74. サラメーヤの思い通り……?
前回のあらすじ!
ラスターさんを守るため、戦うことを決意したチギリちゃん! よっしゃやりますよ!
それにしても、お向かいの服屋さん、静かですよねぇ……
「あら、マジカルさん、おはようございます」
「あっ、お、おはようございます」
何てことのないご近所どうしの朝の挨拶だったが、リリスはかすかな違和感を覚えていた。長年向かいに住んでいたはずの家の娘の名前が思い出せないのだ。
「あ、あの、えーと、失礼なんですが、その……」
「やっだぁー、サラ美ですよぉ。しばらく実家の方離れてたから忘れちゃった?」
その瞬間、リリスの脳内に溢れ出す存在しない記憶。
『リリスちゃん、こっちこっちー!』
『この服すっごく似合ってるよ!』
『離れてても私たちゎ……ズッ友だょ!』
幼い頃の親友だった彼女との思い出が流れ出す。人見知りのリリスにそんな記憶が存在するはずはないのだが、これがサラメーヤの幻術。
「あ、ぁあ! そっか、サラ美ちゃんだよね! 何で忘れてたんだろう……」
「いーのいーの。分かんないぐらい私がミリョクテキになったってことだもんね」
「ははは……ねえ、ところで今までは何やってたの?」
このような、記憶のねつ造によって生じる齟齬はアドリブで補完しなくてはならない。しかしそんなことで狼狽えるサラメーヤではない。
「ゴーフー村の職人さんのとこでね、修行してたんだけどね。パパが倒れちゃったから看病と店番のために帰ってきたってわけ」
「そうなんだ……あ、手伝えることあったら言ってね」
「うん、気持ちだけで十分」
リッキーが表に出てこないことにもきっちり理由を付けた完璧な言い訳である。
『私の幻術、“ちょっとした違和感”が蟻の一穴になって解けちゃうこともあるのね』
『ふむ、まあ所詮はまやかしじゃからの』
『……その点あんたは特にヤバそうだから作戦決行時以外は出てこないでね』
『なんじゃと!?』
プライドの高い彼は、ちょっとしたことですぐにトラブルを起こしそうなため真っ当な判断といえる。
「そうだ、これ、ゴーフー村のお土産」
「重……あ、ありがとう……」
「早めに食べてね」
サラメーヤはそれだけ渡すと自分の店に引っ込んでいった。木箱の中には大玉のスイカが入っていた。
「……チギリちゃん帰ってきたら切り分けてあげよう」
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「ただいまでーす! およ? リリスさん、それは?」
「おかえりチギリちゃん、お向かいさんにスイカ貰ったんだ。みんなで食べよ」
「おお、SUICA!」
まん丸シマシマでまるでウリたんのようです。後でウリたんとボマードさんにも持って行ってあげましょう。
「あ、ラッさん、スイカありますよ!」
「今みんなで食べようって……」
「ん。分かった……」
ラスターさんは何を血迷ったのか、まな板に置かれたスイカを目にも止まらぬ剣さばきであっという間に切り分けてしまいました。
「ちょっとラッさん! その剣には魔物の血が染み込んでるんですよ!」
「……あ! すまん、そのスイカが敵に見えて……」
「何やってんですか、もー!」
「食べない方がよさそうだね、衛生的に……残念だけど……」
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「サラメーヤよ」
「サラ美って呼んでよ。私、名前割れてんだから」
「ではサラ美よ。土産なぞ渡してどうするつもりだ」
サラメーヤはニヤつきながら、マジカル☆ケミカルの様子を双眼鏡でうかがった。
「は? 捨ててる……?」
「だからそれがどうしたというのだ」
サラメーヤは頭を抱えた。
「あのスイカにさあ! 色々仕込んでたの! 食べたあと半日ぐらいかけてじわじわ眠気が増してくる薬とか! 神経系に作用して感覚鈍くする薬とかさ!」
「我輩に作らせたのはそれだったのか……」
「あの勇者、絶対普通じゃないもん! 2日ぐらい見張ってるのに一睡もしてないんだよ!? 睡眠薬でも盛らなきゃ絶対寝ないでしょうよ!」
「いったん落ち着いたらどうだ」
サラメーヤは一度大きく深呼吸した。
「……悪いわね。寝不足でストレスが」
「人間とは不便な生き物だのう。やはり下等種族では?」
「ストレス溜まってる、って言ってんでしょうが」
気を取り直したサラメーヤは状況を分析しはじめた。
「なるほどね、勇者サマが剣で切っちゃったのか。そりゃ不衛生だわ……クソが」
「ふむ、あの勇者もなかなか手癖の悪い奴だの」
「それだけ? あのスイカから私の敵意を読み取った可能性も考えられないかしら」
「それは考えすぎじゃろうて」
「でもいろんな可能性を考慮しないとね……人間は賢いからさ。スライムごときと違って」
「チッ!!」
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結局ラスターさんのせいでスイカは食べられませんでした。惜しいことをしましたよね。どんな生活送ってたらスイカが敵に見えるんでしょうか。寝不足で疲れているのではないかと、私はニラんでいるのですがね。
「夕飯は何か体力の付きそうなものがいいかもしれませんね!」
「うーん、何がいいかな……」
「そこは“父さん”に任せなさいよ」
「はっ、ダードさん!」
ラスターさんの育ての父・ダードさんなら、ラスターさんの胃袋が喜ぶ味を知り尽くしているはずです!
「妻が死んでからずっと、ラスターとサラを一人で育ててきたからな」
「……リアクション取りづらいです」
「まずは食材調達だ。ついて来い、孫娘!」
「あいあいさー!」
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「サラ美よ。今度はシチューなんぞ作ってどうする気だ」
「定番のアレでしょ。『これ、作りすぎちゃったのでよかったらどうぞ』……ってヤツ」
「しかしまた毒が見抜かれたらどうするのだ」
「毒がダメならさぁ、リラックス効果のあるモンぶちこみまくって自然な眠りに誘ってやりゃあいいのよ」
「それはただの美味しいシチューでは……?」
「おいしくなきゃ食べてもらえないでしょーが!」
「……もう我輩は知らんぞ」
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「お待たせ。『季節の野菜たっぷり鶏肉シチュー~親父より愛をこめて~』だ」
「……父さんが作ったのか?」
ラスターさん、驚いてますね。久しぶりのお父さんの手料理(リリスさんも手伝ってましたけど)、心行くまで堪能するがいいですよ!
「…………うまい」
ラスターさんの声は少し震えていました。リリスさんがラスターさんの顔を覗き込みます。
「ラスターくん、泣いてるの?」
「なっ……!」
本当です、よく見ると少し目が潤んでいます。それにしても、リリスさんの距離が近いですね。いいですよ、もっとやってください。
「あれ? マズかったか?」
「いや、違っ……昔と同じ味だったから……ってそうじゃなくて!」
口では強がっても体は正直です。父親の味を求めて、絶え間なくシチューをすくっては口に運び続けています。
「ラッさん、故郷を思い出してノスタルディーニ?」
「おお、そうだったのか。どれ、パパの胸に飛び込んでおいで」
「そういうんじゃねぇから! 何だよその生暖かい目は!」
ラスターさんをいじれることなんて滅多にありませんからね! この機会に存分に……
「ごめんくださーい」
むっ、せっかくいいところだったのに来客ですか。追撃から逃れたラスターさんは安心しきった顔でシチューを流し込んでいます。
「お客さんかも。私、出てきますね」
「私も行きます!」
お店の入口には、小鍋を持ったお姉さんが佇んでいました。お客さん、って雰囲気じゃあなさそうですね。
「あ、サラ美ちゃん、どうしたの?」
「お知り合いですか?」
おかしいです、リリスさんがそんな風に親しげに名前を呼ぶ友達はいないはずです……この方は一体何者でしょう……
「向かいで服作ってるサラ美。リリスちゃんとは“昔からのトモダチ”なの」
「トモダチ……? リリスさんと……?」
蒼い瞳に見つめられていると、頭がぼんやりして不思議な気持ちになってきます。言われてみれば、この方は前々からリリスさんと仲良くしていた気がします。
「そうなんですか! 私は娘のチギリです!」
「む、娘?」
「ちょっと、チギリちゃん! あ、真に受けちゃダメだからね?」
サラ美さんは楽しそうにケラケラ笑いました。なんだか色っぽい人です……
「あ、そうそう、これ、作りすぎちゃったからよかったら」
「おお、オスソワケ!」
「私の特製シチューだよ」
「え、シチューですか……」
まさかのメニューかぶりですよ。しかしリリスさんは一切表情に出すことなく、愛想よく鍋を受け取りました。
「ありがとう。うちも今ちょうど夕食で。良かったら少し食べてかない?」
サラ美さんの顔が少しこわばったような気がしました。またリリスさんが距離の詰め方を間違えちゃったんでしょうか。
「わぁ~嬉しい~。それじゃあいただこうかなっ!」
「それじゃあ、どうぞ! 入って入って」
取り越し苦労だったようですね。すぐに人の顔色をうかがってしまうのは私の悪い癖です。
「リリスさん、お鍋私が持ちます!」
「え、そう? それじゃあ……」
全然軽いです。これなら余裕で運べ……
「すってーん!」
「ひやぁあ! チギリちゃん、大丈夫!?」
つまずいて鍋をひっくり返してしまいました! これはやらかしです、せっかくのオスソワケが……
「あ、ああ……」
サラ美さんが膝から崩れ落ちます。これは本当に申し訳ないことをしてしまいました。
「ごめんなさい……本当に申し訳ないと思っています……」
「え……ああ……いいのいいの……気にしないで……あはは……」
顔が真っ白になっています。余程ショックだったようですね……どうやってお詫びすればいいか。
「ホントに気にしなくてイイから……ふふふ……ははは……」
「さ、サラ美ちゃん、これだけでも持って帰って!」
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「それでまた失敗か」
「あのクソガキ! ふざけやがって! ひょっとしてわざとか!? 私の正体を見抜いて!?」
サラメーヤはお裾分けしてもらったシチューを皿に注ぎながら悪態をつきまくった。
「それには毒は入っておらんのか?」
「ねーわよ、ボケスライム! あー、もう、ヤダヤダ!」
自分の分だけ注いだら、一すくい口に入れ、ゆっくりと飲み込んだ。
「……我輩の分はないのか……うお、どうした貴様」
リッキーはギョッとした。サラメーヤの目からボロボロ涙がこぼれていたからだ。
「なんじゃぁ? 泣くほど美味いのか?」
「味はフツー……なのに……何でこんなにあったかいの……」
「あん? さっき温めておったろうが」
「そーいう意味じゃないのぉ。わっかんないかなぁ!」
翌朝、サラメーヤの目の周りは赤くなっていた……
続く!




