パーティーを追放された盗賊
「悪いがローブ、君にはこのパーティーを抜けてもらおうと思うのだ」
鶏が朝の迎えを告げる、宿屋の一室。
ベッドに腰かけるパーティーのリーダー格、赤い髪の『剣士』ソルマは淡々と告げた。
唐突に告げられた言葉に、俺は目を丸くする。
「待ってくれよソルマ! 俺が何をしたって言うんだ!?」
うろたえながら紡いだ言葉を、青髪の『僧侶』ビソーが鼻で笑い飛ばす。
「逆ですよ、愚か者。貴方が何もしてないから、パーティーを抜けろと言っているんです」
「どういう事だよ? 俺は『盗賊』として出来る限りのサポートをしてきたつもりだ!」
俺の職業は支援職である『盗賊』。
使えるスキルは【盗む】【索敵】【鍵開け】【罠解除】の4つだ。
【盗む】以外のスキルはもう熟練度が最大で、パーティーのダンジョン攻略をかなりスムーズにしていたと自負している。
俺の訴えを聞いて、緑髪の『弓兵』エイロゥが睨みつけてきた。
「戯れを……貴様は常にサボっていただろう……」
「はぁ? 俺は出来る限りの事はやってるよ!」
俺がそう反論した瞬間、巨大な拳が鳩尾に突き立てられた。
息が詰まり、その場で俺は蹲ってしまう。
殴ってきたのは大柄な体格のスキンヘッド、『重装兵』ダンモッドだ。
「ゲッホゲホッ! っ、うぅ……」
「出来る限りの事はやってるだとっ!? 冗談言ってんじゃねえぞゴルァッ!」
倒れ込む俺の背中を、ダンモッドは何度も踏みつけてきた。
呻き声を漏らしながら、俺の反論する気力を削られていく。
「止めたまえ、ダンモッド。床を血で汚しては、宿屋の方に迷惑がかかる」
「チッ、そうだな。俺はこのまま殺してやりてえよ、ペッ!」
「ぅ、ぐぅ……っ」
見かねたソルマが止めてくれたが、その優しさは俺に向けられなかった。
ダンモッドの吐き捨てた唾が、俺の後頭部にかかる。
俯いた俺の顔を見る為、ビソーが髪を掴んで持ち上げた。
「お馬鹿なローブ君、よぉーく聞いてくださいよ? まず貴方の【索敵】、自分では半径50メートルも分かるんだーって言ってましたけど……そんな自己申告で僕らは騙せない」
「そもそも……10メートル程度であれば……このパーティーは気付けるのだ……」
「そうそう、エイロゥの言う通りっ! テメエのスキルなんざ頼らなくても、俺らなら余裕だっつーのっ!」
何を言っている……【索敵】の熟練度を上げると、宝の位置が分かるようになる。
俺が今まで当然のように宝箱を案内したのは、【索敵】のおかげなんだぞ!?
頭には反論が浮かぶが、まだ苦しくて声には出てこない。
「次は【鍵開け】ですか。熟練度を上げたからどんな鍵も1秒とかからず開けられるとの事ですが……」
「いつも貴様が真っ先に手を付けるな……? 本当に鍵があったか、怪しい物だ……」
「本当は鍵なんてついてねーんだろ? 鍵付きの宝箱なんて滅多に無いって聞くしなっ!」
【鍵開け】のスキルで、モンスターの擬態を見破る事が出来る。
俺が真っ先に手を付けるのは、その確認をしているんだ……!
「【罠解除】に関しては、足も止めずに解除してる……でしたっけ? 罠なんて無かったから、後ろめたくてそんな事言ってたんでしょ?」
「ち……ちが……っ!」
「はーい、君の反論は聞いてませーんっ!」
ビソーはニッコリと笑いながら、俺の顔を床に叩きつける。
再び持ち上げて鼻血が垂れると、その箇所に俺の顔を擦り付けて拭き取った。
「最後は【盗む】ですけど……コレに関してはローブ君、あんまり使わないし分かってるでしょう? 盗むなんて、敵を倒して丸ごと持ち帰れば要らないって」
【盗む】でしか手に入らないアイテムがあるって、言っても皆は信じてくれなかった。
だから【盗む】で取ったアイテムは、素材を売る時にこっそり混ぜてきたのに……!
今まで黙っていたソルマが、大きな溜息を吐く。
ゴミでも見るような冷たい目が、俺へと向けられていた。
「所詮は『盗賊』、名前からして卑しい職業。上手く騙して私のSランクパーティーで甘い汁を啜ろうとでも考えていたのだろうが……」
ソルマの腰に差した剣が、俺の眼前に突き付けられる。
その切っ先はゆっくりと下がっていき、首にチクリと痛みが走った。
「残念ながらそうはいかん。だから君とはここでお別れだ。安心したまえ、王国に戻る金くらいは置いてあげよう」
ビソーが俺の髪を引っ張って、仰向けにひっくり返す。
そんな俺にエイロゥが、ジャラジャラと音の鳴る袋を顔面に叩きつけてきた。
「出来ればもうニ度と、顔も見たくないものだな……行くぞ」
「次のパーティーでは上手くサボれると良いですねぇ~? まあ、無理でしょうけど」
「さらばだ……卑怯者よ」
「お別れの一撃だっ! あばよっ、クソ野郎っ!」
ダンモッドがトドメと言うかのように、俺の顔面を踏んづけた。
そのまま靴底を念入りに押し付け、豪快に笑いながら部屋を出ていく。
俺がサボっていたと……アイツらはそう言うのか?
「なら……撤回させてやる」
パーティーから抜けさせた事を後悔する程、俺の名を上げてやるんだ……!
どれだけ時間がかかっても良い……必ず見返してやる。
元パーティーが出ていった扉を睨みながら、俺はそう心に誓った。