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6. 湖畔の淑女は泳がない

前回のあらすじ!


私、魔法使いのオシノチギリ! 私たちはマウオ討伐のため、王都の隣村イスタリアの東の湖へ!

しかし、魔力だけでなく釣りの才能もないラスターさんは全く釣り上げることができません。そこで私が代わりに釣り針を投げたら! なんと! キレイなおねーさんが釣れてしまったのです!

彼女は湖の管理人のヴィヴィアンさん。顔もいいし優しそうなのでラスターさんとくっつけたいです!

釣りの経験を生かして『待ち』の一手を打つ私。しかし、もうちょっとだったのに! 乱入してきたボマードさんに雰囲気ぶち壊しにされてしまいました!

ですがまだ終わりじゃありません! 今度こそヴィヴィアンさんをラスターさんのお嫁さんにしてみせます!


…………そういえば本来の目的は何でしたっけ?

────────────────



 「全然つれませんね……」

 「うるせえ気が散る話しかけるな」


 初日は結局マウオかからずということで、仕切り直し二日目もラスターさんは早朝から釣り糸を垂らしています。しかしまあ、何と言いますか……やはりラスターさんには釣りの才能がありませんね。今日もまた日が暮れようとしているのに小魚一匹かかっちゃいません。ヴィヴィアンさんも見てるんですから良いとこ見せて下さいよ!


 「ラッさん!! やる気あるんですか!?」

 「ありまくってるわ!!」


何故か分からないけど怒られてしまいました。木陰にたたずむヴィヴィアンさんがクスクス笑っています。うっとりしちゃいそうな笑顔です。是非ともラスターさんとくっつけたいところなのですが。思案しているといつの間にか日が完全に落ちようとしていました。今日も収穫なしですか……はぁーあ。


 「勇者様、今日はもう遅いですしそろそろ……」

 「おっ! 来たぜぇ!!」


このタイミングで!? でもいいじゃないですか! ここでバシッと釣り上げてヴィヴィアンさんに「勇者様素敵! キュン♡」って思わせちゃってくださいよ! 私も微力ながら魔法でアシストいたしますよ!


ラスターさんの握る釣り竿は今にも折れそうなほどに大きくしなっています。これ完全にマウオでしょう! 私が避けなければならないことは、ラスターさんがカッコ悪い状態になること、つまり力負けして湖にドボンする展開! そうはさせませんとも! 私の魔法で、ラスターさんの腕と足を超強化です!


 「うぉおおおおおおおおおおお!!」


ラスターさんは魔力を感じ取ることができないので「何か知らないけど力が漲ってきた」とか思っているのでしょう。その姿が滑稽なのはさておき、食らいついた獲物の影が、水面に見え始めました。体長は目算およそ5m! うっひょお!


 「ラッさん、もうちょいですよ!」

 「勇者様頑張って……」


その声を聞いてか聞かずか、竿を握る手に、地面に踏ん張る足に、さらに力がこもります! あらら~? ラスターさんもちょっとヴィヴィアンさんのこと意識してるんじゃないですか~?


 「っしゃらぁあああああああ!」


そしてラスターさんは軽々と! 獲物のかかった釣竿を持ち上げました! ……んあれぇ?


 「折れたぁ!?」


ラスターさんの釣り竿は真ん中の辺りでポッキリと折れてしまっていました。カッコ悪いです……力を入れすぎちゃったみたいですね、まったく……あれ? それじゃあ私のせい? やらかしました! むう!


 「クソぅっ! 今日はもう打ちきりだ!」

 「災難デシタネ! じゃあヴィヴィアンさん! また明日!」


 「はい、また明日……」


────────────────


 「今日も釣果なしですか。お気を落とさずに、気長に参りましょう」

 「そうだな……ああ、惜しかったのになぁ……」


 悲しそうに折れた釣り竿を見つめるラスターを、ボマードはにこやかになだめた。彼は今日一日、魔魚の被害者の供養だとかで村中を連れまわされていた。たとえ自分が疲れていてもラスターのメンタルケアは欠かさない。


 「ラスター殿、こういうのは時の運ですから」

 「分かってるよ……でも急がねぇと……」

 「また犠牲者が出る……ですか?」

 「……そうだよ。のんびりしてられねえのに……」

 「それは正しいですが、マウオは警戒心の強い生き物です。焦っていては余計に遠のいていきます」

 「……分かってるよ」


それでもなお焦りの消えないラスターの顔を見てボマードはやれやれと肩をすくめた。たださえ正義感の強い彼だ、約束までしてしまったとあれば焦るのは尚更であろう。そしてだからこそボマードは迷った。今日知った「とある事実」を伝えるべきか否か。


 「ボマード、新しい情報あるなら言っといてくれよ」


そんな迷いを見透かしてくるかのようにボマードを見つめるラスター。ボマードは仕方ないと打ち明けることにした。


 「……村長と話しました。あの湖は村で管理しているそうで……つまり、特定の誰かが管理しているということはありません」


それはすなわち、ヴィヴィアンがラスターたちに己の身立場を偽っているということを意味している。しかし、意外というべきか、ラスターは平然としていた。


 「やっぱりそういうことか。……チギリには言うなよ」

 「はい、分かっています……」



────────────────



 そして3日目! ヴィヴィアンさんも朝早くから来て待ってくれていました。危ないから俺が来てからにしろ、と怒られちゃってましたけど。いいですねぇ。

 そういえばラスターさん、昨日釣り竿折れてましたけどどうするんでしょう?


 「俺は水……水は心……」


ラスターさんは湖岸で胡坐をかき、剣も足元に置いて目をつむりました。鍔についた龍の形の飾りが銀色に輝いております。瞑想……でしょうか? いやはや、迷走しているのでしょうか?


 「チギリちゃん、あれは?」

 「えっ。あれは、あれですよ……ねっ、ボマードさん!」


 「ええ。マウオは警戒心の強い生物ですから、ラスター殿のような『強者』が殺気立たせていては近づきようもありません。ですが今ラスター殿の心は湖と一体、穏やかな『凪』の状態です。きっとマウオには無防備な青年が佇んでいるようにしか見えないでしょう」


はえ~そういうことだったんですね。そしてラスターさんに襲い掛かったところをカウンターで仕留めると……ラスターさんも修行の成果役に立ってるんですね……


 「でも……それじゃ勇者様が危ない目に……」

 「ほは! そうですよ!」

 「心配には及びませんよ。ラスター殿は一流ですから」


おうおう、随分な信頼ですねぇ! ボマードさんは一切心配してないようですが、私はラスターさんが実際に戦っているところを見たことがないので少し心配です。ヴィヴィアンさんも心配してくれているのか、両手の指を組んで祈るようなポーズをとっています。優しい……



そしてラスターさん(凪)が待ち構えることおよそ2時間。遂にヤツが湖面に顔を出しました! 禍々しい瞳がラスターさんの姿をしっかりとらえています!


 「ほえぇええっ! ら、ラッさん!」

 「…………分かってるさ。まだ“凪”だ」


マウオが湖面から飛び跳ね、ラスターさんに襲い掛かろうとします! マズいですよ!


 「ラッさん!!」

 「勇者様……!」


ヴィヴィアンさんも思わず目を逸らします。ラスターさんが食べられちゃう! そう思った次の瞬間でした────


ラスターさんは足元の剣を拾い上げながら、どっかの男爵よろしく胡坐をかいたままの姿勢で跳躍し、マウオの頭の上で体勢を立て直して剣を振り上げます!


そしてそのまま、マウオの脳天目がけて突き刺し──


 「もらったぁああああああああああ!?」


しかしマウオの危機察知能力の方が一枚上手でした。ラスターさんの剣が頭を切り裂こうとするまさにその直前、湖面に大きな波紋を起こしながら水中に逃げ込んでいったのです。ラスターさんはそのまま湖面に叩きつけられました。




 「畜生……デカい図体の癖によ……」


 ラスターさんはガタガタ震えながら私の魔法で起こした焚火にあたっています。今回はちゃんと弱火ですよ! †インフィニティヘルフレイム†は封印です!


 「あの、勇者様……濡れた服は脱いだ方が……」

 「替えがねえんだよ」


何かいつも同じ服着てるとは思っていたんですがそういうことでしたか。バッチいです。あ、私はちゃんとこの世界に来た日に着替えを買いそろえましたからね! バッチくないですよ! 装備品大事です!


 「しかし、こうなってしまってはマウオはしばらく出てこないのでは?」

 「かもな……へっくし!」


あらあら、大丈夫ですかね……でもそういうことなら今日のところはもう撤収した方がよさそうですね。ラスターさんも風邪ひきそうだし。


 「……俺は残る。いつまた出てくるか分かんねえしな」

 「ラッさん……風邪ひきますよ?」

 「風邪ひかねえ体質なんだよ」

 「それってバカはk……」

 「それではラスター殿! 我々は先に宿に戻っております!」


なぜだかボマードさんは私の言葉を遮っていきました。私何か余計なこと言いましたかね? まあ帰りましょうか。……ヴィヴィアンさん微動だにしませんね。


 「ヴィヴィアンさんは帰らないんですか?」

 「私も残ります。……管理人なので」


決意の目でした。見届けたいんですね……そういうの嫌いじゃないです! しかしラスターさんは不満なのか、少し目を細めながらヴィヴィアンさんを見つめます。


 「危険だぞ?」

 「平気です! だって……守ってくれるんでしょ?」

 「……まあ、仕事だからな」


あっ……ちょっと興奮してきました。そうですかそうですか、それなら余計な手出しは無用。ここでも『待ち』の一手を打つこととしましょう。


 「ボマードさん、行きますよ! 何ボーっとしてるんですか!」

 「え? あ、はい……」

 「それじゃあ後はごゆっくりどうぞー! えっへっへっ……」



────────────────



 「……今日はもう出ねえのかな」


 ラスターはぼやきながら、火が小さくなってきた焚火にその辺で拾った枝を投げ入れてやる。餌を与えられた焚火は再び元気に火を伸ばし始めた。


 「勇者様……」


ヴィヴィアンが焚火越しにラスターを見つめながら遠慮がちに声を掛ける。


 「ラスターでいい」

 「あ……はい。ラスターさん、お休みになった方がいいんじゃないですか? 見張りなら私が……」


言いながらどこから取り出したのか分からない毛布を体の前に抱えた。しかしラスターはあくまでぶっきらぼうに


 「いいよ、寝なくていい体質なんだ」


と答えた。ヴィヴィアンは「またそれですか……」と頬を膨らせながら、毛布にギュッと顎をうずめた。それを見たラスターは呆れながらため息をついた後、口を開いた。


 「誤魔化してるわけじゃないんだ。本当に最近眠れなくてよ」

 「責任感……ですか?」

 「……どうだろうな。自分でもよく分からん。……不安なのかもな」


足元に置いた剣の飾りをいじりながら自虐的な笑みを浮かべるラスターを見たヴィヴィアンは、一瞬悲壮な目で彼を見たが、すぐに首を小さく横に振り、グイと身を乗り出した。


 「大丈夫ですよ、ラスターさんなら……あっつぅ!」

 「おいおい、気を付けろよ」


身を乗り出しすぎたので焚火の熱を至近距離で浴びてしまった。ラスターは迅速に駆け寄り、毛布に少しついた火の粉を握りつぶした。


 「すみません、私そそっかしくて……」

 「いいって。これも勇者の仕事だ」


そう言いながらラスターは、今度は意地悪く笑って見せた。ヴィヴィアンは少し戸惑いながらも、「もう」と半笑いになりながらわざとらしく顔をしかめた。夜の湖に二人の静かな笑い声が響いた……



────────────────



 「……みたいな感じになると思うんです!」

 「…………なるほど」


 チギリの熱弁をボマードは半ば諦めの境地に達しながら聞いていた。驚くべきことに実際の湖でも大体彼女の想像通りのことが起こっている。彼女の想像より、かなり淡々とした雰囲気であるが。


 「だからですね、遠くを見渡せる魔法とかないですか?」

 「あるにはありますが……プライバシーというものが……」

 「あるんですね!?」

 「まずは視神経……瞳の奥に魔力を集中させます」


チギリの圧に屈してあっさりと教えてしまったボマード。彼の明日はどっちだ。そしてチギリは、宿屋の窓にへばりつきながら遠視魔法・遥かなる探求者ジャーニー・オン・エル・ドラードを発動した。


 「ほんほん、へえへえ………………えっ」

 「どうかしましたか?」


 「ラッさん……食べられちゃった……」

 「何だ、そんなことですか…………えぇえええええええ!?」



────────────────



 チギリが【遥かなる探究者】を発動する数分前のことである。


 「それよりあんた……おいおい……」

 「すー……すー……」


ヴィヴィアンは膝に頭をうずめて眠ってしまっていた。ラスターは何か聞こうとしていたようだったが、ヴィヴィアンの穏やかな寝顔を見て思いとどまった。話し相手がいなくなってしまったので無表情で揺れる炎を見つめていた。


 「呑気なもんだな……ま、信頼されてるってことにしとくか」


ラスターが気の抜けた声でつぶやきながら何の気なしに湖の方を見やると、湖面に無数の星が荒々しく輝いていた。


 「……お出ましか」


さりげなく剣を握り、あえて意識を散漫させる。マウオの瞳は焚き火を囲む二人の男女をはっきり捉えている。


 「むにゃ……はっ! 私寝ちゃってました?」

 「ぐっすりな。あー、すまん、小枝でいいから拾ってきてくれないか?」

 「あ、はーい!」


火はまだ元気だが、薪を拾いに行くヴィヴィアンの背中を見送ると、ラスターは再び【無の境地(オヴリーヴィオ)】へ。

マウオはラスター一人に照準を合わせる。ラスターの作った“隙”という名の餌に、飛びつこうとしていた。

水面のプラネタリウムが音を立てて揺れる。マウオの巨大な影がラスターの頭上の星空を隠した。彼はまだ動かない。

マウオが大きな口をラスターに向けて落下してくる。……まだ動かない。


 「お前は凄いよ。……食ってみな」


ラスターはそのまま、マウオの口の中にすっぽり収まった。獲物を捕まえたマウオはビチビチ跳ねながら満足そうに湖へ帰っていく。


 「ラスターさーん……あれ?」


木の枝を大量に腕に抱えたヴィヴィアンが戻ってきた。マウオは二匹目のドジョウを狙って、尻尾を思いきり地面に叩きつけて再び高く飛び上がった。


ヴィヴィアンにも自分が置かれている状況を理解できた。自分が獲物でマウオが捕食者。ラスターはすでに狩者ハンターの掌中。


 「嘘……ラスターさん……」


ヴィヴィアンは枝を抱きかかえたまま、その場でヘナヘナとへたり込んだ。マウオはラスターの時同様にヴィヴィアン目がけて飛びかかる。



しかしマウオは空中で突如として静止した。そして次の瞬間、背ビレの辺りから勢いよく黒い血を噴き上げながら落下した。


 「へ……? あれ?」


 「はぁー、思ったより硬かったな」


マウオの背中に空いた穴から、真っ黒けになったラスターが気怠そうに這い出てきた。それを見たヴィヴィアンは目を丸くして駆け寄った。


 「ラスターさん! 食べられちゃったんじゃ……」

 「一回な。だから消化される前にかっ捌いた」


マウオの背中から飛び降りながら何でもなさそうに答えた。ちょうど時を同じくして、チギリとボマードも湖にやってきた。


 「ラスター殿ぉおおおおおお!!」

 「ラッさん! ラッさん!」


 「お前ら……そんなに焦ってどうしたんだよ?」


 「ラッさんが生きてるゥー!」

 「ラスター殿……よくぞ御無事で……」


ラスターに号泣しながら飛びつく二人。彼には全く事態が呑み込めないが、この二人はラスターがマウオに食われてしまったと思っていたのだから当然である。


 「大袈裟だな……マウオならもう倒したよ」

 「それじゃあ依頼完了ですか?」


上目遣いで尋ねるチギリに目を逸らしながら厳しい表情で首を横に振った。


 「……まだだ。最後の仕事が残ってる」

 「あっ、それってヴィヴィアンさんへのプロポーズ……」

 「違うわアホがァ!」


果たしてラスターに残された仕事とは!? 続く!


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