表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/7

迷宮遺跡


 持ち帰った貴金属類とゴーレムのコアは中々の金額になった。

 二人で折半しても財布がずっしりと重くなるくらいだ。

 だから、今日も奮発して牛肉の串焼きを購入し、噴水広場へと向かった。


「あ、篝くん」

「よう。いつも先を越されるな」

「早起き、得意だからね」


 他愛のない会話をしつつ、消耗品の再確認を行う。


「忘れ物は?」

「うん、ない。クッキーもちゃんと補充してあるよ」

「いい心掛けだ。忘れると悪戯して帰っていくからな」


 労働に対する対価を忘れたのだから、それも致し方ないが。

 二度三度と繰り返すと、ベルを鳴らしても来てくれなくなるらしい。

 妖精の顔も三度までだ。

 愛想を尽かされる。


「準備万端だな。じゃあ、行くか」

「うん。行こう」


 噴水から離れて、塔へと向かう。


「今日は第六階層だよね? たしか遺跡のダンジョン」

「あぁ、砂だらけのな。歩くたびに靴に砂が入る厄介な階層だ」


 そう話しつつ塔に入り、六番目の転移ゲートを潜る。

 通り抜けた先で視界に広がるのは積み上がり、敷き詰められた砂レンガの世界だ。

 第六階層は遺跡の内部を彷彿とさせるダンジョンだ。

 その素材でもある砂が大量にあり、同時に砂漠を思わせる。

 ゲートがある空間の天井からも、時折音を立てて砂が落ちていた。

 足下がやけにざらつくのもそのせいだ。


「わぁ、空気が乾燥してる。それになんだか暑い、熱が籠もってるのかな?」

「だろうな。換気が行き届いているようにも見えない」


 照りつける太陽がないだけまだマシなほうだ。


「ん?」


 ふと地面に目がいく。


「どうしたの?」

「足跡だ。先客がいるみたいだな」

「あ、本当だ」


 薄く積もった砂に複数人の足音が刻まれている。

 消えかかっていることから、俺達よりもすこし前にゲートを潜っていたみたいだ。


「どこかでばったり出くわすかもな」


 なんとなく足跡を踏まないようにしてダンジョンの奥へと向かう。

 第六階層での主な回収対象は昆虫や魔物の一部だ。

 薬の調合やら漢方、武具の製造過程に使われるものもあるらしい。

 たまに宝石やちょっとしたアクセサリーも見つかるが、今回のメインはそっちじゃない。

 手に入ればラッキーくらいの気持ちでいたほうが、ガッカリしなくていい。


「あっ、篝くん。あそこにいるよ。あれはなんの虫かな?」

「あれは……なんだろうな? でも、見覚えはあるぞ」


 一見してスカラベのようにも見える黒光りする昆虫。

 初見で第六階層を攻略した時に見つけて換金したような記憶がある。

 いくらだったかは流石に憶えていないが、持ち帰るだけの価値があるのはたしかだ。


誘光ゆうこう


 空間の狭間から虫籠を取り出し、詠唱を短縮した魔法を発動した。

 怪しい光が蓋を開けた虫籠へと落ち、それに釣られるように虫が飛ぶ。

 翅をばたつかせて自ら虫籠へと入り、俺はそっと蓋を閉じた。


「飛んで火に入る夏の虫ってな」


 虫籠を空間の狭間に仕舞い、次を探す。

 以降も虫を見つけては魔法で虫籠に誘導し、現れる魔物に対処した。


「フシュゥゥウウウッ」


 細長い舌をちょろちょろと動かす、爬虫類型の魔物。

 その見た目は蜥蜴に近く、まだ龍のような二本角が生えていた。

 先手を打って肉薄すると、周囲の砂が集まり壁のように迫り上がる。

 奴にはある程度、周囲の砂を操れる能力が備わっていた。

 こちらが構わず砂壁を斬り裂くと、斬り裂いた部分だけ隙間が空いて魔物が垣間見える。

 視線が合い、俺はふらりと身を傾けた。


「プリズマソード!」


 先の動作は後方からの射線を通すため。

 虹色に輝く光剣が、塞がりつつある隙間を縫い、砂壁を越える。

 そして、そのままの勢いで魔物の眉間に剣先を突き立てた。


「シュウウゥウウゥウウ……」


 致命傷を負い、魔物の命が尽きる。

 砂壁も重力に引かれて落ち、砂の小山と化した。


「上出来だ、空」

「ありがとう。うまく行ってよかったぁ」


 ほっと胸を撫で下ろしている。


「こいつはたしか鱗と角だったな」


 角の根元に黒刀を当てて二本を同時に切る。

 それから亡骸を裏返し、首の付け根にある逆鱗とその周辺の鱗を剥ぎ取った。


「それって何に使われるの?」

「角はすり潰して漢方だな。鱗はスケイルアーマーの素材だったはずだ」

「へぇー、そうなんだ」


 まぁ、冒険者は動き回ることが多い関係上、戦闘服のような丈夫で身軽な装備を好む。

 スケイルアーマーのような重い装備は定点に留まる街の警備に需要が固まっている。

 冒険者の中にも好んで重装備をする代わり者もいるにはいるが少数派だ。


「私たちが回収した資源って、ちゃんと社会のために活用されてるんだね。当たり前だけど」

「実感がわかない気持ちはわかるぜ。こっちにしてみれば資源を換金してるだけだからな」


 換金した資源のその後を知る機会なんて早々ない。

 適当な店で買った商品が、自分で取ってきた資源で造られているかも知れないくらいだ。

 初心者の頃は、なおさら実感が湧かない。


「でも、俺達の頑張りで知らない誰かが助かってるんだ。そう考えるとモチベーションが湧くだろ?」

「ふふ、そうだね。頑張って資源を回収しなきゃ」


 冒険者の存在意義を改めて確認したところで遺跡ダンジョンの奥を目指す。

 時折目印となる白炎を空中に灯しつつ歩いていると、また消えかかった足跡を発見した。


「んー」


 それをすこし見つめて思案する。


「足跡がどうかした?」

「いや、やけに乱れてるなと思って」

「乱れ……たしかに足跡がバラバラだね」


 歩幅も一定でなく、爪先の方向にもばらつきが見られる。

 相当焦ってこの辺りを駆け抜けたみたいだ。


「……魔物に追われていたのかな?」


 空の声音がすこし強張る。

 第一階層での出来事が脳裏を過ぎったか。


「それにしては追ってる側の足跡が見当たらないのが妙だがな」

「んー……浮いてるとか、飛んでるとか?」

「あり得るな。飛行型の魔物に蝙蝠に似たような奴がいる。それの群れに襲われたのかもな」


 可能性としては高いほうだ。


「そいつらは耳がよくて何処までもしつこく追ってくる。足跡がこんなに乱れてばたばたしてるなら振り切るのは至難の業だ」

「じゃ、じゃあ!」

「あぁ、余計なお節介かもしれないが助けにいこう」


 互いに頷き合って、消えかかった足跡をなぞるように走り出す。

 この行動が大きなお世話で終わることを願いつつ、足をまえへと動かした。


§


 こんなことになるなんて思わなかった。

 友達と一緒ならどんなダンジョンだって平気だと本気で思ってた。

 第五階層だって楽勝だったし、第六階層も上手くいくって少しも疑わずにいた。

 でも、蝙蝠の魔物の群れに追われるなんて。

 袋小路に追い詰められるなんて。

 友達がみんな怪我をしちゃうなんて。

 立っていられるのも走れるのも私だけなんて。

 助けを呼びに行きたいけど、魔法防壁の維持でここから動けない。


「キシャアアァアアアァアアッ!」


 魔法防壁を一枚挟んだ向こう側から、何度も何度も乱暴な攻撃が続く。

 私たちを食べようと必死に黒い羽をばたつかせて、魔法防壁に牙を突き立ててくる。


「お、おい。しっかりしろ!」

「ダメ、血が止まらない!」

「俺はいいから、包帯も薬も全部あいつのために使ってくれ!」


 私の後ろでは友達が死にかけていて、砂レンガの地面がどんどん赤くなっていく。

 命がどんどん無くなっていくのを、私はただ見ているしかない。

 魔力も底を尽き掛けていて、魔法防壁の強度はもう限界。


「誰か……助けて……」


 魔力と一緒に絞り出した声も、魔物の叫び声に掻き消されて誰にも届かない。

 もうダメだって諦め掛けた、そのとき。

 黒い軌跡を描いた一振りが私の目の前にいた魔物を斬り捨てる。


「よう、無事か?」


 魔法防壁越しに掛けられた声は優しくて、心強くて、涙が出そうになった。

 信じられないけど、間違いなくそこにいる。

 私の前に現れてくれた、王子様。

ブックマークと評価をしていただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ