51. 不出来な剣と素直な気持ち
前回のあらすじ!
さすらいのギターおじさん、スーミンさんと再会した私とボマードさん!
そんなとき、ラスターさんの下に魔物が出現したという知らせが……!
鉱山内の採掘場にやってきたラスター。右手にはスティングホールドの工房からかっぱらってきたオリオン製の少し出来の悪い剣が握られている。確かに先程から小さな揺れが断続的に続いているようだ。
「いつ出てきてもおかしくないな……」
薄暗い坑道を警戒しながら歩く。この狭さではドラゴンは呼べないかと冷静に一人で戦う心づもりを整える。
その時、今までより一層大きな揺れが起こった。
「3……2……1……来る」
タイミングドンピシャ、ラスターの目の前にツチリュウの巨体が現れた。文字通りの出会い頭、頭頂部を水平に切り付けるがツチリュウの剛毛に阻まれ刃が通らない。
「この間の奴より硬い……!」
ラスターの腕ならば剣の形をしていれば多少の不出来など誤差の範囲。オリオンのせいではない、このツチリュウの毛が異常なのだ。
「そういやツチリュウは食う物で毛質が変わるってチギリが言ってたな……」
ラスターを貫こうとする頭のドリルを側面で受け流しながら、娘もとい仲間の言葉を思い出す。
「ここの鉱石たんまり食ってるってわけかい。贅沢なことで……」
攻撃をかわされたツチリュウはドリルが地面に突き刺さってしまった。ラスターはその隙に、ツチリュウのアゴの真下に潜り込む。
「よお、しばらく寝てな!」
そのまま顎を思いきり蹴り上げる。ツチリュウはその衝撃で脳震盪を起こし、しばし目を見開いたまま意識を失った。
「そのまま起きんなよ……永遠に……」
ラスターは気絶するツチリュウの頭に飛び乗り、カッと開いた瞳の上で剣を構えた。
「奥義・血航……!」
そして出来の悪い剣を目玉に突き刺すと、剣はそのままツチリュウの体内に吸い込まれるように沈んでいった。
「外からはキツそうなんでな、内から斬らせてもらう」
それこそが“血航”。魔物の体内に剣をぶち込み、血流に乗せて前身を体内から切り刻む奥義である。刻み終われば刺した場所からきちんと手元に戻ってくる。そこまで出来てこその奥義である。
「ひとまず終了と……あとでボマード呼ばねぇとな」
剣を回収したラスターは、死体となったツチリュウに手を合わせてその場を立ち去った。しかしなぜ彼がわざわざ、切れ味の劣るオリオン製の剣を使ったのかは謎のままである。
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「はえ~またモグラさんですか」
私たちの知らない間にラスターさんは魔物と戦っていたようです。今ボマードさんがツチリュウさんのご供養をしているところです。
「地震が起きたとかで騒いでましたけどこの子が暴れてたんですね」
「本来大人しい魔物なんだがな……やはり瘴気の影響か……」
「あ、そーいえばさっきスーミンさんに会いましたよ」
「お前ホント人の話聞かないな」
そんなことを言っている内にご供養が終わったようです。いやぁ、ちょうどラスターさんが来てる時だったのが不幸中の幸いでしたね。
「スーミン……前にツチリュウが暴れた時もあいつがいたな……」
「ラッさん? 帰りますよ?」
「偶然……だといいがな」
何か気にしてるみたいです。やっぱりオリオンさんの事気になるんですよね……私も一刻も早く目を覚ましてほしいと思いますよ。
「おや? ラスター殿、その剣、いつも使っているものと違いますな」
「……分かるのか」
「まあ長い付き合いですから」
私は全然気づきませんでした! 私もまだまだ娘力が足りませんね、悔しいです。
「オリオンさんが打った剣だよ。……使えなくはないってレベルだけどな」
私には普段の剣と全然違いが分かりませんが、見る人が見たら違うんでしょうねぇ。
「しかし何故わざわざオリオン殿の……」
「別に、ちょっと気まぐれでな」
「ほえー」
ラスターさんは顔を逸らしながら答えました。
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「何でお二人は宿の前で待ち伏せしてたんです?」
「ラスターに呼ばれたから……」
スコッピさんに肩を支えられたオリオンさんがいました。ラスターさんに「起きたら面貸せ」と言われていたそうなのです。
「二人で話せるか?」
「あ、ああ……構わないけど……」
そう言って締め出されてしまいました。男二人で何のお話を……
「私気になります」
「わたしもー」
ゆく当てもないので、またまたスティングホールドさんのお宅にお邪魔しております。
「何してるのかなー」
「ですねー」
静かです。スティンゴホールドさんが剣を打っている音が響いています。風流ですな。
「ボマードくん、あの二人何してると思うー?」
「さぁ、私にはさっぱり……」
「つまんないなー、イマジネーション、イマジネーション!」
「はぁ、想像ですか……」
ボマードさんがうざ絡みされてます。申し訳ないですが脈の無い会話にはあまり興味が沸かないです。
「あれだよ、わざわざ二人きりでさ。……まさかラスターの奴オリオンのこと!?」
「スコッピさん?」
「私がオリオンのこと好きって言ったから先を越されまいと……こうしちゃいられない!」
「スコッピさん!?」
スコッピさんは勢いよく立ち上がりました。いけません、気持ちが先走っています!
「サンダー!」
「ぎにゃー!」
軽い電気ショックを食らっていただきました。少し焦げてますけど、これで少し頭が冷えたはずです。そもそもラスターさんにはリリスさんという恋人がいるのです! ふんふん!
「ラッさんはそんなに尻軽じゃないんです!」
「…………ごめん」
分かってくれたみたいで良かったです。しかし不安な気持ちはお察しいたしますとも。
「任せて下さいよ。私とボマードさんが、必ずお二人をくっつけてあげますよ」
「……全力は尽くします」
なにせ完璧な作戦がありますからね! ボマードさんの双肩に責任が重くのしかかります!
「スコッピちゃん、ちょっとお邪魔していいかしら?」
「どったの、おかーさん」
ふて腐れるスコッピさんの下にスティングホールドさん(妻)がやって来ました。並んで見てもそっくりです。
「スコッピ、人前では“先生”って呼びなさいって何度も……」
奥さんは笑顔のままスコッピさんの頭を掴みました。スコッピさんは苦悶の表情を浮かべています。痛そうです。
「いででで……ごめんなさい、ごめんなさいって……」
「まったく、頼りないんだから……まだ引退しない方がよかったかしら」
ボマードさんによれば、スコッピさんの前任者が奥さんだったそうです。お二人は母と子でありながら師弟でもあるということですね!
「スコッピさんとオリオンさんが結ばれたら師弟で親子でそれから夫婦で……複雑な家庭になりそうです」
「オリオンくんはともかく、スコッピはどの道そうなるんじゃないかしら?」
「おか……先生! 滅多なこと言わないでよ!」
スコッピさんとオリオンさんがくっつかない想定をしているのはちょっと嫌ですが、気になる発言です。
「スティングホールドの巫女はね、優秀な鍛冶職人を婿に貰うって決まってるのよ」
「へー! どうしてです?」
「忍辱の神ルピオンに祈りを捧げ、剣の煌めきを不屈の鋼へと導く。それこそがスティングホールド一族が代々受け継いできた役割なのです」
「先生が説明するとこでしょー? ボマードくん、説明好きか?」
「すみません、ついクセで」
そんなしきたりがあったんですね。ですがそれなら丁度いいじゃないですか。やっぱりスコッピさんはオリオンさんとくっつく運命だったんですよ!
「……え? さっき優秀な、って言いました?」
「そうね、優秀じゃないとダメね」
「OMG!」
それじゃあオリオンさんの説得に成功しても、結局オリオンさんの成長待ちじゃないですか! 私は何て無駄な時間を!
「あの、今のオリオンさんの実力じゃダメなんですか?」
「私はいいと思うけど、あの人はまだ認めてないみたいよ?」
「うぅ……お父さんのバカぁ……」
愛する家族のために成長するってこともあると思うんですけどね。ですがしきたりなら仕方ないですね……スコッピさんの表情は悲しみに沈んでいました。
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そのころラスターとオリオンは
「ラスター、話って何?」
「さっきオリオンさんの打った剣を使った」
オリオンの顔がパッと明るくなった。いつもの彼ならラスターに質問攻めを食らわせるところだが、今の彼は病み上がりだった。
「……どうだった?」
不安そうに、ただ一つだけ。ラスターは偽りなく答えた。
「十分だ。魔物も問題なく倒せた」
何も嘘は言っていない。オリオンは喜び、いや、喜びかけたが、かつて師に忠告されたことを思い出した。
『一流の剣士と仕事するときは気を付けろよ』
『どうしてです?』
『あいつら少々出来が悪くても使いこなしちまうからな。鍛冶屋は“自分が一流になった”って勘違いしちまう』
言われてみればラスターは自分の戦果についてしか話していない。剣の出来そのものには言及していない。
騙されないぞぉ
オリオンは己を戒めた。自分はまだまだ二流、三流以下、調子に乗ってはならない。一流になってスコッピに思いを伝えるその日までは……
「あんたさぁ……調子乗ってるだろ」
「はへっ?」
逆だった。オリオンは面食らってしまった。
「ホントにいつまでも待っててくれると思ってるのか?」
雷に打たれたような思いだった。確かにその通りだ、スコッピがいつまでもオリオンを好きでいる保証などどこにもない。
しかし……後ろめたい気持ちがオリオンの足を引っ張った。
「……でも俺、優秀には程遠いし……」
自分の打った剣など師匠の失敗作にすら及ばないと、彼自身が一番理解していた。
そんな彼に、ラスターは目を逸らしながら何か言おうとしている。多分ここから先のセリフは嘘であろう。
「自信持てよ、あんたは優秀な鍛冶職人だ。勇者が保証する」
正直な勇者の優しい嘘が染み渡った。スコッピの気持ちから逃げ回っていたオリオンの心に、勇気が溢れ出してきた。
「……ありがとう、勇者様。今回は乗せられてあげるよ」
「乗せられる? よく分かんねぇけど……吹っ切れたみたいだな」
オリオンは走り出した。不思議と体は辛くなかった。ずっと目を逸らしてきた気持ちを、ようやくぶつけられると思うと、彼の心は浮足立った。
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「スコッピお嬢!」
「オリオン!?」
何事でしょう。オリオンさんがすごい勢いで工房に帰ってきました。あ、ラスターさんも一緒です。
「な、何、そっちから話しかけるなんて珍し……」
「今までごめん!」
オリオンさんは地面に頭を叩きつける勢いで土下座しました。何やってんでしょう。しかしここで茶化すと全部台無しになる気がしたので大人しく成り行きを見守ります。
「ちょっとやめてよ、みんな見てるのに……」
騒ぎを聞きつけてスティングホールドさん(夫)もやって来ました。それでもオリオンさんはお構いなしです。
「正直、今までスコッピのこと避けてました」
「……知ってる」
とうとう白状しました。まあ皆さん気づいてましたけどね。
「どうして避けてたの? 私すっごく寂しくて……」
「好きだからです!」
「はっ!?」
「えぇえええええええ!! 言ったぁああああああ!!」
失礼しました、つい大きな声を出してしまいました。しかしこれは急展開! 興奮させてくれますねぇ!
「そ、そそそそんな、急に好きとか……わた、私だって……もうば、バカじゃない」
スコッピさんめっちゃテンパってますよ。ここは素直に受け取るのがベストだと思いますが、今のスコッピさんには難しいでしょう。そうなれば、さらなる追い打ちを……!
「えー、でもー、好きならどうして避けてたんですかー? チギリちゃん子どもだから分かりません」
何も知らない子どもの振りをした(子どもですけど)巧みな誘導、オリオンさんは思いの丈を吐き出さずにはいられないはずです……!
「一緒にいたら、気持ちを抑えられなくなると思ってました。スコッピの隣に立つ資格なんかないのに、って。でもそんなのただの言い訳でした、ラスターの、勇者様のお蔭で気付いたんだ。俺が逃げてたのはスコッピからだけじゃない、自分の気持ちからもだ」
エモめきますねぇ。どうやらラスターさんがオリオンさんを説得してくれたみたいです。何はともあれ、ここまで愛の言葉を浴びせられたらスコッピさんも立ち向かうしかないでしょうて。
「よかった……私嫌われてなかったぁ~! うえぇ~ん」
安心して泣き崩れちゃいました。そうですよね、ずっと耐えてきたんですものね。慌てて顔を上げたオリオンさんが、スコッピさんの肩に手を置きます。
「な、泣かないでください、だいじょうぶ……」
「うん……私も大好き!」
スコッピさんが、オリオンさんの唇を奪いました。大胆!!
「きゃー! ラッさん! 見て下さい!」
「……お前にはまだ早い」
ラスターさんの手で目隠しされてしまいました。ちょっと! 見たいのに!
「しかし何と大胆な……ご両親の見ている前で……」
ようやくラスターさんの目隠しを外せた頃、ボマードさんの一言で二人は我に帰りました。急に照れ臭そうにしながらお互いに目を逸らしています。もっとくっつけばいいのに!
「あの、えっと……師匠に、承諾貰わないと、ですね」
「う、うん、先生にも」
後はご両親の許可だけですか。きっと認めてくれますよ、だって尊いですもの。
「……オリオン、俺はお前を一人前と認めた覚えはない」
「師匠……」
少し雲行きが怪しくなってきました……どうなっちゃんですか?
続く!




