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フェニックス


 歴史に名を残すことが夢だった。


「はぁ……」


 地球が異世界とやらに呑まれて十数年。

 人類は魔物という脅威と引き替えに超常的な力に目覚めた。

 誰にでも使える魔法と、人によって異なるスキル。

 人類はこれらを駆使して世界各地に出現したダンジョンの攻略に乗り出した。


「今日のダンジョン攻略も大成功だ! ほら、見ろ。回収した資源か大金に化けたぞ!」


 ダンジョンには貴重な資源が眠っている。

 天高く聳え立つ塔の各階層ごとに取れる資源が異なり、出現する魔物の強さも違う。

 そんな危険なダンジョンの資源回収を行う者たちを、人々は冒険者と呼称した。

 彼らの活躍のお陰で、今日まで人類は存続し続けられている。


「待ってろー。今から分け前を決めるからなー」


 そんな冒険者に夢を見ていたけれど。


「もう、うんざりだ」


 夢も覚めて、現実を見るときがきた。


「お、おい。どうしたんだよ、急に」


 パーティーを組んでいる仲間が戸惑ったように言う。


「急に? いいや、違う。ずっと考えてたんだ」


 そう返事をして一人一人の顔を見た。


「このパーティーに厄介になって俺はいったい何回死んだ?」

「え? あー、それは」

「殴殺、刺殺、絞殺、撲殺、毒殺、銃殺、圧殺、禁殺、斬殺、いくら数えても切りがない」


 何度も何度も、俺は殺されてきた。

 固有スキル、不死鳥憑きで俺が不死身なのを良いことに便利な捨て駒扱いだ。

 いったい何度こいつらを逃がすために命を投げ捨てたことか。


「で、でもよ。お前はスキルで死なないだろ?」

「そりゃ危険な役回りばかり頼んできたけど。その分、分け前に色付けて来たじゃんか」

「俺達には命が一つしかないんだよ」


 そして、これまで何度も聞いてきたような言葉が並ぶ。


「死ぬのが怖いなら冒険者なんて辞めちまえ!」


 そんな言い訳にもうんざりだ。


「俺はたしかに不死身だよ。でも、痛くないわけじゃない。怖くないわけじゃない。感情も感覚もお前たちと何一つ変わらないんだ。何度言っても理解はされないけどな」


 けど、だって、不死身なんだから平気だろ。

 一回死んだら終わりの俺達のほうが怖い。

 みんなそう言う。

 不死身の肉体がそんなに都合のいいものではないと誰も気つかない。


「愛想が尽きた。俺はパーティーを抜ける」


 そう言って席を立つ。


「なっ、嘘だろ! かがり!」

「じゃあな、分け前はいらねぇからとっときな」


 アジトである雑居ビルを後にして、俺は一人になった。


「さーて、どうすっかなぁ」


 一人気楽な身分になって再出発だ。

 誰のためでもなく俺自身のためにダンジョンを攻略するとしよう。

 まず手始めに簡単な低階層にでも行ってみるか。


「どうせ、死なないしな」


 自嘲して足をダンジョンへと向けた。


§


 異世界に呑まれた影響で現れたダンジョン。

 その資源に頼って生きてきたため、必然的に街はダンジョンを中心として広がった。

 ダンジョンの周辺地域には冒険者のための施設が多数あり、市街地とは一線を画した発展を遂げている。

 足を踏み入れば右も左も冒険者だらけ。

 上を見上げればどこからでも聳え立つダンジョンが見える。

 それを目印にして歩けば、塔へと続く入り口はすぐそこだ。

 内部に入るとすぐに広い空間が広がり、綺麗に並んだ幾つものゲートが顔を見せる。

 各階層ごとに用意された転移ゲート。

 それを潜ればいよいよ本番だ。


「まぁ、第一階層でいいか」


 気分で一番安全な階層を選び、ゲートを潜る。


「久しぶりに見たな」


 その先は青い空、白い雲、吹き抜ける風に深緑の大地、地下にあって地上のような世界が広がる、ダンジョンの第一階層だ。


「さーて、とりあえず適当に魔物でも狩るか」


 ゲートの前で突っ立っていても始まらない。

 日銭を稼ぐために魔物を捜し求めて足を動かした。


「もうすぐ収穫の時期か」


 降り注ぐ日光と肥沃な土地に恵まれたこの階層では農作物が育てられている。

 地上で育てるより何倍も早く育つのだとか。

 その辺に幾つも畑があり、魔物や盗人を追い払うためのゴーレムが徘徊している。


「あれも昔は冒険者の仕事だったらしいが」


 魔法と機械のハイブリッド技術が発展して誕生した魔導人形。

 それに仕事を奪われている。


「そのうち冒険者もいらなくなるかもな」


 そんな独り言を呟いて、魔物が多く生息している森へと向かう。

 風が吹いて枝葉が揺れ、森の音が連鎖した。

 地面を這う根っこに足を取られないように注意しつつ森の中を移動する。


「に、逃げろ!」

「やばい、やばい、やばい!」


 木々を躱して歩いていると、不意に焦ったような声が聞こえてくる。


「あん?」


 声音からして緊急事態みたいだ。

 第一階層はもっとも安全な階層で、初心者でも十分に対応できる。

 手に負えなくなるような魔物はいないはずだが、群れにでも襲われたか?


「はぁ……まったく」


 これまで何度も危機的状況を押しつけられ、捨て駒にされ、仲間に見捨てられてきた。

 だから俺がそっち側には回るのは死んでも御免だ。

 連中は顔も知らない赤の他人だが、それでも見捨てる気にはなれなかった。


「待ってろ」


 声がした方角へと駆け出し、誰かの助けに向かう。

 障害物である木々を何度か躱せば、その誰かの姿が見えてくる。

 五人組のパーティらしい。

 必死な様子で逃げていて、隊列も陣形もあったものじゃあない。

 それぞれが好き勝手に逃げているだけで初心者丸出しの逃走だ。


「グォオォオォオオオオォオッ!」


 その初心者を追い掛けてるように魔物の咆哮が響く。

 そして何かが煌めいた、その瞬間。

 最後尾を逃げていた少女が背中から襲われた。

 真っ赤な鮮血が天高く舞う。


「不味いな」


 倒れ伏す様を見て、走る速度を上げて急ぐ。

 光っていてよく見えないが、魔物は確実にとどめを刺そうとしている。

 間に合うかどうか微妙な距離だ。

 だが、ほかの連中が助けに入ればまだどうにかなる。

 そう計算していたが、ほかの連中は一瞬だけ迷う仕草をしてすぐに逃げ出した。

 誰も足を止めようとしない。


「――見捨てやがったッ!」


 その光景が過去の記憶を呼び覚ます。

 過去に何度も同じことを経験した。

 不死身の俺を囮にして自分たちだけが助かろうとする非常な連中を数多く知っている。

 あいつらも、あっち側の人間か。


「反吐が出る」


 真正面の樹木を躱して前進し、魔法を唱える。


「其は空に紅引く赤き一閃――」


 唱え終わると同時に、木々の配列が綺麗に並んで射線が通った。


紅燕べにつばめ


 風を切って飛翔した紅色の燕が滑空して馳せる。

 それは光に吸い込まれるように飛び、爆ぜることで魔物を吹き飛ばした。


「おい! まだ生きてるか!」


 魔物を遠ざけ、倒れた少女に声を掛ける。

 背中は酷い有様で、深く斬り裂かれていた。

 出血が激しく、呼びかけにも答えない。


「あぁ、くそッ! 冗談じゃねぇ!」


 見捨てられた挙げ句に呆気もなく死ぬなんてあってたまるか。

 なんとしてでも救わなければ。

 傷口を焼いてでも出血を止めてやる。

 そう強く思った、その瞬間だった。


「――あ?」


 地に伏した少女が発火した。

 唐突に燃え上がり、白い炎に包まれた。


「おいおいおいおいおい!」


 とにかく白炎を消そうと上着に手を掛け、ふと気がつく。


「傷、が?」


 無残にも斬り裂かれていた背中がみるみる塞がっている。

 まるで傷が燃え尽きて跡形もなく消えているみたいに。


「どうなってんだ?」


 燃えているのに燃えない。

 燃えているのは傷口だけ。

 燃えて、治す?


「……フェニックス」


 目の前の不可解な現象を見て、思い浮かんだのがそれだった。

 死と再生を繰り返す不死鳥の炎には二種類ある。

 自身を灰燼に帰す死の炎と、自らを蘇らせる再生の炎。

 そして、俺の固有スキルは不死鳥憑き。


「ただ不死身になるスキルじゃなかったのか」


 この白炎は再生の炎に違いない。

 俺のスキルだ。


「グォオォオオォオオオオオッ!」


 背後から咆哮が聞こえ、魔物の存在を思い出す。

 急いで振り返ると、火傷を負ったそいつが視線の先にいた。

 近くで見る魔物の姿は両手が剣のようになった人型だ。

 光ってよく見えなかったのも、刃が光を反射していたからか。

 だが、こいつは第一階層にいるような魔物ではないはず。


「階層落ちか」


 時折現れるイレギュラー。

 上の階層から落ちてくる上位存在。

 これまで何度か見かけたことのある魔物だ。

 恐らくは第五から第六階層あたりの住人か。


「だが、今の俺なら」


 今まで不死身になるだけのスキルだと思っていた。

 だからスキルを使おう思うことはなかったが、今は違う。

 初めて意識的にスキルを発動する。

 その瞬間、自身の右手に黒い炎が集う。

 それを形を為して、一振りの刀を模倣した。

 死を体現するかのような黒刀を握り締める。


「ようやく、わかってきた」


 黒刀を軽く振るうと落ち葉が舞い上がり、燃え尽きて灰燼に帰す。


「こいつは不死鳥の鉤爪だ」


 黒刀を構えると、刃の魔物が跳躍する。

 天高く跳び、落下の勢いを乗せて一撃を振り下ろす。

 落ちてくる剣撃を前にして、漆黒の刀身で弧を描く。

 剣閃で描いた三日月が魔物の刃を断ち切って過ぎる。


「グォオオッ」


 刀身を翻し、得物を失ったところへ一刀を見舞う。

 その太刀筋の過程にあるすべてを焼却し、黒刀は魔物を焼き切った。

 胴体を両断された魔物は命を燃やし尽くして息絶える。

 灰が舞う中で亡骸が地面に落ちた。


「気に入ったぜ、この力」


 一度、黒い刀身を眺めてからそっとスキルを解除する。

 黒刀は燃え尽きるように掻き消えた。


「さて、どうすっかな」


 振り返ると、白炎は傷と共に消えていた。

 傷痕も残さない綺麗な仕上がりだ。

 少女の意識は未だに戻っていない。


「まぁ、放っても置けないか」


 華奢な体を抱き上げて、その場を後にする。

 意識が戻ったのはその数十分後だった。

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