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神のマニマニ   作者: 朝日ドライ
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スパイ大作戦

 金曜日の朝はうどんを食べた。駅前の、立ち食いうどん屋だ。

 三好の朝は遅い。九時に起き出して冷蔵庫をあさり、何も出てこなければ空腹を紛らわすための散歩を一時間してバイトに出かける。ここ三年は自分で考えてもだらしない朝を繰り返してきた。

 それがこの日は久々の早起きをした。まだ西の空は星が輝いている時間に床を出るときっちり身だしなみを整えて国鉄の駅に着いたときにはまだ人通りは少なかった。そしてなけなしの所持金を消費してかけうどんを啜っていたのである。

 マニマニは隣にいなかった。昨晩から、何かすることがあると言って外へ出て行ってしまったのだ。そもそも神様に狙われている厄介の元は彼なのだから、近くにいないのは嬉しいことだった。

 ちらほらと通勤通学する人が出始めた時間になって、大きい荷物を抱えたマニマニが顔を見せた。やたら人目を引くそれは何なのか訊ねる。


「なにそれ」

「今日の持ち物さ」


 なんでもないよ、と適当にあしらわれてしまった。

 マニマニは出会ってから始めてみたまともな姿の三好に驚いてしまったようで、目をぱちくりさせていたが、やがて気を取り直したように訊いた。


「そっちの準備はどうだい?」

「まあ、ほどほどに上々だよ」

「緊張してるんじゃないだろうな」

「そりゃあするさ。なんせ、スパイごっこなんて子供の頃やった以来だし。バレたらどうなってしまうのか」


 どんな理屈をこねようが、盗みは犯罪だ。小市民として軽犯罪くらいは皆やっているからと犯す三好も、スパイレベルの経験は当然無く、恐怖で体がガチガチに固まっている。


「そういうときは無駄話に限るよ。まだ少し時間に余裕はあるから、話しながら向かおうぜ」


 まったく緊張してなさそうな笑顔が、三好は羨ましかった。


 待田製薬は日本全国で高いシェア率を誇る大企業だ。その業績はすさまじく、どれだけ世間と隔絶した人生を送っていようとも、待田製薬の名前を見たことがない人間などいようはずもない。

 社屋は世田谷にある。本社ビルは周りと比べても一際存在感があるためすぐに見つかった。エントランスには花が飾られており、入り口のすぐ横には負けじと華やかなドアがあった。


「受付って、ここかな」


 入ろうとするとマニマニに止められる。


「これトイレだから」


 受付嬢はずいぶんと若くて綺麗な人だった。


「いらっしゃいませ。本日は、どのようなご用件でしょうか」


 化粧は派手すぎずに、しかし好印象を持ちやすいように美しく整えられている。そんな女性に話しかけられて、ここ数年女っ気のなかった三好が耐えられるはずもなかった。


「ああああ、あの。その、えっと、その。ふふ、ま、間違えましたあ」

「こらこら間違えてない。すいません、緊張しいなもんですから。MRの合同説明会で来ました。第二会議室はこの先ですか」

「申し訳ありませんが、まずは身分確認のご協力をお願いできますか?」

「はい。光川製薬の山下と、こっちは田中です」

「光川製薬様ですね。少々お待ちください。……光川製薬さんからは、大西様と久保田様がいらっしゃるとお伺いしておりますが」

「ああ、それが二人とも体調をこじらせてしまってて。代理で僕らが来ることになった旨をご連絡したと思いますが」

「確認します。少々お待ちください。……確かに、光川製薬様から代理が来ると伺っております。お手数おかけして申し訳ありませんでした。第二会議室へは突き当たりのエレベーターで三階まであがっていただければわかると思います」

「こちらこそすいません。では」


 マニマニの巧みな話術で、侵入に成功した。

 エレベーターホールへと向かう道すがら耳打ちする。


「どうやったのさ。光川製薬なんてあんの?」

「来る途中に外で見かけたんだよ。ま、本当の山下と田中は今頃渋滞にはまって動けなくなってるだろうけどな」


 MRに扮して会議に潜入する作戦を伝えてきたのは薫子だった。本当は彼女の計らいで近衛グループの子会社の社員になりすます予定だったのだが、それだと足が着いてしまうかも知れないと危惧したマニマニがなんとかすると宣言したのだった。

 そこでふと、思い当たることがあって三好は隣の顔をのぞき込む。


「なあ、もしかして昨晩から外出てたのは」

「いや、なにか利用できないかなって思って歩き回ってただけだから。光川製薬のことを知れたのはたまたまラッキーだっただけだよ」


 こいつ、只者ではないと改めて思った三好だった。

 三階は静かなフロアだった。グレーのフローリングは足音を殺し、照明の問題で廊下全体が薄暗い。ここで襲われたら気がつかずにやられてしまうかも知れないなと、余計なことを心配する。

 第二会議室は突き当たりを右と標識があったが、二人は反対方向へと向かった。その先には非常階段があった。ドアにカギがかかっていたが、マニマニが難なく開けた。

 階段には人も監視カメラもなかった。


「不用心だな。不審者がここに侵入したら、気づかずに移動されるぞ」


 言いながら堂々と上へ登るマニマニ。


「ま、オレたち自体不審者なんだがな」

「もっと忍んで移動できんものかね。誰かに見つかったらどうするよ」

「その時は、オレの鉄拳制裁が火を噴くぜ」

「暴力すな」


 五階で二人はフロアへ戻った。研究室があるフロアだった。

 誰かに見つかってしまう不安でキョロキョロと周囲を伺い続けていた三好に、不意に注意がとんだ。


「いいか。今日の目的の一つは企業スパイとして情報を持ち帰ることだが、もう一つ、東京を荒らしている神の情報を探るのも忘れるなよ」

「わ、わかってるさ。わかってるが、探るったってどうすりゃいいんだよ。俺には君みないな特殊能力がないんだ」

「ないならないなりに頑張るしかないな。期待してるぞ」


 そういうとサッサと研究室目指して歩き出す。

 三好はその背中をキッと睨みつけると、


「適当なアドバイスどうもありがとう」


 急いで追いかけた。

 五階の廊下には左右に沢山の扉が着いていた。そのどれもが誰かの苗字に研究室とある看板をぶら下げている。


「これ、全部研究室なのか」

「だろうな。うかつなことするなよすぐ見つかって計画がパアになったら困る」

「こっちの台詞だ。君こそ、下手に見つかってくれるなよ」


 マニマニはしばらく歩いたがやがて振り返るとこう提案した。


「部屋が多い。手分けして探すぞ。夢想病とある資料を集めるんだ」

「わかった」


 左右に分かれた突き当たりで二手に分かれる。


「それじゃ、オレは左に」

「なら、俺はこっちだ」


 お互いに目で慎重な行動を促した。

 マニマニは神の力を使って手当たり次第に調べたが、手がかりとなりそうな物は見つけられなかった。


「くそ、どこにあるんだ」


 ない捜し物についついぼやいてしまった時、遠くから近づいてくる人の気配を感じた。すぐにロッカーに身を隠すと、入れ替わるように人が二人ほど入ってきた。白衣を着たそいつらは研究者だと思われた。


「にしても、社長も無茶言うよな。夢想病のワクチンを作れだなんて」

「原因もわかってないんだ。作れるわけないのにな」


 当たり前だ、と心の中で突っ込む。夢想病は現世に降りた神が起こした厄災だ。人の力でどうこうできるような物ではない。今の段階では神の企みは不明だが、それを止めるために今自分が動いているのだ。

 と、ここで二人の話が妙な方向へと動いたのを察知した。


「あ、でも、噂に寄れば社長はそこまで本気じゃないらしいぜ。なんでも、適当に作ったビタミン剤をワクチンとして売り出すとか」

「マジかよ。バレたらやばいじゃん」

「それが、絶対にバレないって言ってるんだってさ」


 ただのビタミン剤を投与しただけでは夢想病は治るはずがない。にもかかわらず、絶対にあり得ないと言い切る。


「どういうことだ?」


 ロッカーの中で、マニマニは深く考えていた。

 一方、三好の方は探索がほとんど進んでいなかった。


「くそ。俺はただの一般人だってのに、なんでいつの間にか産業スパイやらされてんだよ。それもコレも神霊ってやつのせいだよ。まったく」


 ぶつくさと文句をたれながらも調べていく。とはいっても、三好のようにドアをこじ開ける術を持っていないので、開いている部屋をしらみつぶししているだけなのだが。


「あーー、これじゃない。これでもない。全然ないーー」


 入って、調べて、こっそり出て。繰り返しの作業にそろそろ疲れていたので、三好の警戒レーダーはかなり反応が鈍ってしまっていた。だから気がつけなかったのだろう。


「そこで何をしてるんだ」


 不意に声をかけられて、三好は飛び上がって驚いた。見つかってしまった。


「あ、すいません。ごめんなさいもうしません」


 すかさず謝罪の乱れ打ち。流れるような土下座まで繰り出す。


「や、別に怒ってるわけじゃなくて。だからそこまで謝らなくても」


 声の主は想定外に謝り倒されてしまって困惑した声を上げた。地面を見つめ額をこすりつけたままの三好に手を差し出す。


「ほら、顔あげて」


 言われたとおり顔を上げると、そこにいたのはハンサムな中年男性だった。髪はさらさらで目鼻立ちは整っており俳優と間違えてしまいそうだが、体格はしっかりしておりどこかアンバランスに見える。その柔和な顔に三好はどこかで見覚えがあるような気がした。

 男性はおびえる三好を見て、手を引っ込めると顎に指を這わせる。


「君は、中途で入った子かな。ごめんね、人の顔を覚えるのが苦手で」


 おや、もしかしてこの人、自分を社員と勘違いしているのでは、と感づく。すぐさま話を併せにかかった。


「そ、そうなんですよ。あはは」

「こんなとこで何してるのかな。今日はこの棟は誰も使う予定はないはずなんだけどな」

「すいやせん。自分、方向音痴が生まれてからの唯一の取り柄でござんしてね。迷ってるうちにこっちへ来ちまったみたいで」

「ずいぶんと不思議なしゃべり方で。辞めた方が良いと思うよ、それ。ほら、こっちの方へ歩いたら、多分君の研究室に戻れるんじゃないかな」

「あ、ありがとうございます。それでは」


 余計なボロを出さない間に逃げてしまおう。そう踵を返した背中に、


「ああそうそう、もう一つだけ」


 その声は、先ほどまでとは少し雰囲気が違った。


「君は神を持っているか?」

「……ウチは代々仏教でして。神と言うより仏です」

「そうか。妙なことを訊いてしまったね。じゃあ、頑張ってくれ」


 そういうと男性は曲がり角に消えていった。


「なんだったんだいったい……」


 素朴な疑問であった。

 別れた通路で合流した二人は、互いに情報の収穫がなかったことを確認した。


「役に立たねぇやつだな」

「君だって、おんなじじゃないか」


 頬をむくれさせる三好に苛立ったように声を上げる。


「同じじゃない。俺はちゃんと情報をとってきてる。企業スパイとして働いてるんだ。それが出来ないならせめて敵の情報とってこいって話だよこの、木偶」

「あ、今言っちゃイケないこと言った。ダーメなんだダメなんだ」

「ごちゃごちゃうるさい。行くぞ」


 サッサと退散しようと一階に降りて出口に向かう。今度は受付を素通りして、何食わぬ顔で闊歩していたその時だった。


「やあ、もう休憩かい?」


 やけに朗らかな笑みで一人の男が三好に声をかけたのだ。それは、先ほど遭遇した謎の男だった。

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