59. 光り輝く竜剣士
前回のあらすじ!
ラスターさんの妹さんを助けられない……思い悩むチギリちゃん、しかしジェイミーさんの言葉で目が覚めました。私は奇跡を起こすのです! やりますよ!
そして時を同じくして、ラスターさんはスライムおじいさんとの戦闘を開始したのです!
戦況はラスターの圧倒的優勢であった。竜影術を使うラスターの速さの前に、リッキーはなすすべなく切り刻まれ続け、辺り一面には擬態を保てなくなったスライムの破片が転がっていた。
「ぐぬぅ……このまま刻まれ続ければ生命維持できなくなる……!」
「そこの破片もきっちり蒸発させてやるから安心しろよ!」
「ちぃいいいっ!」
リッキー渾身のブラフだったが、ラスターはスライムとの戦闘は経験済みゆえ騙されない。リッキーは逃亡も考えたが、それはこの矮小な生物の尊大なプライドが許さなかった。
「このままでは……ん?」
リッキー=ライムストーンから奪った知恵のためか、はたまた彼の生物としての本能か、そこら中に散らばった自分の破片を見てふと思った。これを使えば──
「げしゃぁあああああ!」
「何!?」
地面に散らばったリッキーの破片は数百、それらから一斉にラスター目がけて触手が伸びてきた。流石のラスターもこの数は捌ききれず──
「けっ、狙いどぉりぃ! 捉えたぞ勇者ぁ! このままそこで大人しくしておれ!」
「よく言うぜ……単細胞の頭でそこまで考えられるもんかよ……」
締め上げられながら負け惜しみを言うラスターに、リッキーは余裕綽々の態度で反論を投げ返す。
「愚か者が。今の我輩は世界第一の智者と同じ頭脳を持っておる。貴様のような凡能に理解できぬのも当然よ」
「ああ、なるほど……人間様の知恵のお蔭か……それなら納得……!?」
ラスターのその言葉を、“人間様のお蔭”と聞いて、リッキーは怒りを露わにし、ラスターへの締め付けは一層強くなった。
「何だと貴様? 驕るなよ、貴様。少し知恵があるからと見下しおって。気が変わった、貴様をこれからじわじわと取り殺してやるからな。“スライム様”と呼べ、力の差を教えてやる、この下等生物共が……」
締め付けはどんどん強くなっているが、ラスターは少し笑顔を見せた。これは決して彼にマゾヒスト的嗜好が開花したからではない──
「何!? いないだと!?」
「ありがとよ、お蔭で脱皮できたぜ!」
リッキーの破片が締め上げていたのは、竜化したラスターと同じ形をした薄皮だった。
竜影術を使うものはそのドラゴンと同じ身体的性質を得る。ラスターは絶妙な体のコントロールによって、リッキーの締め付けの勢いを脱皮に利用し見事に脱出したのであった。
「貴様ぁああああ! 逃げるなぁあああああ!」
「何言ってんだよ? お前が逃がしてくれたんだろ?」
ラスターはリッキーの真上から狙いを定める。再び優勢になたっとはいえ、相手はまともに死なない相手、無策に突撃してもまたあの触手の餌食である。
「だったらあっちから潰すか……」
ラスターはワイルドに両袖を引きちぎった。すると両腕の鱗が一気に逆立つ。ラスターは地面に散らばった破片を捕捉した。
「足りるかな……それ行け!」
両腕の鱗が一斉に、弓のように勢いよく放たれた。リッキーは必死で回避を試みるが意味のないことである、ラスターは初めからリッキーを狙ってはいないのだから。
「全弾命中……っと」
「……! しまった、破片が!」
リッキーの破片は、銀の鱗に突き刺されて動けなくなってしまっていた。
「やはり凍らせて砕いた方が安全かな……」
リッキーを凍らせるには彼の熱を奪う必要があり、そのためには自分の体温を下げる必要がある。手っ取り早いのは大量出血だが、それは流石のラスターにも躊躇われた。
「……どっちみち安全なんてねぇからな。だったら確実な方!」
ラスターは自分の左手を切り落とした。すぐに再生できるとはいえ大胆にもほどがある行動である。
凍えるラスターの体は周囲の熱を奪い尽くし、周辺はあっという間に銀色に包まれた。
「……凍ったか。こいつも厄介な相手だった」
相手はスライムとはいえ人の形をしているので少し後味悪く感じていたが、これで魔王の手下の一角を倒すことができた。
「生き……てこそ……」
「こいつまだ……!」
その時再びリッキーの頭上に穴が空いた、空間魔法だ。しかしこの距離ならば連れ去る前に砕くことができる。
「……この剣さばき」
クロウリーではない、空間から伸びてきた黄金色の剣がリッキーを砕こうとするラスターの剣を受け止めた。
その金色の剣の持ち主と入れ替わりに、リッキーは空間の中へ引き摺られていった。
「お前……誰だ?」
その男は、もう剣どころではなく全身が黄金の輝きを放っていた。そしてなんといっても特徴的なのはその頭──
「カイザーヒドロドラゴン……」
以前テハイサ村を焦土にしたドラゴン、男はそれと全く同じ顔をしていた。
「よく勉強してるじゃないか。……だが弱い」
竜人が剣を押し込むと、ラスターは数十メートル先まで吹っ飛ばされてしまった。
「こいつ……一体……」
「もっと強くなれ。そしたらまた遊んでやる」
竜人はそれだけ言い残すと、穴の中に消えていった。
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またしても氷漬けにされたリッキーはクロウリーに抱えられてみじめに逃げ帰ってきた。
「クロウリー君、師匠の尻拭いご苦労様」
「黙れ」
茶化すディヒターを一蹴すると、リッキーの氷像を部屋の隅に設置した。少し遅れて竜人も帰ってきた。
「やぁ、ゴルドさん、見事なワザマエだったね」
「……世話の焼ける奴だ」
竜人はリッキーに一瞥をくれてやる。彼の名は“ゴルド”というらしい。
「でもすごいよね、あの勇者をあっさり退けちゃうんだもん。あのまま倒してくれても良かったんだよ?」
「お前も知っているだろう……もっと苦しんでもらわねば魔王様の気が済まない」
「あっはっは、そーでした、そーでした。そのためにわざわざ女の子の恰好までしてんだもんね、魔王様」
どうやら魔王の“勇者”への憎しみは相当なものらしい、勇者に敗れて1万年以上も封印されていたのだから当然か。
「その竜影術ってやつリッキーさんにも教えてあげたら。ちょっとはましになるかもよ?」
「やめておけ。この術は肉体への負担が大きい……私のような類まれな才を持つ者にしか使いこなせん」
「自慢かよ」シルフィーが忌々しそうにつぶやいた。ゴルドは気にも留めなかったが。
「おい、負担が大きいってどういう意味だ」
クロウリーが食って掛かる。ゴルドはクロウリーに視線を向けた。
「一時的とはいえドラゴンと同じ体になるのだ。人の体で、耐えられるはずないだろう」
「……そうだったのか」
「真剣な顔しちゃってどったの、クロ男ちゃーん?」
「黙れ」
「ヒー、冷たーい!」
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「ラッさん……どうしたんですか!?」
「心配するな、大したことじゃない」
「でもラッさん……袖が!!」
ラスターさんの袖が、しかも両方、ワイルドに引きちぎられていました。絶対ただごとじゃないです!
「…………ちょっとクマに襲われて」
「この辺に熊なんか居ったかのぉ……」
それは大変です。こんな何もない草原地帯にもクマって出るんですねぇ。
「ゴードンさん、戸締りしっかりな。いろいろ気を付けろよ」
「うむ、そうじゃな。それにしても熊か……」
不可解な疑問を残しつつも、ゴードンさんのお宅を後にするのでした。
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『──リッキーに扮するスライムは「ゴードン=カプリコーンの捕食」を目的と明言し──』
「……やれやれ、不器用な奴よ」
続く




