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75. サラメーヤの甘い誘惑

前回のあらすじ!

お向かいのサラ美さんが持ってきてくれたお裾分けのシチューをひっくり返してしまったチギリちゃん。

ちょっぴり気まずい気分です!

 「あら、チギリちゃんじゃない」

 「ぎょっ」


朝の修業から帰ってくると、店先にいたサラ美さんにバッタリ出くわしてしまいました。昨日の今日ですから少し気まずいです。


 「あの……そのサングラスは……?」

 「ただのトレンドアイテムよ。それより──」


首に腕を回して、顔と顔を密着させてきました。ほのかに甘い香りがします、なんだか心安らぐ香りです。


 「昨日はやってくれたわね~? ホントにショックだったんだからぁ」


良い匂いに気をとられていましたが、私たちは気まずい関係なのでした!


 「ご、ごめんなさい……あれは不可抗力で……」

 「イイって、イイって、気にしてナイカラ!」

 「ホントですか?」

 「ホントホント。あ、そうだ、今暇? チギリちゃんに合う服見繕ってあげようか?」


軽いジョークで気まずい雰囲気を洗い流しつつの、流れるようなお誘い……サラ美さんは相当のコミュニケーション強者と見ました。あのリリスさんとお友達になるぐらいですから当然というか必然ですか。


 「せっかくのお誘いですが今日はちょっと……」


サラ美さん、いい人っぽいんですけど、なんか付いていったら取って食われそうな雰囲気があるんですよね。そう、例えるならピスケスさんのような……!


 「え~そう? やっぱり私のこと嫌いなんだ~シクシク……」

 「ていうのは冗談です! ちょうど新しいお洋服が欲しかったんですよ!」


昨日の失態を盾にとられては断るわけにいきませんね。別にそこまで嫌でもないですから大丈夫ですけど。


 「わぁ~可愛い! 素材がいいから素朴な格好も似合うわね!」

 「えへへ……それはどうも……」


さっきからいろんな服を着せてもらってるんですが、いちいち「可愛い可愛い」って言ってくれるので、嬉し恥ずかしです。


 「あら、もうこんな時間。チギリちゃん、今日の服持って帰っていいよ」

 「え、いや、流石にそれは……」

 「だって可愛いんだも~ん♡ お姉さんからのプレゼント!」


これはいけません、サラ美さんったら私の可愛さにメロメロになっています。チギリちゃんってば罪な女の子です。


 「っでもほんとに大丈夫です、申し訳ないですし……」

 「うーん、それじゃあ一つだけ持って行ってよ。一番気に入ったの」

 「はぁ、それくらいなら……」


一つだけって言われると……今着てるコレですかね。生地が美しくて、見つめてると頭がポーッとしてくるんですよね。肌触りもバツグンですし。


 「じゃあこれにします、これがいいです!」

 「そう? 気に入ってもらえてよかったわ」


せっかくなのでこれは着たまま帰りましょうか。上からローブを羽織ってと……


 「えぇ、ちょっと、隠しちゃうの?」

 「サラ美さん、このローブを脱ぐわけにはいかないんですよ。私魔法使いなので!」


サラ美さんは「まあっ」と言って、口に両手を当てました。


 「その歳で試験に合格したの!? すごいわ!」


『試験』……? サラ美さんは今そう言ったのですか? 魔法使いになるのに試験が必要なんですか? 私そんなの知らない……というか今までにも魔法使ってましたけど、


ひょっとして無免許ってことですか!? ど、どうしましょう、私逮捕とかされちゃうんでしょうか!?


 「え、あ、あの、わた、わたし……」

 「どーしたの青い顔して。軽いジョークよ」


『ジョーク』……? サラ美さんは今そう言ったのですか? 魔法使いになるのに試験が必要なもんだと思ってしまったじゃないですか。


 「もう! 私逮捕されちゃうのかと思ったんですよ!」

 「あっはっは、ごめんってば!」


まったく、誰も彼も私のことからかって! そんなに私が可愛いですか!


 「可愛いね、チギリちゃん。ホントに何も知らないんだ」


微笑みながら言うサラ美さんに少し背筋が冷たくなりました。


 「誰も教えてくれなかったの? 誰かに聞こうとしたことは? 不思議だねぇ、喋りたての子供でも知ってること、今初めて知ったみたいな顔してる」


 「へ? はい?」


サラ美さんは優しく微笑んでいました。いましたが、なんか、よく分かりませんけど、嫌な感じがしました。


 「ねぇ、お父さんとお母さんは? チギリちゃんのこと、ちゃんと教えて?」


お父さんとお母さん? もうとっくに死に別れてて、いや、でも死んだのは私の方で、というか私が転生してきたことって秘密なんでしたっけ、そもそもサラ美さんはどうしてそんなこと


 「一人は寂しいよねぇ。分かるよ、あなたの気持ち」


サラ美さんが、そっと抱きしめてくれたんです。よく分かりませんけど、懐かしい匂いがあふれてきて、涙がどうにも止まらなくなってしまいました。


 「大丈夫よ。寂しくなったら、いつでも帰っておいで。私ずっと待ってるわ」

 「おかあさん……」


声が、匂いが、感触が、温もりが、全部が懐かしくて、永遠にこうしていられたら私どんなに幸せかと──


それでいいんですか?


これは誰の声……私の声? 聞こえた途端に、溢れてきました。ボマードさんの落ち着いた声が、ウリたんのモフみが、ラッさんの大きな背中が。


私どうして泣いてるんでしたっけ? 別に寂しいことなんて一つもないです。ちょっと動揺しておかしくなってたみたいです。


 「サラ美さん、私平気ですよ! 今はちゃんとお父さんとお母さん(予定)もいますから」

 「…………ふーん、そう? それ聞いて安心したわ」


抱きしめる腕を解いたサラ美さんは、穏やかな顔で私の髪を撫でました。サラ美さんもいい人です。


 「じゃあ帰りますね! これ、ありがとうです!」

 「うん……またね」



────────────



 「どうした? 幻術を使わなかったのか?」

 「使ったわよ。ちょっと攻め方間違えたかも」


サラメーヤは不満顔だ。チギリを取り込もうとして失敗した。渾身の、話術と幻術だった。


 「まー、いいけどさ、布石(・・)は打ったし」

 「布石?」

 「今夜。やるわよ。勇者の家族、消してやりましょ」


一転して、満面の笑み。リッキーはこの女を味方ながら不気味に思った。


 「嬉しそうだの、随分」

 「久々に……疼いちゃったもの、欲しくて欲しくて」


サラメーヤは胸いっぱいに息を吸い込む。


 「勇者が壊れたらさ、あの子も少しは寂しくなるかしら?」

 「あん?」

 「可愛い可愛いチギリちゃん……私のモノにしてあげる」



続く!


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