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決着をつけた盗賊

 吐血し壁に座り込んで動かないソルマに、一歩ずつゾンビのような足取りで近付いていく。

 血の滴るノーフォームが、鈍く輝きを放ったような気がした。

 痛みに堪えながら一歩、破壊衝動を抑え込んでまた一歩。

 ソルマの目の前に立ち、ノーフォームを両手で振りかぶる。


「おい、喋れるか?」


「少しは、ね……全く、君がここまで強くなると分かっていたら……追放しなかったと言うのにな……?」


「どうだろうな。お前らを1人で圧倒できる強さだぞ? この強さがパーティーに居る時に手に入ったとしても、きっとこうなっただろうさ」


「君の言う通りだ……冒険者は力が全て、私はこのまま君の剣を受けて散るとしよう……だが、1つ頼みがある……!」


「言ってみろ。だが、聞くかどうかは分からない」


 俺の返答を聞いて、ソルマはフッと鼻で笑った。

 ノーフォームを握る手に力を込めて、ソルマの言葉の続きを待つ。


「私の命で、終わりにしてくれ……パーティーの皆は、見逃してほしい……!」


「……今回だけだ、また俺の逆鱗に触れれば次は無い。それで良いな?」


 こんな時までパーティーの事を優先させられるのは、褒めてやるしかない。

 俺の問いかけにソルマは小さく頷き、ゆっくりと目を閉じた。

 ああ、約束してやる……だが、お前の命はここで終わらせてやる。


「くたばれ、ソルマァッ!」


「駄目だっ、ローブ殿っ!」


 ノーフォームを振り下ろそうとした瞬間、後ろから誰かに羽交い絞めにされる。

 振り下ろそうと思えば振り下ろせたのに、思わず止まってしまった。

 女性の声……今の呼び方は……


「シーリアス王女……?」


「そうだローブ殿! 自分が分かるか!? 落ち着け、その剣を振り下ろしてはならない!」


「うっ……離せっ!」


 シーリアス王女の必死の叫びに、頭がズキリと激しく痛む。

 その頭痛に苛立ち、俺は無理矢理シーリアス王女を振り払った。

 尻餅を着いたシーリアス王女の悲鳴が、頭痛を悪化させる。

 この頭痛は……【凶暴化】の痛みじゃない……!


「ローブ殿、その剣を振り下ろしてはならない!」


「邪魔をしないでくれ、シーリアス! 破壊衝動をお前に向けたくない!」


 ノーフォームをダラリと降ろし、痛む頭を片手で抑える。

 シーリアス王女は直ぐに立ち上がり、俺とソルマの間にを腕を広げて立ちはだかった。

 敵と定めたソルマの排除を妨害するシーリアス王女に、破壊衝動が向けられそうになるのを必死で抑え付けた。

 


「その衝動に身を任せ、殺意のままに剣を振れば君は必ず後悔する! 憎しみがあるのは分かるから、自分は君に殺すなとは言わない! だが殺すのであればスキルの衝動ではなく、自分の意志でやるのだ!」


「うる、せぇ……! ああっ、うるせぇっ! うるせぇんだよっ! 邪魔をするなら、まずはお前から――」


「いい加減にして……!」


 衝動が一気に膨れ上がり、俺はシーリアス王女にノーフォームを振るってしまいそうになる。

 だが耳元で声が聞こえ、次の瞬間に俺は殴られていた。

 地面に倒れ込み、俺は殴ってきた相手を睨む。

 特徴的な三角帽子……この格好は、


「メシア……なのか……?」


「シーリアス王女に、斬りかかっちゃ駄目……! ローブ、自分を取り戻して……!」


 メシアの言葉が、更に激しく頭が痛む。

 頭の中を破壊衝動が埋め尽くし、思考がぐちゃぐちゃになってきた。

 壊してやる……いや、メシアとシーリアス王女は……敵……?


「うああああああっ!」


 ノーフォームを持つ右拳を、俺の額に叩きつける。

 割れた額から血が流れ、頭が少しだけ真っ白になった。

 視界にじんわりと色が戻ってきて、破壊衝動がゆっくりと薄れていく。

 何とか【凶暴化】を、抑え込む事が出来た……!

 

「ローブ殿……?」


「ローブ……」


「2人とも、迷惑かけてごめん。でも俺はもう大丈夫……俺の意志で、決着をつけるよ」


 メシアとシーリアス王女はゆっくりと頷き、ソルマの前から離れてくれる。

 【凶暴化】の反動である、体が引き裂かれそうな痛みは残っていた。

 それでも俺はゆっくりと歩き、再びソルマの前に立つ。

 ソルマは目を閉じて微笑んだまま、俺の決着を待っていた。


「ローブ、覚悟は出来たか……?」


「ああ、待たせたな……!」


 俺はゆっくりとノーフォームを振りかぶり、状況を戻す。

 【凶暴化】の衝動に身を任せず、自分の意志で……ソルマを殺すんだ。

 シーリアス王女の助言のおかげで、答えは決まっている。


「ソルマァァァアアアッ!」


 ソルマの名を叫んで覚悟を固め、俺は容赦なく全力でノーフォームを振り下ろした。

 血しぶきが飛び、俺の頬や服を汚す。

 そして……俺はソルマを、確かにこの手で殺したのだ。


「ぐ、ぁ……ローブ……何故、腕を……!?」


「殺したんだよ。冒険者としての、『剣士』ソルマをだけどな」


「ハァ、ハァ……怖気づいたのか……?」


「違うさ。俺はこれからメシアと名を上げてみせる、お前はそれを見届けて後悔しろ」


「右腕だけなら、義手で復帰できる……スキルが残っている私は、冒険者として蘇るぞ?」


「煽って殺されようとしてんのなら無駄だ。復帰するのなら好きにしろ……ただし、二度と俺とメシア、シーリアス王女の前に顔を出すな」


「そうか……それが君の、答えか……」


「『盗賊』に負け、許嫁も奪われたという恥を背負って生きていくんだ。どうだ、普通に殺すよりもタチが悪いだろ?」


「……ああ、全くだ」


 緊張の糸が切れ、体が倒れそうになる。

 だけどシーリアス王女が受け止めて、更に肩を貸してくれた。


「乱入者が居たが……まあ、その前に私が降参した事にしよう。それで良いかい?」


「分かった……じゃあなソルマ、自殺するなよ」


「……さよならだ、ローブ。君こそ、その辺で野垂れ死にとかしないでくれよ……この私に、土をつけたのだから」


 シーリアス王女に支えられて、俺はゆっくりと闘技場の控室に戻る。

 メシアも俺の隣に来て、一緒に歩きだした。

 スッキリ出来たかと聞かれれば、正直物足らないような気がする。

 でも、メシアとシーリアス王女が隣で微笑んでくれているから……俺は、これで良かったんじゃないかな?

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