討伐対象の所へ向かう女騎士と魔術師と盗賊
俺達が自宅としている屋敷に戻ると、上空からハーティが嬉しそうに鳴きながら降りてくる。
ハーティが俺の元にやってきて頭を擦り付けていると、背後で剣が抜かれる鋭い金属音がした。
振り返ってみると、シーリアス王女がハーティを見て驚愕の表情で剣を構えている。
「きっ、貴様っ! そ、その魔物はブラックドラゴンではないかっ!? な、何故そんな凶暴な魔物がっ、メシア殿の屋敷に現れるのだっ!?」
「落ち着いてください、シーリアス王女。この子の名前はハーティ、俺達の仲間です。ダンジョン攻略の時に、メシアが手懐けたんですよ」
「ん? ハーティは……」
俺の嘘をメシアが訂正しようとするが、唇に人差し指を当てて秘密にしてもらう。
意図を察してくれたのか、メシアは顔を赤くしながら俯いて口を閉ざす。
シーリアス王女はゆっくりと腰の鞘に剣を収め、俺に撫でられているハーティを見つめた。
「ドラゴンを手懐けた、か……あの凶暴なブラックドラゴンを手懐けるとは、流石メシア殿。こうしていると大人しく可愛いではないか」
シーリアス王女がハーティを撫でようと手を伸ばすと、小さく唸り声が聞こえた気がした。
ハーティが俺の腕を振り払い、シーリアス王女の腕に噛みつこうとする。
マズイ、王女の腕を噛んでしまったら殺処分になりかねない!
「止めろハーティ!」
大きく開いたハーティの口に腕をくわえさせ、シーリアス王女の前に庇う様に体を割り込ませる。
俺を噛んだ事が分かると、ハーティは直ぐに口を離して頭を下げた。
なんで急に噛みつこうとしたんだろう、シーリアス王女が剣を抜いたからか?
いやそうだったら、近付く前から唸り声を上げているだろうしな。
「ハーティは、ローブが大好き……シーリアス王女の、ローブへの嫌悪感……感じ取っちゃったのかも……?」
「ハーティ、この方は俺達の大事なお客さんだ。もう今みたいに噛みつこうとするなよ。分かったなら、シーリアス王女に謝るんだ」
俺がそう言い聞かせると、ハーティはシーリアス王女に頭を下げて弱々しく鳴く。
怒りださないか内心焦っていると、シーリアス王女はやれやれと息を吐いた。
「今のは、不用意に撫でようとした自分も悪かった……ハーティ殿、申し訳ない」
なんとシーリアス王女はハーティに謝罪し、頭まで下げている。
ハーティは小さく鳴くと、ゆっくりとシーリアス王女に頭を近付けた。
顔を上げたシーリアス王女がゆっくりと手を差し出すと、ハーティが撫でさせるように頭を動かす。
一時はどうなる事か思ったけど、シーリアス王女が優しい人で助かった……
恐らくシーリアス王女は噛みつかれても、処分なんて言い出さないだろうけど……シーリアス王女の家族が黙っちゃいないだろうし。
「ハーティ、お出かけの時間だよ……私達3人を乗せて、飛んでほしい……!」
シーリアス王女に撫でられているハーティに、メシアが声をかける。
ハーティは短い鳴き声で返事をし、俺達が乗り込みやすいように伏せの姿勢を取った。
メシアの言葉にしっかりと従うハーティを見て、シーリアス王女は感心したように息を漏らす。
「確かにブラックドラゴンならば、馬で5日かかる距離を日帰りの距離に出来るだろう。だが、もう少し準備とかしなくて良いのか? 流石にそのくらいの時間は……」
「今日は元々、依頼を受ける準備は出来ていた……それに魔物と戦うのなら、ワタシは杖さえあれば充分……ローブも居るしね……!」
メシアの口から再び俺の名前が出ると、シーリアス王女の疑惑の視線が向けられた。
俺が自分の実力を隠そうとしている事に、メシアがまだ気づいてくれていない。
コッソリと伝えれば良いんだろうけど、シーリアス王女が常にメシアの近くに居るから話すのも無理そうだし……
デーモンを倒しきるまで、ボロが出ないと良いけど……
「それじゃあ、シーリアス王女はメシアと背中に乗ってください」
「……それでは貴様はどうする? まさかメシア殿に任せて、自分は付いてこないつもりか?」
「俺はハーティの腕に乗ります。良いだろ、ハーティ?」
俺がハーティに問いかけると、嬉しそうな了解の鳴き声が返ってくる。
シーリアス王女は俺に怪しんでいたが、フンっと鼻を鳴らしてゆっくりとハーティの背中に座った。
続いてメシアも背中に乗り込むと、ハーティはいつもより慎重に体を起こす。
シーリアス王女が背中に居るからだろう、本当にハーティは良い子だな。
「それじゃあハーティ……シーリアス王女の言う方向に、向かってね……」
「よろしく頼むぞ、ハーティ殿」
最後に俺がハーティの手に乗り込むと、ハーティは翼を大きく羽ばたかせて空に向かう。
メシアの指示とシーリアス王女の挨拶を聞いて、ハーティは嬉しそうに大きく吼えた。
デーモンが20匹か……メシアなら一瞬で焼き払うだろうけど、だからと言って油断できない。
もしも何かあってシーリアス王女に襲い掛かってしまう事があれば、実力を隠すなんて言わずに俺が対応しよう。
「まあメシアなら、そんなもしもを起こさないだろうけど」
そんな風に呟きながら、俺は懐に忍ばせているノーフォームに手を伸ばす。
大丈夫、コイツを使うような状況にはならないだろうさ。




