9. 獅子は弟を谷底に落とす
前回のあらすじ!
森にオオカミ退治にやってきた私たち! ラスターさんやボマードさんとは一旦別行動。頼れる優しいお姉さんのリオさんと一緒です!
リオさんの拳で遭遇したオオカミをやっつけた私たちは、最奥部の縄張りに向かいます! おや? ボマードさんが何か見つけたようですよ?
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「こんなところに洞窟の入り口が……」
「犬ッコロの癖に頭使いやがって」
薄暗い洞穴の中を手探りで進む。辺りには既に獣と血の生ぐさい臭いが立ち込めてきている。
「……近いな。人間の血の臭いも混じってるぜ」
犬みたいな鼻の利き方をさせるラスター。そんな彼らの前に本物の犬がやってきた。
「来たか。構えろよ、ボマード」
「ええ」
涎を垂らしながら二人を見つめる無数の目。ラスターは剣を抜きボマードは胸の前に拳を構える。
「行くぞぁ! あっ」
「ぐるぅ⁉」
「ラスター殿⁉」
剣を振り上げた拍子に天井に突き刺さってしまった。
「クソが、抜けねぇ!」
「マズい、私一人でこの数は……」
「悪い、何とか一人で持ちこたえてくれ!」
「えぇっ!?」
ラスター一行が二手に分かれる少し前──
「ラスター、ちょっと」
「なんだよ……」
リオがラスターを手招きで呼び寄せ、小声で話し始めた。
「もしオオカミの縄張り見つけてもさ、お前は手出ししないでくれる?」
「はぁ? 何言ってんだお前……」
「あいつ一人でやらせたい」
ボマードの方に視線をやりながら言った。
「……大丈夫なのかよ」
「私の弟が信用できないのか?」
「してるに決まってんだろ。俺の相棒だ」
そしてラスターが一芝居打ったというわけである。しかしそんなことは知らないボマード、当然焦り倒している。
「あぁ、ちょっと、ラスター殿! 大丈夫ですか!?」
「俺にかまうな! このぐらい一人で何とかしろ!」
「そう言われても……ぬぅん!」
背後から飛びかかってくるオオカミに裏拳で『浄めの力』を叩き込むが、精神の乱れ故か瘴気を祓いきることができない。
「そんな……なぜ……」
「落ち着けよ、平常心だ!」
もうとっくに剣は抜けているのに刺さったふりを続けている。
「ああ、このままでは……」
「お前ならやれる! あっ。ダメだまだ抜けねぇ!」
一度抜けた剣を再び突き刺す。オオカミがラスターたちを取り囲む。
「ラスター殿、今一回抜けてましたよね?!」
「いや、全然だ! あー、やべぇ!」
焦るボマード。焦るふりをするラスター!
「おのれ、どうすれば……」
「……これホントにマズくねえかな」
ラスターが流石にちょっと心配になってきたまさにその時
「ボマードォ! 腰が引けてるぞ!」
洞窟内に凛々しい声がこだまする。ボマードは今日イチの怯え顔を見せた。
「姉上……」
「おい、情けねぇ面だな弟よ」
リオが腕を組んで洞窟の入り口に立っていた。なぜかチギリを肩に乗せて。
「囲まれちゃってますよ!」
「心配しないで。聖拳、見せてあげるね」
一瞬チギリちゃんを見やってすぐにボマードのほうに向き直り、息を大きく吸い込んだ。
「ボマード! 聖拳心得ッ!」
何を叫んでいるのでしょう。しかしボマードさんは落ち着きを取り戻したように深く息を吸いました。
「ひとォつ!」
「神の拳は慈愛の鉄拳、神に代わって拳を振るえ!」
「ひとォつ!」
「神の使いに仇なす者には拳をもって誅罰を下せ!」
え、なんかすっごい。ボマードさんの動きが見違えるようになりました。そして拳を入れられたオオカミさん達は、荒々しさが消えてすっかり大人しそうになってしまいました。これが聖拳なんですね!
「よっしゃいいぞ! もひとォつ!」
「はい! 力こそ正義、故に神の威光は絶対であるゥ!!」
終わったみたいですね。もう巣穴の中に暴れてるオオカミさんはいません。ボマードさんは軽く一礼してこちらに歩いてきます。
「姉上、見苦しい所をお見せしました」
「しっかりしなよ。お前は勇者サマの相棒なんだからな」
にかっと笑ってボマードさんの頭を二回ポンポンと叩きました。見た目はこれでもしっかり姉弟なんですね。ボマードさんも少し恥ずかしそうに笑っています。
ひとまずこれで解決ですね。さあ、帰ってラスターさんのお嫁さん探しを……あれ、ラスターさんは?
「ラッさーん。帰りましょー?」
「ちょっと待ってくれ……ちょっと手伝って……」
声のする方に目を向けると、天井に刺さった剣を必死で抜こうとしているラスターさんがいました。何やってんですか?
「ヤベ……深く刺しすぎた……」
「そうでした、私も手伝います!」
「うへー……ドジですねぇ……」
「まったく、たるんでるな」
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「はっはっは! 別にそんな芝居までしなくてよかったのに!」
リオさんが爆笑しながらラスターさんの背中をバシバシ叩いています。ラスターさんはずっと恥ずかしそうに横を向いています。
「そうです! あらかじめ言ってくだされば……」
「だってよぉ……その方がいいと思ってよぉ……」
状況はラスターさんが劣勢のようですね。でもいじられてるラスターさんが面白いので私は静観します。フォローなどしません。
「こいつ一人で戦う状況ならそれでよかったの。なのにあんた……ひーっひっひ!」
「笑いすぎだろ!?」
「だってあの……プルプル震えて剣抜こうとしちゃってさ……くっくっ……」
そうですね。百歩譲ってボマードさん一人にするための芝居を打ったのはいいにしても、あの姿はお間抜け極まりなかったです。私も思い出すだけで吹き出しそうです。
「うえっへへへ」
「お前も笑ってんじゃねぇよ!」
堪えきれませんでしたね。
「ごほん……それよりお前ら、気づいたか?」
ラスターさんが急に真剣な顔で切り出しました。さっきまでプルプル震えてた人とは思えません。
「……あの洞窟の入り口ね」
「そうだ。ツタで覆って隠してあっただろ」
そういえば入口のところに切り刻まれたツタの残骸、落ちてましたねぇ。しかしそれが一体何だというのでしょうか?
「ハイイロオオカミはそれなりに賢い動物だが、そこまで頭が回るとは思えない」
「……何者かが飼い馴らして人を食わせていた、ということですか?」
「えぇっ!?」
誰がそんなひどいことを⁉ そ、それに何の目的で⁉
「推測の域を出ないけどな。その可能性もあるってことだ」
「分かった、私が伝えておこう。調べてもらうよ」
リオさんが答えるとラスターさんは黙ってうなずきました。本当だったら怖いですねぇ……
「さて、チギリちゃん。お仕事も終わったことだし、リオーネを案内してあげよう」
「ふぇ?」
「さあさあ、レッツゴー! あんたらも適当に時間潰してなよー」
強引に連れていかれました。
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リオさんとボマードさんはこの街の出身らしいです。王都ほどではないですがなかなか賑やかな街ですね。
リオさんはなれた足取りで、石畳の街を軽やかに歩いていきます。庭って感じですね!
「チギリちゃん、どこか気になるところある?」
「とりあえず……お腹すきました」
リオさんは分かったと答えて近くのお店に案内してくれました。持つべきものは地元民ですね!
「こっちにはもう慣れた? あいつらに嫌なことされてない?」
テーブルに置かれた水を一気に飲み干して尋ねてきます。
「はい! ボマードさんは親切だし、ラッさんは……厳しいけど悪い人じゃないので!」
「そっか……あいつ素直じゃないからね」
やっぱり古い知り合いにもそう思われてるんですね。リオさんも呆れてますわ。お嫁さんも見つからないわけですよ。
「ねーリオさん……」
「あー、私はダメだよ。まだ結婚とか考えてないから」
未来を読まれた?!
「そんなぁ、どうしてですか?」
「今は仕事が大事、っていうか……」
キャリアウーマンみたいなこと言ってます。そんなことを言ってる子は婚期を逃すってお母さんが言ってました。
「ボマードがもうちょっとしっかりしてくれたら安心して任せられるんだけどね」
私にはよく分かりませんが、リオさん的にはボマードさんはまだ頼りないようです。だから厳しくして鍛えようとしてるんですね。
「だからその時はすっぱり引退して素敵な旦那様見つけるつもり」
「はえ~じゃあその時にはぜひラッさんと……」
「それはちょっと……あいつは本当に興味ないと思うし……」
嫌なんですね……ラスターさんは孤独で可哀想な人だから何とかお慈悲を与えてほしいんですけど、お相手の意思も尊重しなくてはいけませんからね……
「……昔言ってたよ。『俺はみんなの勇者だから誰か一人のものになるわけにはいかない』って」
「えっ、人違いじゃないですか?」
あのラスターさんがそんなキラキラ王子様キャラみたいなこと言っていたとは到底思えません。ラスターさんは王子様って感じじゃないですよ、どう考えても。
「確かに言ってたよ」
「嘘だ……」
ちょっと胃もたれがしてきました。せっかくの料理でしたがあまり喉を通りませんでした。うわ、キッツ……
「どうしたの? あんまり食べてないね?」
「リオさん……私は思ったより険しい道を歩いているのかもしれません」
「……? うん、ガンバッテネ!」
魅力的な女性と引き合わせればそれで大丈夫と考えていましたが、少し考えを改めなくてはいけないようですね……負けるな、チギリちゃん!
続く!
「そういえば神器って使わなかったんですか?」
「えっ? 使わないよ~、壊れたら困るじゃん?」
「いや、でも神器ってなんかすごい力を秘めた武器みたいな……」
「ええ? そんなんじゃないってば!」
「だって最強の12人に託されるって……」
「当たり前じゃん。強い人に預けとくのが安全でしょ?」
「あぁ……そうですか……」