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神のマニマニ   作者: 朝日ドライ
4/14

近衛財閥のご令嬢

 次の日、中古のビートルでやってきたのは都内某所の大豪邸だった。高級住宅が立ち並ぶ中に、広々とした庭園が広がっている。アネモネの花の彫刻が施された白門越しに、旧西洋様式の屋敷が覗けた。

 マニマニは外構に寄せて停車した車から降りると、その圧倒的な広さに唖然とした。


「すごいな。これ、家なの?」

「まあ、家というかお屋敷というか。行くぞ」


 呆けるマニマニを横目に、三好は門の正面まで行くとこれまた豪勢なチャイムを鳴らした。五秒もしないうちに刺々しい声がインターホンから聞えた。


「どちら様でしょうか」

「こんにちは、三好明と申します。近衛薫子さんはいらっしゃいますでしょうか」

「主人とどのような関係で」

「東智大学の学友なんです。オカルト研の三好といえばわかると思うんですが」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 冷たい声は一瞬消えて、しばらく待っていると、


「三好様ですね。失礼しました。どうぞお入りください」


 通話が切れると同時に、ゆっくりと重々しく門が開いていった。そして、


「いらっしゃいませ。ようこそ近衛家へ」


 門の向こう側には、清潔感のある給仕服に身を包んだ女性が立っていた。

 背はスラリと高く、目つきはタカのように鋭い。あの人の好みだなと三好は感じていた。


「薫子様がお待ちです。こちらへどうぞ」


 女性はそういうと踵を返して屋敷に続く道を歩き出した。まだ圧倒されえているマニマニに声をかける。


「ほら、ついてこい」

「あ、はい」


 屋敷の庭は実に丁寧に整えられていた。右側にはベンチとテーブルが設備されている。晴れた日にはここでお茶でも飲むのだろう。左は一方で短く刈られた芝生がただ広がっている。テニスコート一つ分は余裕で入りそうな大きさだ。


「東京ってすごいな。テレビで見たとおりだ」

「ここが特別なだけだよ」


 マニマニの田舎者感が丸出しになっている。


「つきました。どうぞ」


 二人の会話には全く反応を示さないまま進んでいた給仕が扉の前で立ち止まった。ドアノッカーはライオンの顔が彫られ、樫の木でできた観音開きの扉は見るものに重厚そうな印象を与える。

 給仕はさっとノブに手をやると、難なく扉を押し開けてしまった。

 二人の目に飛び込んできたのは、これまた広い玄関ホールであった。正面には二階へとつながる大きな階段があり、床は大理石、天井は両手を伸ばしても収まりきらないシャンデリアが空間を照らしている。通路の奥にはもう一人執事服の老人が立っていて、各扉の向こう側にも人の気配が少なからずあった。香水を焚いているのかフロア全体に花の香りがしていた。

 給仕は二人に頭を下げると、速足で二階へと昇っていく。主人を呼びに行ったのだろう。


「おい、ミョンシー。ホントに協力のアテがあんのか?」


 マニマニが不安げな顔をする。ここまでのお金持ちだとは思っていなかったのだろう。仕方あるまい、彼女はあまりにも格が違うのだから。

 三好はしかし、マニマニを安心させるうまい言葉を思いつかなかった。


「多分ね」


 だから淡白な返答になってしまった。

 しばらく待っていると、他とはひと際違う靴音がして、やがて階上から一人の女性がゆっくり降りてきた。レモン色のワンピースをひらりとはためかせて、上品な化粧が彼女の美しさを際立たせている。左耳につけたクローバーのイヤリングがきらりと光った。

 彼女は二人を見つけると、心底嬉しそうに目を細めた。目を奪われたマニマニを小突いて、三好は軽く腰を折る。


「お久しぶりです、薫子さん」


 やけに他人行儀な挨拶をした三好に向かって、女性は階上から勢いよくジャンプして喉元にラリアットをかました。


「あーん久しぶり!」


 もろに直撃して三好は何度も咳き込む。

 一方、何事もなかったように立ち上がった女性は服についたホコリをパンパンと払って言った。


「懐かしいわ。大学以来だから、五年ぶりね。三好くん」


 この涼しい顔でいきなり攻撃を仕掛けてきた事実が、単純に恐ろしい。


「まともな人なのこれ?」


 耳打ちをしてきたマニマニを叱りつけるように三好は言った。


「こら、あんまり滅多なこと言うんじゃない。これは、親しい間柄にだけ存在するやつなの。俺は許してないけど」

「許してないんかい」

「それに、彼女こう見えて大企業の社長様なんだからな」


 三好の言葉に今度は単純に驚いた。人って見かけによらない。

 近衛薫子。大企業近衛グループの会長であり超が付くほどのお金持ち。世界の資産家ランキングでは毎度トップテンに食い込んでいる。その経営手腕は大胆かつ丁寧で、『近衛の家康』と陰でささやかれているほどだ。

 そんな彼女だが、もう一つオカルトマニアとしても広く知られていた。古今東西の妖怪や神話を調べつくし、自分の多額の資産をつぎ込んで世界中に散らばるいわくつきの物品を集めている。ネス湖のネッシーを捕獲したことでも有名である。

 三好と彼女の出会いにもオカルトがかかわっている。というのも三好が大学生だった時に所属していたオカルトサークルの先輩後輩の仲なのだ。


「フィジーへ研究旅行に行ったのが昨日のことのように感じられるわ」

「そんなとこいったっけ?」

「覚えてないの? もうまったく、失礼しちゃうわね」

「いっつもこんな具合だったからあいにくなぁ」


 プリプリと頬を膨らませ怒ったポーズをとる薫子。

 しかし、すぐに気を取り直した様子で。


「立ち話もなんだから、どうぞ談話室へ来て。おいしい紅茶を仕入れたの」


 数年ぶりだというのにいい意味で全く変わっていない笑顔に、昨日からの緊張がほぐれていくような気がした。

 彼女に連れられて入った談話室は、全体的に赤色だった。カーペットに、壁紙も。鮮烈な色に囲まれてなんだか落ち着かない。

 部屋の奥側には暖炉があり、その上には大きな絵画が飾られていた。それはチェスでよく見る駒に手足が生えていて、お互いに戦争している絵。そこで三好はふと気が付いた。


「鏡の国のアリスか」

「まあ、さすが三好くん」


 テーブルの上手に先に腰を下ろした薫子が目を輝かせる。マニマニは、口をへの字に曲げて三好を見上げた。


「なんだそれ」

「外国の小説だよ。ルイスキャロルの」

「有名なのか」

「君はもっと本を読んだほうがいい」


 薫子にすすめられるがまま並んで下手に座る。給仕が運んできた紅茶に口をつけて、ほっと一息ついた。


「この紅茶も、この部屋に合わせて選んでるの。いいセンスでしょ」

「そういうところ。君も大学時代から変わってないですね」


 紅茶を自慢げに紹介する彼女に、大学の部室時代のやり取りを思い出し、思わず笑みがこぼれた。

 薫子はそこでふと、くりくりとした大きな目をじっと三好に向けて、


「三好くん、そういえばさっきからずっと敬語だけれど、なんで?」


 その問いかけに、三好は顔をそらした。


「え、なにその反応」

「いや、ははは」


 顔をそらす三好と、そんな彼を睨む薫子。紅茶を黙々と飲みながら二人のやり取りを見ていたマニマニは手をうった。


「そうか。ミョンシー久しぶりで恥ずかしいんだ」

「あらま」

「おい。君、そんなわけないだろ。俺が、どうして恥ずかしがらなくちゃあいけないんだ」

「どう接すればわかんないんでしょ。距離感測りかねてる」

「そんなバカなことないさ。いい加減にしてくれよ」

「なら敬語なんて使わずに話してくれるわよね、三好くん」


 二人に挟まれて、心理的に追い詰められた。

 額に汗がだらだらと流れて、動悸も早くなっていく。三好はとてもじゃないが言えなかったのだ。久しぶりに会う後輩が、以前と全く変わらずにいたのが衝撃で、あの頃からは想像もできないくらい落ちぶれてしまった自分がどう接すればいいのか分からなくなったなんて。

 無言の圧に負けて、ついに三好は無理やり言葉を直すことにした。


「もちろんだとも、近衛」

「それで、そちらの方は? はじめましてのような気がするんだけれど」


 ひと悶着あったのちに、今度はマニマニへと視線をやる。そういえば、まだお互いの紹介もできていない。


「ああ、悪い。紹介するよ。こっちはマニマニ。ちょっと色々あって、一緒にいる」


 ちょっと色々とは、まったくうまく言えていないなと自分の要約力のなさに情けなくなった。

 マニマニに向き直って、今度は薫子の説明をする。


「こちらは近衛薫子さん。俺の大学の後輩で、近衛グループっていうでかい企業の超若手天才会長だ」

「もう、超若手美人天才会長なんて。その通りなんだけどね」


 言っていない『美人』の一言と、まったく謙遜しない態度に三好は「ほんと変わってないな」と呟いた。

 いつまでもおちゃらけモードで話はできないと、姿勢を正して薫子に向き合う。

 いつになく真剣な表情の三好に、薫子もティーカップを皿に置いた。


「今日は、近衛に相談があって来たんだ」

「相談?」

「ああ、単刀直入に言って、お金を貸してほしい」


 仲間になってくれ、とは言えなかった。いくら大企業の社長とはいえ、大学時代と変わらぬ笑顔を見せる彼女を巻き込むことは出来ないと思ったからだった。

 しかし、お金という単語が出ると薫子は眼を鋭くさせる。


「額は?」

「具体的には言えないが、一万二万の話ではないかな」


 もし仮に神の悪巧みというのがとんでもないもので、もしくは神とやらが恐るべき強さを持っていてしばらくの間は方々を逃げ回らなければならなくなった場合、その間の必要経費はどれだけ節約してもバカにならない金額になるだろう。そう思っての発言だった。しかし、それは薫子のスイッチを入れた模様で、


「それは、後輩としての私に頼んでいるのですか。それとも近衛グループ会長の近衛薫子への依頼ですか」


 予想外の確認に、とっさに目をそらしてしまう。


「それは……」

「いくら見知った仲だとは言え、簡単にお金を貸すほど私は甘くもないし、世間を分かっていないわけではないですよ」


 突きつけられた言葉に三好の胸がキュッとした。彼女もやはり五年で成長していたのだ。自分が一文無しで大家にこき使われている間に、彼女は大きな壁を乗り越えてきたのだ。しかし、だからこそ信頼できるとも考えた。

 三好は深く息を吸うと、マニマニの肩を叩き言った。


「実はこのマニマニはな、超能力者なんだ。超能力者」


 「なっ」とマニマニをのぞき込む。本人はピースサインをして「超能力者です」と嘯く。

 これは二人で事前に話していたことだった。オカルト大好きな薫子に超能力者としてマニマニを紹介する。そしてその力の片りんを見せて、彼女を仲間に取り込もうという作戦だった。

 超能力者という単語にこそ一瞬反応したが、すぐに平静を装う。しかし先ほどまでの厳しい目は消えて、好奇心旺盛にランランと輝く瞳が表れている。


「証明は、できるの?」

「もちろんだとも、なあ」

「はい。わかりました。今ここでご覧に入れて差し上げましょう」


 マニマニは大げさに宣言すると、すました顔で立ち上がり部屋の隅に立つ給仕の元へと歩いた。たっぷり時間を使って、妙なパフォーマンスをし「はあああ」とそれらしい声を上げて女性の頭に手をかざす。そして勢いよく刮目し彼女の手をとると、真剣なまなざしで始終を見ていた二人を振り返った。


「オレは全てを見通す目、千里眼を持っています」


 自信ありげに目を細め、したり顔で告げる。自分の失敗など、微塵も恐れていない顔だ。


「千里眼ね」

「ええ。オレは、他人の過去や考えていることが手に取るようにわかるんです。その証明に、このメイドさん」


 握っていた手を引く。少しだけおびえた目をした彼女に優しく微笑んで、


「昨日のマフィンは彼女の仕業です」

「なぇ!?」


 あまりにも予想外の事だったのか、給仕はサッと手を引いて後ずさる。しかし、横から刺さる視線に気づき固まってしまった。

 唯一状況がわからずに取り残される三好が恐る恐る訊ねる。


「なにがあったか、聞いても?」

「昨日、私の大好きなマフィンが、何者かによって盗み食いされていたの。ねぇ、丸内田。彼が言ってることは本当なの?」

「違います! まだ食べてません!」

「まだって、この後食べるつもりなんじゃないの!」

 うっかり墓穴を掘ってしまった給仕に、薫子は怒りを顕わにした。

「むっきー! ぷりぷり! もう丸内田はしばらくオヤツ抜きだから!」


 自分の口からプリプリという人間を目の当たりにして、マニマニは少しペースを乱されたのか苦笑いをした。一つ小さく咳払いをし、再び注目を集める。


「ともかく、これでオレが超能力者だと言うことは証明されたってわけで」


 ニヤリとほくそ笑む。マニマニについている神が持っている力は、千里眼ではない。正確に言うならば他人の頭の中をのぞき見できる能力だ。今のも、それを応用したパフォーマンスにすぎない。

 だがそれでも、超能力などのオカルトを信じている人間に対してのインパクトは絶大である。目の前で、およそ事前に調べられるはずもない出来事を当てられたのだ。信じざるを得ない状況は整っていた。


「そうね。それで?」


 にもかかわらずつまらない反応が返ってきたのは、だから、二人にとって予想外だったと言わざるをえない。

 先ほどまで自信の給仕に顔をしかめていたのに、今は一転してたいしたことなさげに首をかしげている。


「千里眼、確かに凄い力だったわ。本当の超能力みたい。ただ、残念だけどそれだけでお金を貸せるほど私だって余裕がある訳じゃないんです。その千里眼が私にとってどんな役に立つのか。それを提示していただかないと」


 その主張は、考えてみればもっともだった。損得を勘定するならば、わかりやすいメリットがなければ普通金銭的援助などしないだろう。


「まったく、三好くんは本当にアホだね。超能力者を寄越せば私を動かせると思ってる点が甘いと言わざるをえない」

「そんなこと」


 口を開いたが、まさに指摘通りなので弁解できない。では何かメリットを提示できないかと考えるも、思いつかない。

 そこでマニマニが手を打った。


「オレの力は、他人の考えてることもわかるんだ。例えば、今夜の献立を何にするつもりかとか。だから、誰一人としてオレには嘘がつけない。逆にオレは、どんな嘘も秘密も見抜くことが出来る」

「……なるほど」


 熱いプレゼンに薫子は数回頷くと、


「つまり、企業スパイができると」

「そういうこと。さすが社長さんは理解が早くて助かるよ」


 つまりマニマニの主張はこうだった。千里眼で何もかも見通すことの出来る自分が企業スパイとして競合他社の企業秘密を暴ければ、近衛グループにも少なくない利益をもたらすことができると。


「私が実際にスパイとして二人を雇う。そしてその働き分の給料という名目であなた方に融資すると。それなら、体裁も整うしウチにも得がある」


 薫子がお金を出せないと考えていたのは体裁もあってだった。少なくとも一二万ではすまないようなお金を融資したとすれば、そこには第三者を納得させられるような理由が必要になってくる。その言い訳としてマニマニは企業スパイを使うと言ったのだ。


「わかりました。とりあえずはそういうことにしておきましょう。近衛グループの会長として、今日からあなた方を我がグループに迎え入れることと決めました。よろしくね、三好くん」

「ん、よくわからないけど、よろしくお願いするよ」


 立ち上がって、硬い握手を交わした。

 薫子がさっそく指示を出す。


「それじゃあ、早速なんだけど今週末二人に潜入してもらいたい会社があるの」

「早速かよ。早いなあ。それで、どこなんだ?」

「待田製薬って言う会社なんだけどね。ウチの製薬部は向こうにリードを許してるのよ。だから、向こうの研究設備、チーム及び現段階での薬品データを盗んできて欲しいの。できる?」

「任せてくれ」


 マニマニがどんと胸を叩いた。


「そのための企業スパイだからな」


 一体その自身がどこから来るのか。三好は不思議でたまらなかった。


「詳しい作戦は後日。今日はもう帰ってもらって結構よ。丸内田」


 薫子は側に控えた給仕を呼びつけて、


「お二人がお帰りだそうよ。見送りを」

「かしこまりました。それではお二人とも、私についてきてくださいまし」


 こうして二人はお屋敷を後にしたのであった。


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