55. オシノチギリはよく見える
前回のあらすじ!
大変です、お爺さんが倒れてますよ! え、あれがゴードンさん?
ゴードンさんが倒れていたその理由とは……
「すまん、すまん。3日飯を食ってないのを思い出したら急に腹が減ってな」
しょぼくれた見た目に反して元気もりもりに、ボマードさんが作ったスパギャティを流し込んでいます。海鮮たっぷりでおいしそうです。
「君らが来なかったら死んどるところだったわ、かっかっか」
笑い事じゃないですよ! ご飯を食べたことではなく食べていないことを忘れるとは、珍しいタイプです。
「気を付けろよ、マジで死ぬとこだったぞ」
「安心せい。わしにもしものことがあったら息子が仕事を継いでくれる」
「そういう問題じゃねぇんだよなぁ」
息子さんいらっしゃったんですか……ご飯食べるのも忘れちゃうぐらいなら一緒に暮らせばいいのに。
「息子ももう立派な大人じゃ。わしがおらんでも平気だろう」
「いや、あんたの心配してんだよ」
しかしご飯を食べるのは忘れるのに食材はしっかり買い込んであるんですね。よく腐らずに残っていたものです。
「凍らせとけばいいんじゃよ。わしは魔法は苦手じゃが、このために冷凍魔法だけは必死に覚えたぞい」
「動機が不純です……!」
先程から私の眼には脳の劣化が激しいお爺様にしか見えないのですが、本当にこんな人が十二神官で大丈夫なのでしょうか……
「してラスターよ、その子は娘かね? お前の娘にしちゃぁ随分大きい気がするが……」
「ご明察です!」
「娘じゃない。仲間の魔法使いだ」
前言撤回です。一目で私がラスターさんの娘だと見抜いてしまうとは、この方は鋭い洞察力をお持ちのようです。
「そうかね。しかし、お前の用事は大体見当がつくが、ジェイミー、お前さんは何の用だね?」
ジェイミーさんは尋ねられると、えーと、と言いながらメモを取り出しました。
「地震記録の資料を……取りあえずあるだけいただきたいですわ」
「ほお、すぐに用意するから待っとれ」
「よろしいんですの? まだお食事が途中のようですが……」
「忘れとったわ! かっかっか」
ダメだこりゃ……
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「そいじゃあ資料をとってくるからの。覗いちゃいかんぞ?」
そう言って書斎に姿を消していきました。誰も入ってはならぬって言ってましたが一人にしちゃって大丈夫でしょうか……
「大丈夫ですチギリさん。ゴードン殿は70年以上十二神官として立派に勤めてこられたお方です。先程だって場を和ませようとトボケて見せただけ……」
ガッシャーン! どんがらがっしゃーん!
かっか! 転んじゃったわい!
「……大丈夫なんです?」
「……大丈夫ではないかもしれません」
でも覗いてはいけないって言われましたしね。そうです、いいこと思いつきました!
「魔法で覗いちゃおーっと」
「いけませんわチギリさん、人の秘密を……」
ジェイミーさんに止められてしまいました。私はただ中の様子が心配なだけなんですよ?
「でもでもー、中で倒れてたら大変ですよ?」
「それはそうですが……でもどんな家にだって見られたくない部屋の一つぐらいあるものですわ」
やけに身に迫った言い方です。この世界ではそういうものなのでしょうか。しかし見るなと言われたら見たくなるのは私の地元のルールでした。
「いいですかジェイミーさん、これは人の命に関わることなのです。それに比べたらそんなのは些細なことです」
「えぇ……まあチギリさんがそうおっしゃるなら……」
というわけで、ゴードンさんの様子を覗いてみましょう! 書斎には一体どんな秘密が隠されているんでしょうね~
「どれどれ~……これは……!」
「な、何が見えるんですの?」
それはとても不思議な光景でした。空中にはいくつもの紙が浮かび、一本のペンがその間を縫うようにしながら何かを書き記しています。
「うわ~おとぎ話みたいです」
「ど、どうなってるんです?」
ジェイミーさんもなんだかんだ言って興味津々らしいですね。手を繋いで視野を共有してあげましょう。
「わぁ~これは何の魔法ですの?」
「恐らくカプリコーン家に伝わる“史記す亡霊”と呼ばれる自動筆記術。カプリコーン家の書斎にはこの世のすべての出来事が記されていると言います」
横からボマードさんのナイスな解説が挟まれました。この世のすべてですか、すごいスケールの話です。
「ボマードさん、何でそんなこと知ってるんです? この中のことは秘密なんじゃ?」
「有名な話かと思っておりましたが……?」
有名なんです? それじゃあゴードンさんが中をのぞいてはならぬって言っていたのは一体?
「オシノ=チギリッ! 貴様、見ているな!」
「うひゃぁあああ、ごめんなさい!?」
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「本当のことを言うとな、別に秘密でも何でもないんじゃよ」
書斎から分厚い紙束を抱えて出てきたゴードンさんはケロッとして言い放ちました。
「少し驚かそうと思っての。ま、軽いジョークよ。かっかっか」
「ホントに怖かったんですよ!」
どんなお叱りを受けるかと思ってビックリしたんですから。私に覗かせるためにあえて「覗くな」と言ったとは、なかなかの策士です。
「でもどうして私が見てるの分かったんです?」
「新たな文字が刻まれたんじゃよ。『オシノ=チギリ、ゴードン宅の書斎を覗き見る』とな」
そんな細かいところまで記されているとは……この世のすべてと言うだけのことはあります。
「ほれジェイミー、これだけあれば十分かの?」
「ありがとうございます……重……」
ジェイミーさんの上半身ぐらいの高さがありますからそれは重いでしょうよ。半分持とうとしてあげたら激しく拒絶されました。悲しいです。
「自分のことは……自分でやりますので……」
「別にずっと持っとく必要ねぇだろ」
ラスターさんの収納用水晶に資料が吸い込まれて行きました。やっぱりあれ便利ですね。
「き、消えましたわ!?」
「あの球の中にあるから大丈夫ですよ!」
ジェイミーさんはたいへん不思議がっている様子でした。不思議といえばゴーストライター、あれは凄い魔法です。
「ゴードンさん、あのふわふわしてる紙やペンってどんな仕組みなんですか?」
「聞きたいかね?」
「はい、とっても!」
「……あれはカプリコーン家の怨念だと言われておる」
お、怨念? なんだか恐ろしい言葉が出てきました。自慢じゃないですがチギリちゃんは怪談のたぐいは得意ではありません。あーいうお話って大体何の罪のないカップルが被害に遭うのです。
「我が一族は歴史を語り継ぐことを使命とし、同時に生きがいとしてきた。故に皆、共通の未練を持っていた。“未来が歴史となる日まで生き続けたい”とな」
未来が歴史となる日……それってつまり永遠じゃないですか!
「我が先祖たちは、永久に晴れぬ未練を背負いながら亡霊としてあの書斎に留まり、子孫の手助けをしているというわけなのじゃよ。それが史記す亡霊の正体じゃ」
それってなんだか素敵じゃないですか、怖い話じゃなくてよかったです。……いや、待ってください、もしさっきのゴードンさんのお話が本当だとしたら、幽霊は確実にいるってことじゃないですか!
「それじゃあここは幽霊屋敷……ひ……」
「かっかっか、あの書斎にしか幽霊はおらんから安心せぇ。ただ……」
「ただ……?」
「一族以外の者があそこに入れば、ご先祖がビックリしてうっかり呪っちゃうかも……」
「ぎやぁあああああああ!!」
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「うぅ……寝付けません……」
今日のところはゴードンさんのお宅に泊まらせていただくことになったのですが、ここが幽霊屋敷だと思うとなかなか眠れません。ウリたんはとっくに寝てしまって話し相手になってくれませんし。
「部屋ならたくさん余ってるからの。一人一部屋使ってくれて構わんよ」
どうしてそんなにたくさん部屋が余ってるんですか。みんな一緒の部屋でいいじゃないですか。ラスターさんがいれば悪い幽霊が出てもバッタバッタとなぎ倒してくれたでしょうに。
「うぅ……目を閉じれば眠くなるはずです……眠ってしまえばこっちのものです……」
……そこのあなた
「ひぃいい!?」
何か聞こえた気がします。いえ、きっと気のせいです。オバケなんて嘘です、寝ぼけたチギリちゃんが聞き間違えただけなのです。
「……そこのあなたぁ~」
「うぇええん、聞き間違いじゃなかったぁ~」
目の前に青白い顔をした半透明のご婦人が現れました。もちろん足はありません。
「ひぃいい、おっ、おば……おば……」
「誰がおばさんですって!?」
「オバケって言おうとしたんです!」
続く




