8. 武闘派僧侶は拳で語る
前回のあらすじ!
ボマードさんに突然飛び蹴りを食らわせた謎の女性! なんとボマードさんの姉・リオさんでした!
……あの若くてきれいなお姉さんが? ボマードさんって何歳ですか!?
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「今年で16になりました。去年成人したばかりです」
「で、私が5つ上ね。ラスターと同い年」
開いた口が塞がりません。見た目からしてアラサーだと思ってました。私のお姉ちゃんと同い年じゃないですか。……お姉ちゃん…………
「うっ……頭が……!」
「チギリ!? どうした!?」
あっ、はぁー!(高音) 死んだ時のこと何か思い出しそうです! 確かお姉ちゃんの部屋から何か借りて……うーん……
「ここまでですね……」
「うわあ! 急に落ち着くな!」
死因に関してはゆっくり思い出していくことにいたしましょう。それよりリオさんがおっしゃっていた。“ヒエラティックアーツ”とか“エクリプスロード”って何のことでしょう?
「まあ、あれよ……当代最強の12人こそが黄道十二神官なのよ」
「何だ、その頭悪そうな説明」
「別に間違ってないでしょ? ポンコツ勇者は黙ってなさいな」
仲良さそうですね。家族ぐるみのお付き合いというやつですか、そうですか。ボマードさんの補足説明によると、カプル王国に伝わる12個の神器を与えられた“神の使徒”のことだそうです。
「神様の使徒なのに国から任命されるんです?」
「そういうもんだ。細かいことは気にするな」
そういうもの……。しかし最強の12人ですか。そうなってくると勇者様の存在意義とは……
「ラッさん、私は味方ですよ……!」
「お、おう……何だお前」
やっぱりラスターさんは可哀想な人です……勇者不要論が流れ始めても私は味方で居続けましょう。
「それで、ひえらてぃっくあーつとは?」
「はい、聖拳とは邪を祓い神の正義を宣揚する……」
しかしボマードさんの説明をリオさんがパチンと指を鳴らして遮ります。
「論より証拠。この後の仕事で見せてあげるよ」
また私の頭を撫でながら優しく言ってくれました。お姉ちゃん……
「よっし! それじゃあ行きますか!」
「待て」
膝をポンと叩いて立ち上がるリオさんをラスターさんが制しました。まさか何かトラブルが?
「入林許可の手続きがまだだ」
「もー! 入口で待ってるからさっさと済ませてこい!」
ファンタジー世界でもそういうの必要なんですね……
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「すみません、入林許可の申請なんですけど……」
「ではこちらに人数、入林目的、代表の方の署名と拇印をお願いします」
手続きは極めて事務的に進行しています。なんかまた一つ夢を壊された気分です。
「なるほど……はい、では身分証のご提示お願いします」
「えーっと……ん」
ラスターさんが不愛想に差し出した一枚のカード、上部にでっかく“勇者証”と書かれたラスターさんの肖像付きのカードです。その横に小さく色々書いてあるのは多分ラスターさんの個人情報でしょう。
「……ありがとうございます。では、許可証の方、発行の準備できましたら番号札31番でお呼びしますので、ロビーでお待ちください」
「はいよ……チギリ、なんて顔してんだ」
「こんなのファンタジーじゃないです……」
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そして、無事に入林許可証を受け取った私たちは、リオさんの待つ森の入口へ。
「待たせたな」
「別に私一人でも大丈夫だけどねー」
なんて軽口をたたきながらいざ森の中へ足を踏み入れます。意外と開けた場所で、木漏れ日が明るい森でした。背の低い草がくるぶしに当たってちょっとくすぐったいです。
「歩きながら今回の役割分担を説明する」
「言われなくても大体わかるけど」
「念のためだ」
パーティ内での役割分担! これは重要ですね!
「今回のターゲットは、この森の最奥部に縄張りを構えるハイイロオオカミの群れ、こいつらの瘴気を祓うことだ。俺はサポートに回り隙を作るから、リオとボマード、お前たちが聖力を打ち込め」
ボマードさんが神妙な面持ちで頷きます。……あれ? 私の役目は?
「ねえねえ、ラッさん。私は?」
「お前は、安全な場所で待機……もとい後方支援だ」
「後方支援……! ふっふ、私にお任せあれです!」
やっぱり魔法使いといえばこれですよね! 私が天才的アシストを見せてあげますよ! とはいえ私は素人ですから安全には十分気を付けないと。私はお利口さんなのでその辺もちゃんとわきまえているんですよ!
「うーん、ちょっとそれ待った」
リオさんがしたり顔でスッと手を上げました。
「姉上、何か問題でも……」
「二手に分かれましょ! 男チームと女の子チーム!」
「お前が女の子?」
「私が女の子じゃなかったらあんたもオッサンよ。ねー、チギリちゃん」
その通りです。21なら十分女の子ですよ。……でもボマードさんのお姉さん……はっ! いけません! ボマードさんは16歳……ボマードさんは16歳……
「答えにくいこと言わないでください!」
「がーん!」
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そして二手に分かれて森林内の探索に繰り出します。私はリオさんとのコンビです。
「リオさん、リオさん」
「どうしたの?」
リオさんが上目遣いで私の方を振り返ります。
なぜ私は肩車されているのでしょうか?
「歩くの疲れたでしょ?」
「いえ、そこまでは……」
「いいの、いいの。鍛えてるから」
いいのでしょうか、ちょっと申し訳ないです。でもリオさんの足取りは依然として力強いままです。ちょっとぐらいならいいですかね。
それにしても素晴らしい安定感です。体幹がしっかりしている証拠ですよ。体幹って何か知りませんけど。肩車慣れしてるって感じです。
「昔はこうやってボマードも肩車してやってたっけ」
「ええ……想像つきません……」
子どもの頃の顔がイメージできないんですよねぇ……生まれた時からあの見た目だったんじゃないでしょうか?
「多分ストレスかな……ある事故に巻き込まれてから急に老け込んでね」
「ある事故?」
「突如現れた次元の狭間に吸い込まれちゃったんだよ。結局3日で救出されたけど、『30年は経ったように感じた』って言ってたなぁ。相当しんどかったんだろうな」
……謎はすべて解けました。浦島太郎になっちゃったんですね、ボマードさん……
「あいつ寂しかっただろうに、恥ずかしがってあんまり甘えなくなっちゃたんだよなぁ」
「いやぁ……それは……絵面的にちょっと……」
「チギリちゃんも寂しい時は甘えなよ? 子どもの特権だからね」
トゥンク……
なんて出来たお姉ちゃんなんでしょう……ラスターさんに両手両足の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいです。
「あいつもああ見えて良い所はあるのよ? あっ……」
「どうかしまし……へぶっ!」
「ああ……遅かった……」
垂れ下がってきていた木の枝に気づかず頭をぶつけてしまいました。もっと早く言ってくださいよ……いや、私もボーっとしてましたけど。
「ごめん、ごめん。大丈夫?」
「うぅ……痛いです……」
さっそく甘えちゃいました。わけも分からず異世界に放り出されたのですから罰は当たりませんよね?
ぶつけてしまったおでこの真ん中あたりをフェザータッチでさすってくれています。手があったか~い……
「ちょっと休んでいこうか。ほれ、おいで!」
その場に正座したリオさんが自分の膝をポンポンと叩きます。もしかしてヒザマクラ?
「え~……でも……」
「遠慮しない」
「……それじゃあお邪魔します」
はぁ~安心しますねぇ、膝枕なんて久しぶりです。死ぬって分かってれば、もっとしてもらっておくんでした。だんだん眠くなってきちゃいました……
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「こんなところで熟睡できるなんて大物ね」
起こさないようにゆっくり立ち上がると、寝息を立てるチギリをそっと木の幹にもたれさせた。
「……4匹。見廻り組ってところかしら」
4匹のハイイロオオカミがリオの背中を見据えていた。
「チギリちゃんに見せてあげたかったけど……起こすのも可哀想ね」
リオは振り返り、ゆっくり息を吐きながら右の拳を軽く握る。
「浄めてあげるわ。もちろん拳で」
【聖拳】
力を司る神・プニュスタージを本尊とする宗派。3000年の歴史を持つ。もともとは神にささげる演武だったが、長い歴史の中で武術としても発展していった。
(『言淵』王立文部科学院編より)
それが聖拳。リオがオオカミに軽く拳を当てる。
「お休み。辛かったね」
リオの拳を通じて、オオカミに魔力が流れ込む。
彼女の魔力は、幼い頃より鍛え上げられた『浄めの力』を宿している。
その力が、オオカミ達を凶暴化させる瘴気を打ち消した──
「うん、この分ならボマードでも平気か。……普段通りやれればだけど」
眠りこけているチギリをよいしょと背負って森の奥に向かって歩き始めた。
一方そのころ──
「んだよ、行き止まりか?」
一足先に森の最奥部にたどり着いたラスターとボマード。眼前に広がる蔦の張った土壁を見上げていた。
「ここ登れってのか?」
「しかし森の外に出てしまいますよ」
思案する男二人。ボマードが念のためと、土壁を魔力で探り始める。
「……! これは……」
「そこかぁ!」
ボマードが手を止めた場所をラスターが一刀両断する。その箇所だけ土壁がもろくなっていて、バラバラと崩れ去り洞穴の入り口のようになものが現れた。
「ここが連中の本拠地か」
「そのようですな」
いざ、ハイイロオオカミの巣食う洞穴へ……! 続く!