか逃げる場所の見当はないのか?」

 場所の見当と言われても、三好に思い当たるのは自分の家か、もしくは薫子の屋敷ぐらい。自分の家だと攻め込まれたらひとたまりもないから、出来れば薫子の家にお邪魔したいのだけれど、と思案。

「なんじゃあ、はっきりせぇ」

「心当たりはあるんです。えっと、電話してみますか?」

 泰然のうなずきをもって、スマホを取り出した。

 無機質なコール音を聞きながら、チラチラ外の様子を伺う。「そっちいたか」「いない。こっちいってみよう」と荒っぽい声におびえる三好。

 十数回のコールにしびれを切らして泰然が怒鳴った。

「ええい、まだ繋がらんのか!」

「出ないんです! むこうでも、なにかあったのかも」

 しかし、直接敵の親玉らしき人物に出会った自分達ならまだしも、薫子はあの男と会ったわけではないはず。それならば襲われている可能性も低いのだが。

 軽く肩を叩かれ見上げると、サムズアップで外を示した泰然が。

「誰もいなくなった。心当たりの方に行けんのは残念じゃが、とりあえずここを脱出するぞ」

 音を立てないように外にでて、大通りを目指した。

 グロスを握った男の姿は消えていた。

「今がチャンス、か?」

「ダッシュ!」

 急いで転がり出た。

「一旦、私の家に向かいましょう。そこに敵がいないとも限りませんが。空飛んだり、透明になったりとか出来ます?」

「空は飛べるが、あいにく上を見てみろ」

 促されるまま上を仰いだ。気がつかないうちにアーケード街に来てしまっていたらしい。天井が見る限りに伸びていた。

「なら、まずはアーケード街を突破する」

「そうはイカの天ぷら」

 目標を見定めたと思ったら、不意にすれ違ったおばさんに足をかけられて転倒した。

「あらあら、ようやく出てきたと思ったらずいぶんと単純なのに引っかかってくれましたね、文字通り」

「おまん、何しよっちゅに!」

「違う、神さま、こっちじゃない!」

 三好の叫びもむなしく、泰然はあらぬ方向から来た人達にのしかかられてしまった。

「神さま!」

 のしかかってきた人達は、よく見てみれば先ほど、ついさっきグロスの男達に襲いかかられるまで何食わぬ顔で歩いていた通行人だった。

 そのうちの一人が、感情の壊れたロボットみたいな表情で三好を見つめて、静かに笑いかける。

「あんたらが逃げるから悪いんだな」

 その言葉に同調するように、他の人達も口々に叫びだした。

「そうそう」

「お前らのせいだ」

「社長の言うとおりにしないから」

 三好は困惑していた。ほんの数分前までいつも見ているような街のワンシーンを創り出してた人々が、あっという間に敵になって襲いかかってくる。この町は、潜んでいただけで初めから三好達の敵だったのか。

「お前ら、大人しく消えてもらう。社長の野望のために」

 泰然はいつの間にか動かなくなっていた。

「おい、神様、どうしたんだよ。おい、マニマニ!」

 懸命な呼びかけにも反応一つ示さない。

 泰然を手にかけて、次のターゲットに視線を代える。

「お前も、消えろ」

 わらわらと手が伸びてきて、ついに三好の腕を掴んだその時であった。

「待てやおい」

 瞬間、三好も含めて周囲の人は吹っ飛んでいた。

 勢いのまま八百屋の隅の段ボールに顔を突っ込む。衝撃と何が起きているのかわからない混乱で目を回し気を失っている間に、その衝撃波の原因はゆっくりと立ち上がり首をならした。

「人間をなんだと思っておる。匂いがこびりついとったわい。なあ、武蔵神」

 泰然は空を睨んで、三好の姿を探し確認して無事を確かめた。

 彼に吹き飛ばされた通行人は、しかし平気な様子で立ち上がると、ゆっくりと泰然を囲む。そこには、先ほどのグロスを持った男達の姿も。

「洗脳、いや傀儡にしとんのか。いずれにせよ、相変わらず、いや、前より一層陰鬱な手を使うなおまんは」

 自分を襲ってきた人達についた匂いから、敵の正体を武蔵神だと断定した泰然。

 マニマニの体を使っている代わりにフルパワーを出せない制約もあり、地味にピンチな状況のはずだが、余裕の表情である。

 彼を囲んでいた男の一人が言った。

「なにがおかしい」

「いや、おまん、ワシのことなめとるじゃろ、と思ってな」

「なめるだぁ」

「そうじゃろ。ワシのことを泰然の神だと思っておるなら、この手は悪手じゃろうて。そもそも、おまんとワシとでは相性が最悪なのも覚えとらんのか。はっ! 年をとると神も阿呆になるんじゃの」

「馬鹿にするなよ、泰然」

 敵がみえみえの挑発にのっかった。

「いい加減にしろ。だいたい、この千年間適当な島で惰眠をむさぼってたやつと、この地を守り抜いてきた私とでは年季が違うんだ年季が」

「ようやく正体を現したなボケ神め」

「うるさい。それに、お前との相性が悪いというのも、違うな」

「何が違うんだ。おまんの傀儡とワシの染妄とでは性能に差があるんじゃよ」

「何年前の話をしているんだ」

 そのころ、ようやく意識を取り戻した三好は口が塞がらなかった。

 空気がしびれる、とはこういうことなのだろうか。ただの、どこにでもありそうなアーケード街。そこに集まっている謎の人だかり。その中心で向かい合って話している男達の片方が泰然だった。

 泰然と相対する男。姿こそ先ほどのグロスのお兄さんだが、雰囲気が違う。まるで、さっきマニマニから泰然に変化したときのような違和感があった。それにあの会話の内容は、とてもただの人の話には思えない。

 三好はそして、いまあの男に乗り移っているのが、今回の事件の元凶である武蔵神という物なのだと理解した。

 グロスの男、に乗り移った武蔵神は続ける。

「お前が知らない間にも、俺は力を研鑽し続けてきた。全てはよりよき神になるために。そして、私はいま私の力を必要とする市井に力を貸している。この意味、同じ神ならわかるよな。強い信仰こそ神の力の源。お前の知る私とはひと味もふた味も違う」

「それで、どこぞのボーズのろくでもない企みに力貸してる訳か。なら、なんでワシの島に来た。ワシを挑発するつもりなのか。神の仕業だとバレずに実験できるとでも勘違いしたのか。応えろ」

「もう、お前と話すつもりはない。愚かな前時代的神め」

「待てよ」

 一方的に話を切り上げた武蔵神は、右の手で天を指し示すと、ゆっくりと泰然に向かって突き出した。攻撃の合図だと、傍目で見ていた三好にもわかった。

 わかったからと言って、三好がカバーに走り出しても間に合う距離ではなかった。そもそも、三好が間に合ったからと言って何かが変わるとも思えなかった。

 だが、三好は走り出した。その手を目一杯伸ばして、なんとか一人でも泰然への凶行を食い止めなければと必死だった。

「やめろ!」

 それは心からの叫びだった。

 そんな声にかまわずに、人だかりは一目散に泰然めがけて突撃していた。万事休すか、と覚悟した。

「辞めろ」

 しかし、泰然の一言で、人の動きは停止した。

 一斉にである。

「止まった……?」

 唖然と見つめる三好。武蔵神から人々に出した命令が、泰然によってかき消されたと言うことなのだろうか。

 だが、

「甘いな、泰然。やはり衰えたか」

 しばらくすると、先ほどと比べてゆっくりとではあるが、確実に人だかりは泰然への距離を縮め始めていた。

「なんで……」

 三好は唇を噛んで拳を握る。

「やっぱり止まらない! くそったれ!」

 最後尾の男を、勇気を出して殴り倒した。

「逃げろ! 空とべ!」

 後ろからの声に泰然と武蔵神が反応を示す。

「まだ生きてたのか。ふむ」

「おまん、そっちこそ逃げんかい! ワシも、しょうがない。飛ぶぞ!」

 軽やかに重力に逆行して宙に浮かんだ泰然。そのまま群衆の上を通り過ぎようと急ぐのだが、群衆の一部が肩車を初めて、あっという間に人の壁が完成し泰然の行くてを阻んでしまった。

「おい武蔵神、重さで圧死するぞ! 今すぐ辞めさせぇ!」

「なんでさ。そしたらあんたが逃げるだろ。それをさせないための人壁なのにね」

「くそが!」

 ギリリと歯を鳴らして眉間にしわを寄せた。

 一方、三好もピンチだった。

「突然、襲ってくんな!」

 方向転換をした後ろの数名が三好に殴りかかってきた為である。

 かわし、よけ、なんとかしのいでいるも、喧嘩の経験など皆無な三好がやられてしまうのは時間の問題だった。

「終わりだ。忌々しい疫病神め。これでやっと消えてくれるな」

 高笑いをする武蔵神。

 絶体絶命かと思われたその時、救いの手は、上空から現れた。

 突如現れたヘリコプターがアーケード街の屋根を壊して乗り込んできたのである。

 割れたガラスが周囲にばらまかれるのを、泰然が衝撃派を放って全て微塵に破壊してしまった。

「あら、皆様ごめん遊ばせ。ところでそのグロスには私見覚えがあるのですけど。ふふ、ああ、合点。さっきの方達ですね。そうですか。なら、気兼ねがいらないというもの」

 その声にはずいぶんと聞き覚えがあった。

「薫子!」

「ミョンシー、助けに来たわよ!」

 近衛グループの紋を彫り込んだヘリコプターは、三好達にとってこの上ない希望であった。

 虚を突かれた人だかりの、一瞬の隙を狙って、すさまじい早さで泰然が三好を救出。

「危ないとこだったな」

「し、死ぬかと思った……」

 急いで薫子の元へ。

「間に合ってよかった」

「ありがとう薫子。でも、どうして俺達がピンチだってわかったの?」

「ふふ、乙女の勘、って言いたいけどね。ま、詳しい話は後でするわ。ともかく乗って」

 促されるままにヘリに乗り込んだ。よく見てみると薫子の靴が外靴ではなくスリッパになっている。どういうことだろう。

「ほら、マニマニ君も早く」

 泰然の背を押して乗るように勧めたが、その体は微動だにせずまっすぐ一人の男を睨みつけていた。

 深く息を吸って、一番の大声を上げる。

「武蔵神! いい加減にしとけよ! 次はおまんの目論見、木っ端微塵のぐりぐりに叩き潰してやるでの!」

 乱暴に乗り込んだため機体が大きく揺れる。それでも、実に確かな具合でヘリはアーケード街から離れていった。

 チラリと横目で泰然を伺っていた三好だが、その視線はそこが見えなくなるまで一点をにらみ続けており、おそらくはその睨まれていた相手も泰然を睨みつけていたのだろうなと予感させた。


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