手を組もう
「ふーー、おなかいっぱい」
勢いよく三好家の食料を食べきった大食いモンスターは、大きく腕を伸ばすと畳にごろんと寝転がった。
「ご飯までご馳走してくれるなんて。ありがたいぜ」
「お、大家さんを追っ払ってくれたお礼だよ」
目に涙を浮かべて空になった米ケースを覗く。汚れ以外は冷蔵庫は買ったばかりのように変身していた。
「もともとあんまりなかったけど、大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫」
「大丈夫そうに見えんが」
「大丈夫!」
少し食費を切り詰めなくなってはいけなくなってしまった。
少年は居住まいを正して口を開く。
「さて、続き話しましょうかね」
ニヤリと笑った。三好も食いつく。
「そうだ。聞かせて欲しい」
三好は洗い物の手を止めて腕まくりしたままテーブルへと戻った。
「えっと、オレに神霊が宿ってるところまで話したんだよね」
「そうだ。それで、夢想病が人為的なものだって」
「そうそう。もうわかってると思うんだけどさ、夢想病を引き起こしてるのも神霊なんだよ。神霊を宿してる人間の仕業、と言った方が正確かな」
神様を宿す人間。二十一世紀の今日、そんな非科学的なことを信じてしまってもいいのか迷ってしまうが、しかし三好は彼の言っていることを嘘のようには感じられないでいた。
「オレは正確にはオカルトハンターって職業でね。先祖代々受け継いでるんだが」
「先祖代々名割にはハイカラな名前だな」
「そこは時代を反映しているといえる。ともかく、日本でオカルトに関わる悪いことを企んでいるやつがいたら、それを捕まえるのがオレの仕事なんだ」
マニマニは胸をどんと叩いた。俄には信じがたいが、とっさに考えたにしてはちょっと話が出来すぎている気がする
「なら、君を追っていたあいつらはいったい何者なんだ。あいつらも、神霊がらみの何かなのか?」
昼間、山で三好とマニマニを追っていた奴らは、猟銃を手にしていた。尋常でないことは確かである。
マニマニはうんうんと頷いた。
「そうだよ。今追っている夢想病の犯人が仕向けた刺客だね。オレ、あの直前に犯人の車を追跡してたんだ。そしたらあいつらが現れて、あとはミョンシーも知ってる通りさ」
「だから銃を……」
そこで、三好は一つ引っ掛かりを覚えて顔をしかめた。
「君、俺の記憶が確かなら上から落ちてきたような気がするんだが。もしかしてだが、空も飛べたりするのか」
「まあ、そのくらいは」
「万国びっくり人間じゃないか!」
そこでようやく三好は合点がいった。キノコ狩りの最中に聞こえていた声は、空中にいたマニマニの声だったのだ。
「なるほどな。おおむね事情は分かった。それで、これからどうするんだ」
「とりあえずは、見つからないように情報収集。敵の狙いが何なのかを探りたいね」
妥当だな、と三好は思う。マニマニの今一番弱いところは情報の少なさだ。現況が東京にいる、程度しか知っていないこちらに対し、敵はマニマニの情報をある程度得ている。
敵は山の中だとは言え容赦なく銃を放ってくるような連中だ。いつまでもこのアパートにいられたら、三好の生活が台無しになる。早くマニマニを厄介払いしたいというのがっ三好の本音だった。
「具体的にどうするんだ」
「とりあえず日中はブラブラするかな。向こうもだけど、こっちもある程度は敵の神様の居場所がわかるし」
「はあ、そりゃあいい。なら、広い範囲移動しなきゃならんな」
「そうだね。ねぐらもいくつか用意しないと」
「そうだな。それで、ここはいつ出て行ってくれるのかな」
「え? その言い方、オレに出て行ってほしいって言ってるみたいに聞こえたけど」
妙なところで言外の意思を読み取る男だ。三好の動きが止まった。
「そ、そんなわけないだろ」
君さえよければいつでも出入りしてくれて構わないと続けた。
「だよね。今オレに出て行かれたら困るのそっちだもんね」
再び動きが止まる。ゆっくりと顔を上げマニマニへ視線を向ける。
「それは、どういうことかね」
「いや、だってミョンシーも向こうに顔を見られてるんだから、一人になったらすぐ捕まって殺されるか、最悪延々と拷問にかけられるよ」
「この時代に拷問て……」
しかし、まったく嘘だと言い切れないのは自分の体が何よりも知っていた。あの追手たちの気迫は、やりかねん。
フリーズしてしまった三好とは対照的に、マニマニは暢気に今後の方針を話し続けた。
「協力者も欲しいな。信頼のおける協力者。ここらへん詳しくないし。お金の心配もあるし」
お金、に反応して硬直が解ける。
「そうだよお金。どうするつもりだ。俺はもう持ってないぞ。食費は、移動のガソリンは。家賃も東京は安くないんだぞ」
「ビートル売って」
「あれはナンバープレートがレアものなんだよ。絶対売りたくない」
「そっか。ならミョンシーどこかに当てないの?」
「そんなもの」
あったらとっくに頼ってるよ、というのは伏せた。人望がないといわれるのを恐れたのだ。
「みんな、なにかしら大変なんだよ。そう簡単に貸してくれる人なんて、あ」
急に三好が停止した。顎に手を当てて、
「……もしかしたら、助けてくれるかもしれない人を知ってるぞ」
三好には経済的に余裕があり、二人をサポートしてくれる人物に心当たりがあった。しかし、すぐにダメだと思いなおす。
「ああ、やっぱダメ。あの人は、ちょっと」
「なんでだよ」
「大人の事情ってやつだよ」
「元カノか」
「ちげーよ!」
「お母さん」
「いや、確かにお金の話はしにくいけどさ」
「あ、オカルト信じてないとか」
「そういうわけじゃないんだ。むしろ、その手の話は大好きで、だから、話せば喜んで協力してくれると思う」
「ならいいじゃん。ためらう理由ないんじゃないの?」
「ないんだけど、だけどねぇ。あの人はあまりにも」
わがままだ。
三好は過去にその人物から受けた様々なことを思い出して、少しげんなりした。
しかし、そんな彼の心うちなど知ろうはずもなかったマニマニは、うだうだ何かを小声で呟いている背中にケリを飛ばすと、高らかに宣言した。
「いいから、明日はまずその人に会いに行こう。そんで事情を説明して、協力してもらう。オッケー?」
「了、解」
「そんじゃ、今日はさっさと寝よう。寝てエネルギーを取り戻せ!」
こうして、三好の怒涛の一日は終わりを迎えた。
一人分の布団に二人がくるまり眠る。ある者は明日会うであろう人物に期待しながら。ある者は明日起こるであろうトラブルに早くも憂鬱を感じながら