73. オシノチギリも止まらない
前回のあらすじ!
リリスさんのお家で楽しく過ごすチギリちゃん達。しかしそこに不穏な気配が!
そしてチギリちゃんの枕元には裏切ったはずの師匠がやってきて……!?
師匠が今頃になって私に会いに来た理由とは……
「近くまで来たんでついでに」
「お友達感覚!?」
「ってのは冗談」
「きー!」
完全にからかわれています! 私のことバカな弟子だとあざ笑いに来たんですか、そうなんですね!?
「実は俺さぁ、リッキー先生の正体分かっちゃったんだよ」
「ほえ?」
師匠は遠い目で窓の外を見つめました。そういえば師匠はあれがスライムの擬態だと知らないんでした。
「先生は……いや、あいつは、スライムなんだよ。知ってた?」
「最初からそう言ってたじゃないですか! ししょーのこと騙してるって!」
「そうだっけ? うん、まあ、とにかくそうなんだよ」
何なんですか、ホントに……最初に忠告した時は全然聞く耳持ってくれなかったくせに……
「許せねぇよな、偉大なリッキー=ライムストーンの名を騙るなんてよ……」
「そうですね!! 許せませんよね!!」
「どうした? 変な顔して」
いろいろと納得いきませんが、これで師匠も正気に戻ってくれますよね! これで良かったんです!
「それじゃあ、ししょー、魔王のお仲間やめるんですよね?」
「ううん、それとこれとは別。俺、世界は一回滅んだ方がいいと思ってるから」
「何でそうなるんですか!?」
「お前には分かんねぇさ。そろそろ本題に戻っていいかな?」
世界が滅んだ方がいいなんて気持ち、分かりたくもないですけどね! もう私には師匠が分かりません。
「あのスライム、殺してくんねぇかな?」
「はい?」
「一応仲間ってことになってるからな。俺がヤッたら魔王に目ェ付けられちまう」
だからって私のようなちびっこに人殺しを……? いや、人の形をしているだけで正体はスライムさんなんですが……ホントにこの人何を考えてるんですか?
「心配するなって。倒し方は教えてやるよ」
「ラッさんが何度も倒しかけたのに邪魔してたのはししょーじゃないですか!」
「分かってねぇな。あれじゃダメなんだよ」
凍らせて砕くんじゃダメなんですか? ラスターさんはそうしてましたけど……
「あれじゃその場しのぎにしかならねンだわ。氷が解けたらまた集まってくっついちまうんだ」
「えっ、そーなんですか?」
「うん。アイツを殺すには二度と結合できないぐらいバラバラにしないとダメだ」
「みじん切りにしちゃうってことです?」
「お前は水を切れんのか?」
「無理ですよ、ラッさんじゃあるまいし……あっ!」
以前にヴェジー村地下の巨大スライムをラスターさんが摩擦で蒸発させて倒してました。あれをやればいいんですね!
「蒸発させるんですね!」
「そう。だけどもうあんな力技は通じないぜ、ありゃ相手が無抵抗だったからできたことだ」
「もー、じゃあどうするんですか~」
「…………やっぱりお前、ビビってるな」
どうしてそんな話になるんですか? 私が何に対して……
「さっきから聞いてたらラスターに戦わせることばかり。恐らく無意識に、“自分が戦う”って選択肢を排除してる」
「!」
それは、まあ、ちょっとだけ、あるかもしれませんけど……
「まだ分かってないようだな。いいか? 勇者のパーティに加わった時点で、魔王たちと戦う運命なんだよ。それとも? 本気で戦わなくて済むと思ってたのか? だとしたら能天気にもほどがある。」
そんなこと言われても怖いものは怖いですし……それに今までだって後方支援はやってきましたし……
「お前が戦わないのは勝手だ。だが、そのシワ寄せは誰に行くと思う?」
「シワ寄せって……」
「ラスターだ。あいつには勇者としての責任があるからな。誰も戦わないなら自分から立ち向かっていくだろう」
確かにラスターさんはそういう人です。他の人が危ない目に合うかもしれないのにじっとしているような人ではないです。
「けどラスターの戦闘スタイルじゃ、リッキーを殺しきれない。それどころか、ラスターの戦い方を学習してドンドン強くなっていく。そうなれば今度こそ手が付けられなくなっちまう」
「それは困りますね……」
「お前が戦うしかないんだよ! お前にも分かってるはずだ。だからあの時俺に魔法の教えを乞うたんだろう!」
え、そうだったんですか?
「だが安心しろ、方法はある。お前の強みは膨大な魔力を火力に変えてゴリ押せることだ。“無限の炎”であのスライムジジイを焼き尽くしてやればいい」
もう私が戦うことは確定になってるんですね。何だかすっごく丸め込まれてるような気がしますよ。
「それってどうしても私じゃなきゃダメですか……?」
「まだそんなことを言ってるのか!!」
「ひっ!?」
急に大きい声を出されると怖くて震えが止まらなくなるので止めていただきたいです。
「何をためらってる! お前はラスターを支えるんじゃなかったのか? あいつの幸せのために頑張るんじゃなかったのか? それとも全部嘘だったのか!?」
「よくそーいうこと言えますよね!」
言ってることは特に否定する余地はないんですが、どの口が言ってんだって感じですよ! 自分はラスターさんのこと裏切っておいてよくもまあ……
「あ、そうそう、禁術は使うなよ。絶対に使うなよ。師匠との約束な」
「言われなくても使いませんよ! ぷんすこ!」
好き放題言って帰ってしまいました。何なんですかもう!
「ししょーのバカ! もう寝ます!」
確かに師匠の言う通り、私も後ろに隠れているばかりではいけないのかもしれません。だけど……
「さっき俺のことバカって言ったか?」
「まだいたんですか!」
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翌朝
実はリオさんの修業、まだ続けてるんですよ。朝が早いのは大変ですけどラスターさんのためですからね。滝に打たれるのも慣れてきましたよ。そうですよ、私だって自分なりに考えて……
「はい、ストップー。チギリちゃん、集中できてないね」
「ぬっ? そ、そうですか?」
実は昨日の夜あんまり眠れなかったんですよね。リオさんには全部お見通しですか。
「いやぁ、ちょっと寝不足でして……」
「心配事? 話してごらん」
「昨日、とある人にですね……」
昨晩師匠に言われたことをリオさんに話してみました。するとリオさんは渋い顔をしながら腕を組みました。
「うーん、そういう考え方も分かるけどなぁ……でもこんな可愛い子を戦わせるのかぁ……」
難しい顔のまま私の頭を撫でてくれます。鍛えられて固くなっていますが、同時に温かくて優しい手でもあります。
「うちは武人の家系だからなぁ。戦うのが怖いなんてそもそも考えたことなかったよ」
「やっぱり私も甘えてちゃダメですかね……」
「いやぁ? チギリちゃんはそういう風に育ってないからね。怖いと思うのが普通だと思うよ」
リオさんは私の頭から手を離しました。
「それにさ、仕方なく前に出たって、誰かを守るために本気で戦ってる人の視界を塞ぐだけじゃないかな」
足手まといってことですかね。半端な気持ちで邪魔してしまうのは、私も嫌です。
「それじゃあ私は役に立てないんですか?」
「別に戦わなくたって役には立てるでしょ。チギリちゃんが仲間になってから、あいつ明るくなったもん」
「私が言ってるのはそういうことでは……」
「それじゃあチギリちゃんはどうしたいの?」
どうしたいかって言われましても……戦うのは怖いですけど、だからって何もできないのも嫌ですし……悩んでいたらリオさんが胸を触ってきました。
「もし誰かのために戦う背中を見て、胸がグッ! ってするんなら、もう答えは出てる。もしそうだったら、後は少しだけ勇気出したらいいんだよ」
「勇気……それってそうすれば?」
リオさんはニカッと笑いました。
「ボマードと、父上、母上、爺様、婆様に、それから弟子の皆と……それから……」
「えっ、えっ、なんですか?」
「顔思い浮かべたら勇気出る人だよ。チギリちゃんにはいない? そういう人」
急に視界が開けたような気がしました。私は怯えています、しかし同時にこの世界で出会った大好きな人たちを守りたいという気持ちも持っているのです!
──そうです、愛するこの世界を守るのです!
天の声さんもそう言ってくれています。さすがリオさんです、私の心の迷いを一瞬で晴らしてくださいました。
「リオさん! 私、ちょっと怖いですけど、やってみます! この世界を守ります!」
「よく言った! それなら魔法を使った戦い方も勉強してみるといいよ。チギリちゃんにはそっちの方が合ってると思うしね」
またやることが増えます! しかし覚悟を決めたチギリちゃんにはそんなの屁のカッパです!
「戦い方なら、私でも教えられるし」
「…………裏切らないで下さいよ?」
「えっ、なにそれ」
続く!




