【短編】悪徳気取りのクランマスター~お前は追放だ。ありがとう? そうか。なに、お前は帰ってきたい? 待て慌てるな、夢を諦めるなって~
【クラン】。
それは同じ思想や目的を持った者達の集い。
世の中には≪冒険者ギルド≫、≪鍛冶師ギルド≫、≪商人ギルド≫など、それぞれの役割を担った≪ギルド≫なる組織が存在するが、それらとはまた別の、主に個人が有している団体の事を指す。
ただ個人と言っても運営スタイルなんかは様々だ。
騎士団のように規律を重んじ組織だった系列で動いているところもあるし、上が全ての権力を持って運営しているところもある。
特殊な例だが、中にはギルドの受付嬢ファンクラブ的な運用をしている者もいる。
当時、D級の冒険者だった俺が所属していたのは――――トップが全てのクランだった。
『君はクビだ、アスラン』
『は? 今なんと…』
『君はこのクランに属するに値しないんだよ……働きも、実力も、その無能に等しいスキルもね』
あの日、【竜のアギト】のクランマスターから言い渡された言葉を思い出す。
今思い出してみてもクソみたいな上司だったと思う。
部下の手柄は横取りする癖、自分の失態は部下に押し付けるような、典型的なクソ上司。
なまじ実力と知恵があっただけに厄介な、本当にクソみたいなクランマスターだった。
それでも、その頃の俺にとってはただ一人の恩人だった。
スラム育ちで教養も力もなく、こんな珍しいだけで戦闘どころか私生活ですらほとんど役にも立たないスキルしか持ってなかった俺を拾い上げて、ここまで育ててくれた恩人なんだと――今思えば体よく使われていただけだが――その時は本気でそう思ってたんだ。
だから縋った。
『おいおい待ってくれよクランマスター! 確かに俺の【スキル確認】は相手のスキルと熟練度を見れるだけのものです! でもそのおかげでここ数年クランメンバーのスキルは成長が早いじゃないですか! それは俺のアドバイスのおかげでしょう!?』
『ははっ、笑わせてくれるじゃないか。熟練度の上がり幅が大きくなってるのはこれだって口にするだけの事がアドバイス? 君も冗談が上手くなったものだな』
俺には他になにもなかった、だから必死に縋った。
『確かに一言だけかもしれない……けど、最善を見つけるっていうのは達人でも難しいって『剣聖』のジジイも言ってたはずです!? 俺のスキルはそれを一発で見抜ける! これでもクランにはそれなりに貢献してきたつもりです………なのにいきなりクビって』
『わからないものかね? 熟練度の上がり幅なんて経験からしてわかるものなのだよ。我々は世界でも有数のSランククランだぞ? 優秀な者であればもっと多くの事を教えられる。アドバイスなどと言って一言沿えるなんてもの……なんの役にも立たん』
『経験だけじゃわからないことだってあります! 新しい道が見つかる可能性も――』
『それ以上舐めた口を聞くなよ。D級風情が』
けれど俺は切り捨てられた。
伸ばした手は打ち払われ、威圧と共に見下され、あれだけ慕っていた恩人の視線に射られただけで耐えられず後退りしてしまうほどに………無様に見捨てられた。
その時の俺にはどうしようもなくて……俺とクランマスターの差は明らかなのだと言うまでもなく叩きつけられたようだった。
『さあ、今すぐ荷物をまとめて出ていきたまえ。無駄な人材を雇う必要は、もう我々にはないのだよ』
沙汰を言い渡された俺は、ただその場に膝をつくしかなかった。
行く当てもない、頼る先もない。
【竜のアギト】が全てだった俺には………なにも残っちゃいなかった。
『そんな……俺は、俺はこれからどうしていけば…』
『私の知った事ではない』
ああ、今でも時々夢に見る。
嫌な夢だ、とても思い出したくもない。
『君はもう』
クランマスターのあの愉悦に満ちたような、真っ黒な顔なんて。
『我々とは関係のない、赤の他人なのだから』
二度と思い出したくもない。
あれから数年と経った今でも、グズみたいなクランマスターの言葉は今でも俺の心を蝕んでいる。
あの日、俺を追放した時のクランマスターの顔も忘れる事すらできていない。
だからこそ、俺は自分の中に戒めを科した。
こんなクズには強請られたってなるものかと。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あー、イーウィア、君はクビだ、ただいまを以てこのクランには来なくていいぞ。君はもうこのクランには不要、無駄な人材だからな」
クランマスターとして使っているハウスの執務室。
頬杖を突きながら、俺は机を挟んで向かいにいるD級の冒険者を見る。
その顔にはとても信じられないといったような表情が浮かんでいた。
「そ、そんな! 俺は今までこのクランに貢献してきたつもりです! いきなりクビだなんてあんまりじゃないですか!」
イーウィアは顔を真っ青にして叫ぶ。
「貢献度は関係ない、君はこのクランにはもう不要だと言ったはずだが?」
「で、でも俺は、今まで貴方に言われた通り鍛冶師として支援を―――」
ガタッ、とわざとらしく音を立てて椅子から立ち上がり、見下すような目で睨む。
イーウィアは体をブルリと震わせ、少しだけ後退りした。
それを確認した上で口を開く。
「無駄な人材をいつまでも雇っていられるほど、俺のクランは暇じゃない」
机の端から回ってイーウィアの元へと向かう。
「世の中どんなものにも限りがある。金、資材、時間、それに人材もだ。必要のない人材をいつまでも手元に置いておく……これほど無駄な事はない、そうは思わないか?」
「そ、れは……」
十年近く前、俺をクランから追い出しやがったクソ野郎の顔が頭に過る。
あいつとのやり取りを思い出したせいで気分は最悪だが、これは先へと進むために必要な事で、自分自身ではもう変えのきかない手段だった。
だから告げる。
無慈悲なまでに、凍てつくような声音と視線で。
「いいか、お前はこのクランに不要になった、だから無駄な人材なんだ。何度も言ってる事だが無駄な人材はいらない。とっとと荷物をまとめてここから出ていけ」
「……そんな…俺はこの先、どうすればいいんですか…?」
膝をつき、項垂れるイーウィア。
「他に伝手なんてないし……俺には親もいない………元々冒険者の素質なんてなくて、貴方に才能を見出されて拾ってもらえたから、俺は今まで……」
イーウィアはブツブツと言ってるが、近くに立っている俺にはしっかりと聞こえている。
しっかりと聞いた上で思う。
随分と自己評価の低い男だ、と。
だがそんな事は欠片も口には出さず、俺は項垂れたままのイーウィアの肩に手を置いた。
「まあ落ち着けよ。知り合いの鍛冶師が優秀な人材を欲しているから、お前はそこにでも行け」
「……え?」
「聞こえなかったか? あぁ説明が足りなかったのか。俺の知り合いにデカイ鍛冶師のクランを運営してる奴がいてな。そいつが優秀な鍛冶師が欲しい欲しいとうるさいんだ。お前はこのクランで雇って三年くらいになるが、鍛冶師としての腕前は奴の求める水準に十分に到達してる。お前には良い機会だ、新しい場所でその腕を遺憾なく発揮してこい」
そこで俺は、執務室の扉横で立っている大男へと視線を流す。
大男―――ドランは意図したことを受け取り、手に持っていた紙の束を寄越した。
「イエスボス、こいつがそこのクランの資料だ」
「ご苦労、イーウィア、読んでみろ」
俺は既に読んで内容は知っている。
だからドランから受け取った資料をそのままイーウィアへと流す。
資料を受け取ったイーウィアは、一番上の項目しか読んでいない様子なのに目を見開いて固まった。
どうかしたのかと思っていると、イーウィアは声を震わせながら俺の顔を見上げてくる。
「【アハトアハト】…アスランさん、こ、このクランって」
「数ある鍛冶師クランの中でもそれなりに名の知れたクランだな。ま、そこのクランマスターはちと癖のある奴だが、冒険者クランと違って安定して金は貰えるし、イーウィアの腕前なら下働きからだとしても今の給与よりかは期待してもいいだろ」
【アハトアハト】は有名なクランなだけあって、ここよりも圧倒的に鍛冶の為の設備、環境が整っている。
こんな中規模程度なクランよりも、鍛冶師としての腕を発揮できるに十分な場所だ。
イーウィアが今以上に力を発揮できるのは間違いないだろう。
それに、だ。
「俺は小耳に挟んだだけだが、イーウィア、お前結婚するんだったな?」
「は、はい、今月の二十日に…」
「なら冒険者クランとかいう不安定な職場にいるよりも、安定した仕事と給与を貰える場所の方がいいだろうよ。引っ越しの代金については気にするな、【アハトアハト】から必要経費として落としてもらえるよう話はつけてある」
「……………」
「ん、どうした?」
早口気味にそこまで話して気付いた……何故かイーウィアの顔が俯きがちだ。
もしやここまで良い話だというにもかかわらず、不満でもあるのかと思っていると……。
「な…」
「な?」
「なんで…ここまでしていただけるんですか……」
なんでとぬかしやがった。
コイツはアホか、アホなのか。
言葉足らずだっただろう俺のせいでもあるかもしれないが……そりゃあお前。
「手塩に掛けたクランメンバーが幸せを掴めるチャンスだぞ? なんでもクソもありゃしない。言っとくが、お前がここに残りたいと言っても無理やり向こうにねじ込むからな? 俺のクランからの追放はもう決定事項だ」
またもや早口気味にそう言ってから、少し強めに言い過ぎたかと思ったが……イーウィアは更に俯き手に持った資料を大事そうに抱えて震えている。
言い過ぎたと思ってたつもりがなんのアクションも得られなかった俺は、気まずさを誤魔化すように説明を続けた。
「ごほんっ、クランメンバーには事前に説明しておいたから、抱えている仕事は特にないはずだ。このクランには手伝い役を除いてお前以外にちゃんとした鍛冶師はいないから引継ぎなんてのも必要はない。さ、荷物をまとめてさっさと先方に顔を売って――――」
「ア、アスランさぁああああん!!!!」
「うおっ、なんだ急に」
突然跳ね上がったと思ったら、イーウィアは涙を流しながら俺の手を握ってくる。
涙と鼻水にまみれたその顔はちょっとどころかかなり怖い。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 俺のために……こんなに良くしてもらって…!」
「か、勘違いするなよ? これはお前のためじゃない。俺達は冒険者クランだ、鍛冶師なんてもんは本来必要ないんだよ。そんなところに金をいつまでも垂れ流し続けるのは金と時間の無駄、お前の持つ才能をこんなところで腐らせておくのももったいない。今回の件はそれが上手くかみ合った結果だ」
「アスランさんっ!」
引き気味だった俺から離れると、ビシッ、と、涙と鼻水に塗れた顔のままイーウィアは左胸に水平に左拳を当てる。
それはこのクランでの、いわゆる敬礼的な意味合いのポーズだった。
「すいません、アスランさん…俺、まだこのクランとあなたになにも返せてないのに…! どこに行っても無能だって鍛冶師クランを追い出されて、途方に暮れてた俺を雇ってくれて……才能なんてないと思ってた、鍛冶師としてのスキルに意味を見出して伸ばしてくれたのに…!」
人は一人一つ、必ずスキルと呼ばれる特別な力と才能を持っている。
【スキル確認】、それが俺のスキル名。
他人のスキルと、そのスキルの熟練度を見ることができるという力だ。
俺はこの力でイーウィアのスキルとその凄さを目の当たりにした。
コイツは鍛冶師としてかなりの適性スキルがあったのにもかかわらず、孤児院にいるみんなの為に金をと先を急ぐあまりそれを”単なるスキル”と切り捨て、無茶ばかりやって無能呼ばわりされていたらしい。
俺がその事を調べて拾おうとした頃には、鍛冶師を諦めて戦闘や探索を主にする冒険者になろうとしてやがったし……。
スキルと才能は別だというが、『せっかくちゃんとした方法で鍛えればかなり有用なスキルを持っているのに、そんな無駄な事はないだろう』と、俺がコイツを雇って育て上げてやるって無理やり引きずってきたのがイーウィアとの出会いだったか。
………懐かしさに少しだけ浸り、俺は肩を竦めて手を振る。
「なにも、今すぐお前からなにかを返してもらおうとは思ってない。いつかどこかで高くツケれるだろって打算まみれの考えの元だ」
思わず口から出たそれは紛れもなく本心だった。
ただ俺が誰かを拾って育てて放流する。
それがこのクランの存在意義であり、俺の役割。
その後の責任なんぞカケラも取る気もない単なるエゴ、あわよくば出世するような連中に恩を売れればいいなんて打算的な考え。
別に俺を追放したクランマスターに対する意趣返しのつもりはない。
これはあの日生きる意味を失った俺が俺である為に科した、ある種の役目だった。
「だから感謝されるいわれはない」
俺はそう言っているのに。
「それでも、アスランさん! この御恩は決して忘れません! 俺、向こうでもアスランさんから仕事を貰えるよう頑張りますから! 絶対、約束です!」
イーウィアは清々しいまでの笑顔で勝手に約束を取り付けてきた。
普通、鍛冶師として一人前と認められ、自分の工房を持たされるにはそれなりの時間がいる。
【アハトアハト】ほど大きなクランなら問題はないが、一般的には自分の道具は自分で揃えないといけないし、材料調達も修行の一環ってところが多い。
イーウィアもその事はわかっているはずだ。
なにせそんな膨大な時間と金が必要だとわかっているからこそ、一発逆転がある冒険者をやろうとしていたのだから。
……だが、わかっていてもその姿勢が取れるというのは評価できる事ではある。
出会った頃なら考えられない事だが、今のコイツなら【アハトアハト】でも早々に認められるはずだ。
それだけの実力と気概が、コイツにはある。
「そうか。ま、期待しないで待ってるとするさ……もう行ってこい」
「はい! ありがとうございます、アスランさん!!」
イーウィアは晴れやかな表情で何度も頭を下げると、執務室から飛び出していった。
おおかた、先方への顔見せよりも先に未来の嫁さんとこに言ってさっきの話を伝えるつもりだろうが…。
話をつけたクランマスターとしては、先方に挨拶をしてからにしてほしいものだが……もう言っても仕方がない事か。
なにせ俺はもう、あいつのクランマスターじゃないんだから。
しかしまあ……。
『ありがとうございます、アスランさん!!』
あんな良い笑顔で旅立てるのなら、きっと心配はないだろ。
「…………」
「………………」
「んだよ」
「…………」
俺が一人、執務用の机に腰掛けながらイーウィアの出ていった扉を見つめていると、その扉横で待機していたドランが意味あり気にニヤついていた。
「よかったので? ボス」
「なにがだ?」
「イーウィアはウチの冒険者達の後方支援役としてはかなり使える人材だった。置いておく事に無駄なんてないはずだぜ?」
ドランはイーウィアの去ったあとを横目で見やりながらそう呟く。
「これでいんだよ、ここはそういう場所だ。そもそもの話、冒険者クランに鍛冶師を置いてるとこなんてないだろうが」
「まあ……そう言われたらなにも言えねえんだけどよ」
「おいおい、まさかイーウィアが幸せになる事に文句でもあるのかよ?」
「ガハハッ! ねえよねえ、全然ねえ! 全部あんたが決めた事だ、俺はなにも言わねえし、他の連中も祝いこそすれ文句を言う奴はいないだろうよ!」
ドランの野郎、ニヤついてたと思ったら今度はいきなり笑い出しやがった。
相変わらずよくわからん奴だ。
「はあ、にしてもこのやり取りは毎度の事ながら慣れないな。緊張で足が震えそうだよまったく」
「他の連中はあんまり知らねえが、ボスは眼力がえげつないだけで本性は弱気な野郎だからなぁ」
「……これでも数年前まではフォレストウルフくらいは狩れたんだが」
「ホントかよ、今じゃゴブリンの群れすら怪しいぜ?」
「プッ、違いない」
お互い笑いあっていると、ふとドランが真面目な表情になる。
「まだ思い出しますかい? 前のクランでの事」
「…ああ、だからいつまでもあんな態度になっちまうわけだしな」
あれから十年近く経った今でも、グズみたいなクランマスターの言葉は今でも俺の心を蝕んでいる。
あの日、俺を追放した時のクランマスターの顔も、未だ忘れる事すらできていない。
だからこそ、俺は自分の中に戒めを科した。
こんなクズには強請られたってなるものかと。
もう二度と、誰かの不幸な結末なんて認めてやるものかと。
トラウマのせいで、ドラン以外にはあのクズと同じような恐喝染みた態度しか取れないが……それでも俺は作ったんだ。
冒険者クラン【幾望の月】を。
世の中から不要と追放された連中を集め、才を見出し、それを育て、世に放つためのクランを。
他所のクランの中には、俺達を追放者達の寄り合いクランなんて言いやがる奴もいるが………それは違う。
ここは追い出した連中を、追い出された奴らが見返せるよう立ち上げた反逆のためのクラン。
俺が、反逆者であるために存在するクランだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
イーウィアがここを出てから数日後の朝。
いつも通り提出されている様々な書類を種別に整理していると、ノックの音が執務室に響く。
コンコンコン。
「入るぜ」
扉をノックする音が届いた直後、返事も聞かずにそいつは執務室に入ってきた。
「おいドラン、入室は許可してからだと何度も言ってるはずだが?」
「よ、ボス。朝食を持ってきたぜ」
「はぁ…ったく、ご苦労さん」
机の上の物を片付けられ次々と置かれていく料理を前に、俺はもうなにもかもを諦めた。
コイツのこれは出会った頃からずっと言ってる事だが、なおった試しがない。
いつもこうして諦めきれずについ小言が口から出てるわけだが……ああ、いつもの結果だ。
そうしてため息を吐いていると気付いた。
いつものメニューとは別に一つ、小皿の上に手作りらしきチョコレートケーキが乗っている事に。
「なんだこのケーキは?」
「料理長のお子さんが作ったそうだぜ。いつもお世話になっているボスにと」
「……そうか」
少しだけ目を伏せた後、パンにスープ、少々のサラダへと手をつけていく。
と、食事に手を付けている俺の横でドランはバツが悪そうに顔を背けた。
「悪い。ボスは甘い物は嫌いだからダメだって断ろうとしたんだが、どうしても食べてほしいっつわれてつい…」
「断ろうとしただと? 馬鹿言え、食うに決まってんだろうが」
その言葉を皮切りに次々と皿を空にしていき、最後にケーキへと手をつける。
「た、食べるんですかい? あの甘い物嫌いなボスが…」
「別に嫌いなわけじゃない、苦手なだけだ……ガキが一生懸命に作ってくれたんだぞ。食べないわけにはいかんだろ」
「さすがボス、嫌いなものでも無下にしないとは」
「嫌いじゃない、苦手なだけだ」
「へへ、はいはい」
このゴリラ、さては人の話を真面目に聞いてないな?
今もニヤニヤしてやがるし、ったく。
ケーキは少しジャリジャリしていたが、まあ美味かった。
今日も残さず綺麗に食べきった食器を予備の小さい机に置き、頭のスイッチを切り替える。
「ドラン、今日の予定は」
「ハッ、書類のチェックが終わり次第、冒険者ギルドにてクランの会合への参加、その後【アハトアハト】と会談し、商人クランへ新しいポーションの購入のための商談などがございます」
「わかった、ひとまず書類のチェックから終わらせるとしよう」
早速仕分けしていた書類にペンを走らせ、一つ一つ要項を確認しながらいつも通り不備やトラブルなどがないか調べていく。
「……ボス、少し休まれてはどうで? 最近働き過ぎだぜ」
「仕方ないだろ、今は忙しい時期なんだ」
書類から顔を上げずに手早くその問いを切り捨てる。
数日前、この国に新しいダンジョンが生まれた。
聞くところによると、ギルドは早くも先遣隊を派遣したらしいがかなりの損失を受けたらしい。
先遣隊は実力のある連中が任されるはずだが、それがかなりの損失を受けたという事は……十中八九、高難易度の地下迷宮型のダンジョンだ。
今回の件を受けて、おそらくギルドは個人で編成した冒険者パーティーにではなく、俺達冒険者クランらへと調査依頼を持ってくるはず。
どこに依頼するのかはまだわからないが、できる限り早く出発できるよう可能な限り準備はしておいたほうがいい。
ダンジョンで得たアイテムはなんであれ、全てギルドに高価格で買い取ってもらえることになってはいるが、当然初めにアイテムをギルドへと持ち込んだ奴らの方が買い取り価格は良い。
加えてアイテムは決して無限ではないが、次から次へと生み出されるものだ、その中に新しいものが入っていないとも限らない。
だから後半組みが不利かと言われるとそうでもないわけだが、それでもやはり前半組みが有利なのは間違いない事。
その為隙間なく潜り続け、尚且つアイテムも持ち帰ろうとすると……ローテーションを組んで、パーティーにはマッピング係も……いや、ランダム性がある場合なんかも考えると……かなり準備がいる。
脳みその足りない俺にとってはあまりに考える事が多すぎるが、全てみんなの安全と俺達のクランの発展のためだ……やるしかあるまい。
「んじゃボス、オレはいつも通りそこで待機してる。なにか用事があれば言ってくれ」
「ああ」
沈みかけていた思考を浮かび上がらせ、ドランに返事をする。
そうしてドランがいつも通り扉の横で待機しに行こうとした、その時――――バァン、と扉が勢い良く開かれた。
ドランがすぐさま身構え立ち塞がるが、一瞬見えた赤い髪にひと房の暗い色が入っているその人物は、見覚えがあるものだった。
「あ、おい!」
「クラマス! よかった居た! はぁ~」
声からしても若いとわかるその少女は、ドランの腕の隙間から顔を覗かせながら安堵のため息を吐く。
真っ白な布地に金の刺繍が施されたローブ姿。
この国に居て知らぬ者などいない紋章……宮廷に仕えている魔術師の証。
その服を着て、なんの連絡もなく俺達のクランに堂々と乗り込んでこれる奴は一人しかいない。
二年ほど前に、俺達が送り出したクランメンバー。
今でこそ世間では『赤の魔術師』なんて通称で呼ばれてはいるが、ドラン達にとっては色々とやらかしては俺に小言ばかり言われていたおてんば娘の―――ミミだった。
「久しぶりだな、ミミ……って挨拶してる余裕もなさそうだが」
「クラマス……わたし、もうどうしたらいいかわからなくて……!」
「……ドラン、放してやれ」
「イエスボス」
ただならない様子を見て、俺はドランに下がるよう命令する。
ドランの腕から解放された彼女は、その勢いのまま机に乗り出して抱き着いてきた。
「おいおい、急に抱き着いてくるな……よ…」
「……………」
以前のように軽く小言を言おうとして気付く。
彼女の体は震えていた。
「クラマス…」
「はいはい」
抱き着いているミミをそのままに、机の上に乗っている状態から引きずり込む。
少し……いやかなり書類が潰れたり散らかってしまったが、仕方がない。
流れで膝の上に座らせると、彼女は真剣な表情で額を合わせてくる。
「クラマス……助けてください…わたし、ここに戻りたいです…」
ミミの瞳から、涙がこぼれる。
それを見た俺は……。
「ドラン」
「ハッ」
「会合への参加は自由参加だ、ギルドからの評価は下がるだろうが放っておけ。【アハトアハト】と商人クランへは予定のキャンセル連絡の為に一人ずつメンバーを向かわせろ、後日俺が必ず謝罪に伺わせてもらうってな。悪いが謝罪の品についてはドランに一任する」
「イエスボス」
ハンカチを取り出し、ミミの涙を拭う。
ドランは空気を読んで扉を閉めて、間違っても誰かが入ってこないよう扉の前に立ってくれている。
それを確認してから、俺はミミと少しだけ体を離して続きを促した。
「ミミ、いったいなにがあった?」
「クラマス…わたし…」
「ああいい、まずは深呼吸しろ、落ち着いてからで構わない」
「えっと、はい…」
ミミは言われた通り、深呼吸をする。
どうでもいい話ではあるんだが、間近で深呼吸されると胸が当たるわ顔が近付いたり遠退いたりするわで落ち着かない。
少し離したと言っても膝の上にいるのは変わらない、対人距離が広い俺にとっては特に……。
「ボス、彼女は二年前に宮廷魔術師団に入ったミミ、だよな?」
見かねたドランが助け舟を出してくれる。
これ幸いと、遠慮なくそれに乗っかる事にした。
「ああ、元々の高い魔術適性もあって、平民でありながら宮廷魔術師団に入団した凄い奴だ」
「はあ~、二年で随分と大人びたもんだな。あの頃とは大違いだ」
「っ」
ドランが顎をさすりながらそんな事を呟いた瞬間、彼女の体が再び震える。
……なるほどな、だいたいわかった。
「ミミ、お前貴族に辱めでも受けてるのか?」
「っ、えっと、その……はい…」
彼女は一瞬驚いたような表情をした後、悔しそうに唇を歪めながらポツポツと語り出す。
「仕事に不満はないんです……けど、わたしの所属してる師団長が、ちょっと………何度もお尻を揉まれたり、胸を触られたりして………同じ所属の人に相談しても諦めろって…相手は貴族で、わたしは平民だからって…」
ミミは話ながら、再びぽろぽろと涙を流し始める。
「わたし…我慢したんです。せっかくクラマスに宮廷での仕事を紹介してもらったから、迷惑をかけたくなくって……でも、もうわたし…耐えられる気がしないんです」
そこまで話して、彼女は俺の元から離れて立ち頭を下げる。
「クラマス、わたしもう宮廷魔術師やめます。ここに戻らせてくださいっ」
ミミは真面目で努力家だ。
任された仕事は投げ出さず、高い魔術適性にあぐらをかかず、常に精進と息巻いて宮廷魔術師という煌びやかな夢に向かっていた。
そんな彼女がようやく夢を掴めたっていうのに、それでも逃げ出したくなるくらいの扱いを、師団長とやらがしている、と。
――――なるほど…なるほど……なるほどなァ。
「ミミ、顔を上げろ」
「はい…………え?」
彼女の驚いた声が、頭上から降ってくる。
「すまなかった」
俺は今、椅子から立ち上がり彼女に深々と頭を下げていた。
「内部事情をもっとよく調べておくべきだった。お前にそんな場所を紹介した、してしまった俺の落ち度だ」
「や、やめてください! 別にクラマスのせいじゃないです! そもそも配属なんてランダムで、クラマスがどうこうできるような話じゃないですし……悪いのは全部あの変態貴族ですよ!」
「まあ変態貴族が悪いのは確かだな」
貴族を変態呼ばわりしながら慌てる彼女に苦笑いして、俺は姿勢を正す。
「ミミ、悪いがお前からの申し出は受けることはできない」
「そんな……わたし、もうここしか戻るところなんてないんで…んっ」
「まあ待て、そう慌てるな」
徐々に顔を俯かせていくミミの頭を撫でる。
「宮廷魔術師はガキの頃からの憧れで、夢だったんだろ? ならそんな簡単に投げ出していいもんじゃない」
「クラマス……でも、わたしこれ以上どうしていいか…」
「俺がなんとかする」
小柄なミミの目線に合わせるよう少し屈み、肩を掴んで力強く頷いた。
「だから大丈夫だ、いいな?」
「…………」
ミミは戸惑いながらもしっかりと頷き返してくる。
よし、それじゃあ――――。
「ドラン」
「ハッ」
「腕は鈍ってないな?」
「当然だ、俺はこのクランでトップに仕えてる現役の冒険者だぜ?」
「それは結構。ミミと一緒に宮廷に向かってくれ」
「イエスボス……んで、ボスはなにを?」
机の中からとあるアイテムを二つ取り出して、俺は黒い笑みを浮かべた。
「なに、少し寄り道をな」
少しして俺はドラン達と合流した後、話一つで宮廷を通され城内にある魔術師団の詰め所へとやってきた。
ミミを引き連れて部屋へと入ると、そこには彼女が辱められたと言っていた貴族が椅子にふんぞり返っていた。
この毛根が残念な男が例の貴族か。
太りに太った体に見るからにこちらを見下した目付き、如何にもクズって感じだな。
「はじめまして、か? 俺は【幾望の月】のクランマスター、アスランだ。今日はわざわざ時間を作ってくれてありがとうと言っておこう」
同じように見下した態度で言葉を送る俺を見て、変態貴族は鼻を鳴らしてこちらを睨む。
「貴様、平民の分際で……立場というものがわかっとらんようだなぁ?」
「この国は実力主義だ。俺はこれでもSランククランのクランマスター、アンタは宮廷のいち魔術師団長、対等な立場だと思うがね」
「貴族と平民が対等だと? 笑わせてくれる」
なるほど、話を聞いた時から感じてたことではあるが、この貴族は凝り固まった選民思想を持っているらしい。
おおかた伯父か誰かが昔の風習に従ってるような古臭い人物なんだろうな。
こういう手合いとの話は長引かせても平行線で面倒だ、手短にいこう。
「ところでだが魔術師団長殿、アンタどうやら俺の元クランメンバーを辱めたらしいじゃないか。クランを抜け出たとはいえ、彼女は大事なメンバーの一人だ。この落とし前、どうつけてくれるつもりだ?」
「はぁ~? 辱めただと? どうしてこの私がそのような貧相な小娘に劣情を抱かねばならんのかね。なにをもってそんな事を言ってるのか……証拠でもあるのかね? んん?」
「なっ、証拠もなにも、あなたがわたしにやったんじゃないですか!」
声を荒げるミミを前にしても、やはり変態貴族は余裕の表情を崩さない。
絶対に大丈夫だとでも思っているような雰囲気だ。
ま、この状況じゃあそう思うのも仕方がない。
「証拠もなにもないのに君はそんな話をしているのか。話をでっちあげて私から私財でも引き出そうという魂胆かね? 平民のクランマスターくん」
「確かに今持ってる証拠はないな。俺の話はでっちあげに聞こえるかもしれない」
「そうであろう? では部外者はさっさと帰りたまえ。ああ、ミミ君はこのあと残るように。仕事の件と合わせて今回の事で話がある……二人でゆっくりと話をしようじゃないか……クククッ」
見ていて気分が悪くなるほど汚い笑いをする変態貴族を見て、俺はほとほと呆れ果てる。
それはもはや『私がやってます』って言ってるようなもんじゃないか。
「そんな…」
「安心しろよ、ボスに任せてりゃなにも問題はない」
怯えた表情で俺達の背後に隠れるミミ。
ドランもかばうように腕を広げて変態貴族を睨んでいる。
「なあ魔術師団長殿、この部屋防音の魔法が施されてるよな。ご丁寧に結界式で張ってあるから余計な連中が勝手に入ってこれないようにもして」
「っ!」
俺の言葉に同様したのか、変態貴族の目が見開かれる。
だがすぐに馬鹿馬鹿しいとばかりに手を上げて平静を装った。
「ああ、それはそうだろう? 私は魔術師団長、宮廷の中では人に聞かれたくない話だってする事があるんだ、念を入れるのは当然で―――」
「最近魔道具協会の新鋭が面白い物を開発したらしい」
唐突に、懐から長方形の細長い黒い箱を取り出す。
そして部屋の入口付近に置いてあった手のひらサイズの多面体魔道具に向けて、横に向いた三角形のボタンを押した。
「な、なんだこれはぁ!?」
「こ、これは…わたし?」
二人が驚愕し声をあげる。
今この部屋には、まるでミミと変態貴族がもう一人いるかのようなイメージがその場に浮かび上がっていた。
立体的だが触れる事のできないもの、確かアイツはこれをスリーディー映像とかって呼んでたな。
四人でそれをジッと眺めていると、映像の中の変態貴族は嫌がるミミのお尻や胸といった箇所を無遠慮に触れていく。
見ていて胸糞が悪くなるので即刻バツ印のボタンで映像は消して魔道具を回収した。
「こ、これは……これはなんだ!!」
「映像記録機、って名前らしいな。設置した場所の情景を記録して映し出す事ができる代物だそうだ。まだ試作段階の機能らしいが……過去の情景すら見通せるって、魔道具協会の連中は言ってたな」
「か、過去すら見通す事ができる魔道具だと…!? しかしその魔道具は以前からそこにあったはず……貴様、いったいどうやって…」
「お前に教える義理はないな」
ニヤける口元を隠すように手を当て、今度はこちらが見下す番とばかりに目を細める。
「さて、これを証拠に提出した上で俺達Sランククランからの報告だとすれば……状況がわからないアンタじゃないだろう?」
「く、くそ…!」
証拠は挙げられ、報告をしてきたのはSランククランの、それもクランマスター直々の報告。
平民だと言って差別しない王族側からすれば、この変態貴族が起こした今回の不祥事は見逃せないもののはずであり、実力主義である王国では俺の報告がウソだと一蹴されるような事もない。
確実に騎士団が公平な判断を下すために動くはずだ。
そうなれば、余罪で溢れてそうなこの男に立場はない。
良くて魔術師団からの退団、悪くて貴族の地位を取り上げられる可能性もあるな。
それがわかってるから、変態貴族は盛大に唸り大粒の汗を額に浮かべている。
……もちろんこれで諦めるとも思っちゃいない。
この男は腐ってもこの国で侯爵までのし上がった男だ、なにか一手仕掛けてくるに違いない。
「く、くく……くはははは!」
突然、笑い声をあげた変態貴族は俺の方へと手の平を向けてくる。
「しかしなぁ、その証拠と共に今貴様を始末してしまえばどうとでもなるのだよ!」
おいおい、そいつは俺が思い描いていた中でも最悪手だぜ、貴族さんよ。
「くらえ、『ブラスト・カッター』!」
「ドラン」
「イエスボス」
ドランは俺が名前を呼ぶ前に動き、俺達を庇うように大手を広げて前に立つ。
上位属性の不可視の刃がドランを襲う。
俺とミミは無事だが、盾もなしにあのレベルの攻撃を受けたドランは……。
「ふはははは! 部下を盾にして生き残ったか! しかし次はそうはいか…な……」
「おいおい勘違いすんなよ。この程度の魔法でオレの肉体に傷が付くとでも?」
当然、無傷だった。
「な、なぜ生身で受けて傷一つついてないのだ…っ!」
「へっ、教える義理なんざねえな」
ドランが親指で鼻を弾きながらそんな事を告げる。
誰の真似だ誰の、やめろこっちを見るな。
「さてと、オレはボスに楯突く奴らは全員皆殺しにしてきたわけだが……」
「ひっ、ブ、ブラスト……」
「あぁちなみに今更なにをしようとも無駄だぞ。ドランは現役でS級の冒険者だ、実力差は見ての通り、なにをしてもお前程度じゃあ敵わない」
「うぐぐ……」
どうやら魔術師としての腕前は確かなようだが、それ故に感じ取ったはずだ。
ドランと自分の間に広がった深い溝、その実力差を。
俺はドランに横へとズレてもらい、わざとらしく手を広げて肩を竦める。
「しかしまあ俺も鬼じゃない。なによりアンタが言っての通り部外者だ。しっかりとミミに謝罪し、二度とこんなふざけた真似はしないと約束できるのなら、今回の件に関して俺は許そう」
「ほ、本当か?」
「ああ、どうする?」
変態貴族は二もなくミミに向かって土下座した。
「も、申し訳なかった! ほんの出来心だったんだ! 本当にすまないと思ってる!」
「では罪を認めると?」
「ああ、わしがやった。だがもう二度とやらないと神に誓う! 本当だ…!」
ミミは複雑そうな顔で俺へと顔を向けてくる。
その表情は、正しくどうしていいかわからないといった感じだった。
「釈然としないか?」
「え、えっと……はい…」
あまり納得がいっていないのだろうミミへ近付き、顔を寄せる。
「――――安心しろ。これで終わりなはずがないだろう?」
「それってどういう…」
ガチャン。
ミミがなにかを聞き返す前に、俺達の背後にあるドアが開いて多数の人物がやってくる。
ガチャガチャと鎧の音を立てて現れたのは――――悪を正し、平等に全てを守護するこの国の王国騎士団だった。
そしてそんな騎士に守られながらこちらに近付いてくる人物が、一人。
その青年は黄金を思わせるような綺麗な金の髪に、若い獅子のような鋭く力強い瞳を持った――――この国の第一王子だった。
「ア、アバン様!?」
「アバン殿下ぁ!?」
ミミと変態貴族は揃って驚き、そして跪く。
もちろん俺とドランも同じようにした。
「皆の者、顔を上げ立ってくれ」
表を上げるよう告げられると、全員が一斉に顔を上げ立ち上がる。
アバン殿下はそんな面々を見渡し、最後に俺へと視線を合わせた。
「久しぶり、アスラン」
「久方振りに御座います、アバン殿下」
「そう堅くならないでくれよ。僕と君の仲じゃないか」
アバン殿下はそう言って笑いかけてくれるが……それは無理な話というやつだ。
「そのようなわけにはいきません。あの時とは状況が違います」
「そうかい…残念だよ」
アバン殿下は本当に残念そうな表情を浮かべると、変態貴族の前まで向かう。
変態貴族はというと、信じられない、なにが起こってるのかわからないといった様子だった。
「な、な…なっ、なぜ殿下がこのような者と!」
「黙れ」
「ひっ」
アバン殿下の一言で、変態貴族は尻餅をついた。
優しい顔に似合わず怖いお人だ、言葉だけでここまで人を委縮させることができるんだから。
「マルドッキオ侯爵、誇りある王国貴族としてよくも恥を知らぬような行いを働いてくれたね」
「こ、これは違うのです! こやつらに…!」
「何が違うというんだい? 証拠も揃っている。何より貴様自らがたった今罪を白状したんじゃないか。なにより僕の大切な……友人の部下を辱めるような真似をして……此度の件、厳重な処分が下ることは覚悟をしておくのだな」
……アバンはまだ…俺の事を友人だと思ってくれている。
その事に少しだけ嬉しくなり、笑顔がこぼれそうになるのを必死にこらえた。
「へ、平民を少し可愛がっただけでそんな!」
「平民も貴族も等しくこの国に生きる民草だ、そこに違いなどない。そんなこともわからぬ貴様如きに貴族の地位など勿体ないようだな……連れていけ!」
「「「「「ハッ」」」」」
騎士団の何人かが変態貴族を取り囲み、引きづりながら連れていく。
「そ、そんな…殿下! どうか、どうかお慈悲を! 殿下、殿下ぁぁあああ!!!」
変態貴族は未だに醜態を晒しながら、連行されていった。
俺は驚きのまま放心しているミミをドランに任せて、アバン殿下の元へ跪く。
「此度の件、御助力頂き感謝致します。アバン殿下」
「ははっ、それほど大した事はしてないけどね。前々から調べはついてて、あとはキッカケが欲しいと思ってたところに君の連絡だ、僕の方こそ助かったよ」
「恐縮です。ですが此度の件はやはり殿下のお力があってこそ、ですからもっと誇っても良い様に思います……失礼、出過ぎた口をききました」
「あはは、別にいいよ…君は相変わらず人を立てる上手いね……でもそれじゃあそうだなぁ…今回の件、恩に感じてくれてるのなら、また君とあの日のように、街でお茶をしながら話がしたいな」
アバン殿下は少しだけ懐かしむような表情でそう呟いた。
「機会がありましたら、是非に」
俺はそう答えたが…………それが叶えられるかはまた別の話だ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「クランマスター! お久しぶりです!」
クランの執務室にて仕事をしていると、バァンとドアが開け放たれてミミが元気な様子で飛び込んでくる。
ドランもそうだが、こいつらはノックと入室許可という概念はないんだろうか?
ないんだろうな、来るときはだいたいこんな感じだし。
「クランマスターはやめろ。俺はもう、お前のクランマスターじゃない」
「えっと、じゃあアスランさん!」
「それでいい」
ドランがお茶と椅子を持ってきて、ミミがそれに座る。
「すみません、お時間取らせてしまって」
「気にするな、それよりも経過報告をしろ」
「はい! まず――――」
あれから何度かこういった経過報告を受けているが、宮廷魔術師団長だったあの変態貴族はクビになったらしい。
それに加えて貴族の位まで剥奪されてしまったどころか、王国騎士団に一般魔法兵としてこき使われているんだとか。
厳しすぎるような罰である気もしないでもない、が、やはり余罪が明るみに出てしまったのが決定的だったようだな。
被害にあった女性から続々の申告、魔術師団としての資金の横領などと相当数問題を抱えていたようだ。
元々、アバン殿下も奴の犯罪の数々は調べがついていたと言っていたし、今回の件は本当にキッカケがほしかっただけなのだろう。
利が一致していたからこそ、話一つであれほど容易く宮廷まで通されていたわけだしな……ホント、先に連絡を取っておいて良かったと思う。
まあなんにしろ、俺としてはミミが元気に仕事ができているようなら問題はない。
「新しく上司になった方がとても良い人で! 今はとても楽しく仕事をさせてもらってます!」
「そうか、それは良かった」
「はい、これも全部アスランさんのおかげです! 本当に、本当にお世話になりました!」
立ち上がり、バッとミミが頭を下げる。
毎回毎回律儀な奴だ。
「それでその……アスランさん、ここに復帰したいって言ってた件なんですけど…」
「あぁ、その件か」
俺はようやくその話題が出てきたか、と腰を上げた。
前に一度、ここのクランへ戻りたいといった手前ミミ自身は言い辛そうにしていたが、俺としては本当にようやくだ。
ようやく、彼女がここへ足を運ぶことをやめさせることができる。
「今回の報告でだいたいの状況はわかった、お前はもう自分の仕事に戻るといい。これ以上は時間の無駄だ」
「アスランさん……いいんですか?」
「いいもなにも、俺は一度もお前がここに戻っていいなんて言ってないだろうが。とっとと自分の職場に戻れ。宮仕えの魔術師がいつまでもここにいたんじゃ俺達も仕事にならん」
雑に手をひらひらとミミに対して向けると、ミミは目に涙をためて腰を折った。
「この御恩、一生忘れません! 絶対、ぜったいに、いつか必ず返します!!」
「…そうかい。ま、期待しないで待ってるさ」
「はいっ! まっててください!」
ミミは何度も頭を下げると、『絶対いつか恩返ししますから!』と言って部屋から出ていった。
「さっすが俺達のボスだ」
今の今まで黙って立っていたドランが、俺の前まで来てそんな事を呟く。
「まさかあんな大物を引っ張り出してくるとはな。これで問題は解決、宮廷魔術師団の連中に貸しを作ったどころか、『赤の魔術師』っつー将来有望なミミと、さらにデケぇ繋がりまで生み出しちまうとは」
「世辞はやめろ、ドラン」
手の中で砕け散った連絡用の魔道具を弄りながら低い声でそう言うと、ドランは厳しく目を細めて俺を睨んでくる。
「いつからだ?」
「……」
「いつからこのプランについて考えてたんだよ、ボス」
さすが現役のS級冒険者……というか、ドランなら気付くか。
「映像記録機、話は聞いた事がある。確か数ヶ月前にボスの元に試作品を紹介しに来た物だよな? やっとできたって嬉しそうによ」
「そうだな、俺が頼んでいたブツだ」
言いながら、自分で自分が嫌になる。
「あれには過去の情景を映し出すなんてのはなかったはずだ。本当にその場で起きた事を記録して映し出す魔道具、それがあの映像記録機だったはずだ」
俺はミミの為だとか思いながら……。
「ボス、あんた……」
ドランの目をまっすぐ見返す。
「ミミが俺のクランに入ったのは……いつだ」
「あん? そりゃ確か五年くらい前だな」
「俺がこの魔道具に関して、協会に正式に製作依頼をしたのは?」
「……三年くらいま…え…」
「んで、あの変態貴族が魔術師団長に就任したのはミミを勧誘するほんの半年前だ」
「………………」
俺が言うまでもなく、ドランは気付いた。
そう、宮廷の魔術師になりたいという夢を持ちながら、ただの冒険者として活動していたミミを加入させたのは五年前だ。
そして俺がこれに近い魔道具に関して制作を頼んでいたのが、ちょうど三年くらい前のこの時期だった。
もちろん詰めるまでの時間は除外して、正式に依頼し始めたのが三年くらい前という事だ。
そして、元々良い噂のなかった変態貴族が宮廷魔術師団長に就任したのが五年と半年前。
「つい一年も前に入った魔道具協会の新鋭が完成させたのには驚いたが、おかげ様で予定にはかなり余裕を持たせることができた。本来であればギリギリ間に合うか合わないかくらいだと思ってたからな」
「おいおいまさか」
そう、ドランの言う通り、これで俺は宮廷の問題を解決したという実績作り出し、魔術師団の連中には俺への貸しを一つ作る事ができ、さらには将来有望な出世枠である『赤の魔術師』ともより強固な繋がりを持つことができた。
ただキッカケを作っただけとはいえ、実力主義が主なこの国ではかなり重要な事だ。
普通に考えて頭のネジが外れているとは思うが、この国ではキッカケを作ったという事は先駆けて戦場に突っ込んでいった事と同義なのだから。
「しっかし我ながらクズだと思うよ、まったく……でもこれで彼女を妨げる障害はなくなった。壁はまだまだ残ってるだろうが、実力主義のこの国にとってあれほど魅力的な魔術師も中々いないだろうよ」
「……ぷっはは、末恐ろしく感じるな我らがボスは」
ドランは唐突に吹き出し、そして扉の横まで戻り壁に背を預ける。
だがまだなにか聞き足りないようだと感じた俺は書類作業には戻らず、ドランの言葉を待っていた。
「一つだけ聞かせてくれボス。ミミの話を聞いた時、どう思った?」
「……………」
どう思った、か。
自分からそんな状況のところへと放り出しておいてなにを、とは思う。
わざわざ回りくどい手を使い、根回しをしてまで彼女を二年も苦しめておいてなにを、とも思う。
それでも、俺はあの時のミミの様子を思い出して……牙を剥き出しにした獣のような顔で歯を食いしばる。
「俺が大事に育てたクランメンバーだぞ? 腐った野郎が、きたねェ手で触れやがったどころか、ミミの夢まで潰すってんなら――――俺が殺してやる、だな」
「ハハハッ! お貴族様を腐った野郎呼ばわりとは、さすがだぜ」
「なんならあの場でブチ殺してやりたいほどだったしな、あのクズに関しては」
「ブフッ、ボス…アンタそりゃ言っちゃあいけない言葉って奴だぜ!」
「知ってる」
「ブハホァハハハハハ!」
ドランはなにが愉快なのかわからないが、笑いながら手を叩きながらニヤニヤとこちらを見てくる。
もう話すことはなさそうだ、俺は書類チェックに戻るとしよう。
「ボス、今回の件は高くついてますぜ」
「なにがだ」
「悪徳気取りのクランマスター」
思わず書類チェックの手が止まった。
「なんだその変な名前」
「宮廷でのボスのあだ名さ。最近有名らしいぜ? ウチの若いのがギルドで貴族からの依頼を受けた時にそんな事を言われたってよ」
「どういう意味だよ…」
「なんでも態度は悪徳なクランマスターそのものだが、本当はただの部下思いのクランマスターなんじゃないか、ってな。あの乗り込んだ魔術師団の連中が広めてるらしいぜ」
「名誉というか不名誉というか……ミミにその件に関して話しておけば良かったな」
もはや手遅れ感が否めないが。
気取りって……はあ、また心労が増えそうだ。
しかしま、今はとりあえず。
「今日も働いてもらうぞドラン、クランの為にな」
「イエスボス!」
読者の皆様へ。
「面白い(笑)」
と思ったら、是非是非”感想”をお願いします!
なにとぞ、ご協力のほど、よろしくお願いします!
追伸、凍結したら笑ってね☆