工房でやらかした盗賊
おっちゃんの工房の裏口を出た先、武器を試す為の小さな訓練場スペースがあった。
俺の手には【剣技】のスキルを試す為に、おっちゃんが作った片手剣を手にしている。
というのも折角装備を整えてもらえる事になったのだが、『盗賊』の俺は何を使えば良いか分からない。
だからこの機会に、使う武器を定めておこうとおっちゃんの武器を試させてもらうのだ。
「良し、ローブ! 好きなだけ試してくれよっ! ぶっ壊したって構わねえからなっ!」
「ローブ、頑張れー……!」
後ろの2人から賑やかな声援を受けて、俺は片手剣を緩く構える。
試してみるのは【剣技】の初歩的な派生技、一閃だ。
その名の通り片手剣を水平に振るうだけの技だが、熟練の『剣士』が使えば飛ぶ斬撃になるらしい。
とは言え、元パーティーのソルマですら斬撃を飛ばす領域には至っていなかった。
俺なんかじゃ斬撃を飛ばすなんて、遠い未来の話だろう。
「行きますっ! 【剣技】一閃ッ!」
派生技を宣言すると、俺の体が何かに導かれるように自然と動き出す。
右手の片手剣を水平に振るう、ただそれだけの動作の筈だった。
「うおぉうっ!?」
俺の一閃では斬撃を飛ばす事が出来ない、そこまでは分かっている。
だがしかし、俺は自分の能力値の事を全く考えていなかった。
剣を振るうと凄まじい暴風が産み出され、狭い訓練場を所狭しと吹き荒れる。
そして俺の一閃に耐え切れず、剣が根元からボキリと折れてしまった。
「ほ、本当に壊しちゃったぁ!?」
「おうおうおう、ローブゥ!」
「す、すいませんっ! ここまでやるつもりは無かったんです! この剣も弁償しますんで!」
険しい表情で迫ってくるおっちゃんに、俺は反射的に頭を下げる。
おっちゃんはぶっ壊しても構わないって言っていたけど、だからって本当に壊すのは駄目だよな!?
俺は怒られても良いけど、メシアの装備まで作ってもらえなかったら……ど、どうしよう?
「おっちゃんの剣を一振りでぶっ壊しちまうなんて、スゲエじゃねえかっ!」
「え? あ、あの……怒ってないんですか?」
「こんな些細な事で怒らねえよ。むしろお前が扱える武器を作る為に、やる気がモリモリと湧いてきたぜっ!」
おっちゃんは俺の腰をバシバシ叩くと、豪快に笑った。
あれ……むしろ機嫌が良くなってる?
「おっちゃんだけじゃなくて、ドワーフは……良い武器を作りたい……武器が壊れるという事は、まだ良い武器が作れる筈って事らしいよ……」
「おう、メシアの言う通りだっ! ローブが壊せねえ武器を目指せば、俺はまだまだ良い武器が作れるって事なんだろ? だから俺は嬉しいのさ! 今まで、俺の武器を壊した奴なんざ、見た事無いからなっ!」
「そ、そうですか……」
「とは言え、ローブは『盗賊』なんだろ? 気のせいじゃなければ、今のは『剣士』の【剣技】スキルじゃなかったか?」
「ああ、それはですね」
俺はゴーレムファクトリーで、【盗む】が覚醒した事を話した。
説明を終えると、おっちゃんは険しい顔で首を捻る。
「ははーん、成程なぁ。これからも能力値が増えるし、武器のスキルも増えていく……か。こりゃあ、一筋縄じゃ行かなそうだなぁ!」
「暫くは素手でも何とかなりそうですし、先にメシアの装備を優先して貰った方が……」
「駄目……! 後衛のワタシより、前衛のローブが先……!」
「大丈夫だ、メシア。実はローブの武器について、ある程度構想は浮かんできてるんだよ」
「本当……!?」
おっちゃん本当に凄いな……!
間違いなく面倒な俺の状況を聞いた上で、もう武器の構想が浮かんでいるなんて。
しかしおっちゃんは長い髭を撫でながら、視線を下にする。
「だが、希少な素材を惜しみなく使う事になるからな……工房にねえ素材も使うつもりだし、時間はかなりかかっちまうだろう」
そう言って悩むおっちゃんを見て、俺とメシアは顔を見合わせる。
考えは同じようで、俺達は微笑みながら胸を軽く叩いた。
「ワタシ達は、冒険者……!」
「しかも俺の武器の為なんです。だったら俺達が取ってくるのが当然の事ですよ!」
「お前ら……ああっ、じゃあ頼もうじゃねえかっ! お前らが素材を集めて、俺が必ずローブの為の武器を作り上げてやる!」
おっちゃんはニヤリと笑うと、ドタドタと工房の中に戻って行った。
その背中を見届けて、俺は再びメシアの顔を見る。
「俺の事で手間取らせて悪いな」
「ううん、全然手間じゃない……! ローブはワタシの、大切な相棒……キミの装備は、パーティーで重要だよ……」
「他の戦闘職は要らないんじゃなかったのか?」
「他の人はね……でも、ローブは特別……何となく、動きが分かるし……何となく、動きを分かってくれてる」
メシアはそう言って、ふわりと微笑んだ。
俺は直視が出来ず、頬を掻きながら視線を斜め上に逸らす。
俺が勝手に距離を取った時期はあったけれど、長い間一緒に過ごしてきた幼馴染なんだ。
完璧にとは言えないけど、ちょっとくらいなら考えてる事が分かる……多分。
「俺の武器の素材集めが終わったら、メシアの装備の素材も取りに行こうぜ」
「うん……!」